ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・QCD評価の限界と民主主義の限界

会議とはなぜあれほど退屈なのだろう――。 

おそらく、有益な会議は、事前の参加者の厳選と、その参加者が思惟を重ねることなしには成立しない。参加者一人ひとりが自己の考えを整理し理論づけた状態でなければ、他者と高度に融和する会話などありはしないからだ。 

ここに、ある会議に参加する一人の調達部員がいた。彼――、佐藤太郎は、入社間もないときから国際調達課に身をおいている。海外調達を進めなければいけないものの、その動きは遅々として進まない。今日の会議は、次のプロジェクトに使用する製品のサプライヤーを決めようとするものだ。

プロジェクトは、国内のデータセンター 向けの大型機器を開発・生産するもので、案件の規模は大きい。もちろん、コスト目標のハードルも高く、設計・調達の両者とも苦しんでいた。 

その過程で、佐藤はいくつかの海外サプライヤーから見積もりを入手してみた。
「安い」
それが最初の感想だった。 製品は、大型機器のなかに使用するヒートシンクだった。もちろん、品質は大切だ。しかし、現在では海外製品の品質もあがってきている。それに、けっして最重要部品ではないから、品質やデリバリーも頑張ればなんとかなるはずだ。 

会議が始まる。サプライヤーを国内の「日本ヒーティング」にするか、海外の「中国アルミサプライ」にするか喧々囂々の議論が交わされた。 しかし、というべきかやはり結論は出ない。当たり前だ。評価軸が決まらず、おのおのが自分の主張を繰り返すだけで、結論を希求していない。 

そこで――。誰かが提案した。

「部門内でも、どちらにすべきか意見が分かれているようです。これは たいへん難しい選択なのでしょう。そこで、たまたまこの会議には、Q(品質)部門、C(コスト)部門、D(開発)部門、D(生産管理)部門が、それぞれ20人参加していらっしゃいます。そこで、それぞれの 領域について挙手で選定してみませんか?」 

これほど大きな案件を挙手で、その数によって決めてしまうのもどうかと思ったものの、その案が採用される。「まず、Q(品質)部門から……」と、それぞれ20人が、おのおのの領域に投票した 結果はこのようなものであった。

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「なるほど……。C(コスト)部門の票が効きました。コストは高いか安いかだけでわかりやすいからなあ。 これは、海外調達ということで決定になりますかね?」

・海外調達に反対したい人たち

国内「日本ヒーティング」は36票で、海外「中国アルミサプライ」は44票だ。品質や開発力では差があったものの、それほど 大きなそれではない。当然、国内サプライヤーのほうが開発力はあるだろうが、それでも 決定的な違いはないようだ。大型案件のサプライヤーがあっさりと決まろうとしていたとき、誰かが異を唱えた。

「これは、やはり納得がいきません。挙手してその数で決めるのは乱暴ではありませんか? やはり相対的にそれぞれの領域を評価したほうが良いと思います」

佐藤はこのコメントを聞きながら思った。「しかし、その評価も、この挙手に基づいて 行われるだけではないか?」。ただ、挙手だけのやり方がたしかに強引なところもあったため、この「相対評価」の方法が 次に実施されることになった。それぞれの部門が、両社を比較しながら再度評価してみようというものだ。しばらくすると、次の結果が得られた。

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「これは微妙だな……」と誰かがいった。「明らかに差があるのは、C(コスト)だけだ。それ以外のところは、両社に差があるものの、絶望的な乖離ではない」

そりゃそうだ、と佐藤は思う。だからこそ、挙手でそのような結果になったのであり、この結果になることなど、あらかじめ自明だったはずである。

この結論で、再度議論はモメることになる。なぜなら、国内「日本ヒーティング」は○の数が多く、海外「中国アルミサプライ」は○が一つしかないからだ。

「○を数えると、日本ヒーティングになるのではないか」と誰かが言う。

すると、「いや、△といってもそれほど問題がないのはさきほどの議論からも明らかでしょう。それならば ×がついていることを考慮すれば、日本ヒーティングを選ぶことはできないのでは?」と違う誰かが言う。

誰だよ、相対評価すれば決まるといったのは、と佐藤は思った。 それに、△のつけかたが全員同じであるとは限らない。同じ状況だったとしても、誰かは△をつけ 誰かは×をつけるかもしれない。そのような恣意的な相対評価がすぐれた結果を生むことはない。

「結論は、日本ヒーティング:中国アルミサプライ=○:△か?」、「いや、日本ヒーティング:中国アルミサプライ=△:△プラスでしょう」。と「△プラス」などという新たな単語まで生じる始末だ。「違うでしょう。一つでも×がついているものは、総合評価でも×のはずです」などと言い出す人までいる。

・同じデータが導く、違った結論

これはどうすべきか。ふたたび議論が頓挫しかけていたころ、誰かが提案する。 

「そもそも、国内の日本ヒーティングと海外の中国アルミサプライだけを見ていたために、われわれは理非曲直がわからなくなっているのではないでしょうか? もう1社を比較検討することで、より広い視野から俯瞰できるはずです。たしか、調達部門は、いくつも海外サプライヤーから見積もりを入手しているはずだ」とその人は言う。

ここで、みなの目が佐藤に集まった。「何社もとっています」佐藤は答えた。「ただし、この中国アルミサプライが、われわれが一番薦めるサプライヤーなんです」

しかし、なかなか周囲は理解しようとしない。

「それは分かったが、この2社の評価だけでは結論が 出そうにない。やはり、2社ではなく3社くらいを相対的に見てみることで結論が出るのではないか」

佐藤は、しぶしぶもう一社、中国熱逃社のデータを提示することにした。

この中国熱逃社はコストは中国アルミサプライより安いものの、D(納期)やD(開発)が弱いために、調達するに値せずと事前に除外していたところだ。すると、またしても誰かがこう提案する。

「3社が揃ったのであれば、もう一度3社を相対評価してみましょう。ただし、1回目や2回目のように蒙昧であってはいけない」

そこで提案された手法は次のようなものだった。

・日本ヒーティング、中国アルミサプライ、中国熱逃社社をそれぞれ相対評価し、その際に順位付けする
・そして順位に従い、点数を付与する
・1位は3点、2位は2点、3位は1点というように、ちょうど順位の逆になるようにし、総得点が高いサプライヤーを選定する
・順位づけは各部門に任せるものの、できるだけ定量的に評価すること

「これでどうでしょうか」。提案者は自信がありそうだ。
「○×△のように曖昧でもありません。定量的に評価してもらって、その結果を点数付けるわけですから、その結果を否定することはできないでしょう」

そしてしばらく時間が経つ――。

各部門の点数を集計したところ、結果は次のようなものであった。

<クリックすると図が拡大します>

やはり日本ヒーティングか、という声が聞こえた。なるほど、正確に評価すると、やはり国内サプライヤーが勝つに決まっている。そんな感想を皆で言い合っている。おかしい、と佐藤は直感的に思った。しかし、その違和感の源泉が何なのか、そしてほんとうにこの結果は「おかしい」ものなのか。それが釈然としない。佐藤は、何もいうことができずに、サプライヤーは日本ヒーティングという結論を出した会議室を後にした。

この例は、わたしたちにさまざまな教訓をくれる。そのうち、最も重要なのは、

・相対評価では「もっとも優れたものは選ばれない可能性がある」
・そもそもQCDD評価は絶対的に正しい結論など導けない

というものだ。しかし、この佐藤のケースは、実はより深い「QCDD評価の誤謬」にまでつながっていく。これはバイヤーであれば必ず知っておくべきものだ。そしてそれは、QCDD評価への考え方を変えていくものでもある。

続きは次回に。

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