ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
開発購買
先進的で新しい考え方、取り組みが紹介されるとき、一部の人はその論理的妥当性や可能性に魅了されるが、大多数の人は、旧知の知識に対する否定的な内容に危うさを感じ、ともすると気味悪がって近づくことはない。1,400年もの間真実として語り継がれていたゆえに、新たな発見によって否定されたその瞬間は、いわゆる抵抗勢力によって信じられることはなかった。いわゆる天動説の否定と、地動説の登場したときに起こった話だ。実際、地動説の登場は、後に新たな論理的な展開を生む大きなきっかけとなった。
日本の調達・購買界での新しい試みとして語られる「開発購買」。実際に、担当するセクションを新設する企業もあるし、「開発購買を担当しています」と語るバイヤーも多い。ということは「開発購買」という試みが、既に日本の調達・購買界で、実践され、定着しつつある証なのだろう。
しかし、私はこの「開発購買」という言葉、そして語られる意味について、少なからず違和感を持っている。ある意味では抵抗勢力だ。調達・購買を司るバイヤーの行う「開発」とはいったいどんなものなのか。そんな想いが今も現在進行形で頭の中を巡っている。
開発購買の一般的な定義はこうなっている。
1.設計開発段階から
2.能動的に
3.利益確保を目的として
4.参加・連携すること
要するに、設計プロセスへバイヤーとして参加する、ということだ。そして次の問題、その方法・手段だ。設計プロセスでは、エンジニアがどのような製品にするのか、といったコンセプトメイキングに近い部分から、実際の製造をどのようにおこなうのかといった生産へ影響を及ぼすような要素までが検討される。「設計」と名の付く組織でも、首尾一貫してコンセプトメイキング~コンセプトの具現化~具体的なモノへの落とし込み~生産方法の検討ができるスーパーエンジニアは限られているだろう。「設計」その一言では、いったいバイヤーとしてどのように設計・開発段階へ関与すればいいのか、何か雲を掴むような話であり又、対象範囲が広すぎて途方に暮れてしまう。現在開発購買に携わっているバイヤーは、どのように設計・開発段階に関与しているのだろうか。
「設計が完了した段階で、総コストの80%は決定する」
これはいろいろな場面で、私がバイヤーになった十数年前から語られている言葉だ。いやもっと前から語られているかもしれない。私が調べる限り、この数値を証明する明確な根拠がない。多くのバイヤーそしてバイヤーと一緒に仕事をしてきた人が信じて疑わない言葉であるし、開発購買を語るときに欠かせない言葉でもあるので、この言葉を前提条件としてこれからの話を進める。
この言葉から、開発購買の一般的な定義を踏まえて考える。設計開発が完了してしまったら、既にコストの80%は決定してしまっている。設計完了とは図面の作図が終了している段階であるともいえる。ということは、バイヤーがこれから発注するモノ・サービスに関して、その発注内容の詳細が決定してしまった後では、バイヤーはコストの20%部分にしか関与できないことになる。このような状況を打破するために、既に決まったとされている80%部分へバイヤーの関与を進めるのが開発購買の本質といえるのである。
設計の進展に伴い、そのリソースを社外へ求めざるを得ないモノ・サービスの仕様が徐々に確定されていく。その「徐々に確定されていく」どのタイミングにバイヤーが関与するのか。そしてそのタイミングに今、設計者が差し掛かっていることをバイヤーはどのように察知すればいいのか。
ここで、自社の顧客へ提供するモノ・サービスに必要なリードタイムと、仕様の確定度をグラフに表現し、近似曲線を描いてみる。
<クリックすると拡大します>
このグラフは、
① 設計が完了したら仕様の80%が決定
② 顧客へ提供した時点で仕様の100%が決定
③ 総リードタイムの日数
この3点のみから描かれている。図表中には便宜的にバイヤーの情報入手日を受注日から25日後と設定している。ちなみに、このケースではバイヤーの情報入手時点で80%以上仕様が決定してしまうことが判断できる。設計期間の半分が経過した時点、7~8日経過時点では、仕様確定度が約50%となっており、この時点で情報入手ができれば、従来の25日経過時点よりもバイヤーの関与できるコスト未決定要素が30%増加することになる。この通り、総リードタイムの中で早期にバイヤーが情報を入手することは、コスト未決定要素の割合が大きくなるのである。この図表からも、バイヤーが設計・開発段階から積極的に参加することは、バイヤーの裁量を拡大する可能性を秘めているということを読み取ることができる。
次なる問題は、どのように積極的に参加し、仕様の決定プロセスに関与していくかだ。
ここで、ある事例をご紹介したい。
「いや~勉強会になっちゃうんだよね」
あるバイヤーの言葉だ。所属する会社の設計部門で輝かしい実績を残したエンジニアのものである。定年前の数年間を調達部門で、バイヤーとして開発購買を担当していたときの発言だ。実際設計・開発段階に、資材部門を代表して打ち合わせに望み、終えた際の感想。設計部門から出席したエンジニアの面々は、自分がかつて配下にしていたメンバーだ。一体何が起こっているんだろうと、次回打ち合わせに同席してみたのである。
出席してみると、なんとも雰囲気の悪い打ち合わせだった。打ち合わせではない、何か一方が一方に一方通行で何か言っている。言われた方は言い返すことができない。質問と答えを同じ人が話している。ピン芸人のライブに来たような感じ。そしてその場所には当然笑顔はない。居心地の悪い雰囲気が漂うのみだ。
第三者的に打ち合わせに参加していた私は、両者の発言を注意深く聞いていた。正直言えば、バイヤーとして一緒に仕事がしたいエンジニアは、今調達部門に籍を置く元エンジニアだ。話す内容には妥当性があるし、知識量と経験に裏打ちされて強い説得力を持っていた。出席していた設計陣も、仕様見直し、図面修正せざるを得ない重要な、そして厳しい指摘満載の打ち合わせであった。指摘事項の中には、こんな言いぐさは使いたくはないが、最近の若者は~とも言いたくなる部分もあった。しかし、である。同時に、問題点を指摘するエンジニアにも大きな違和感を持った。これが開発購買かといえば違う、そんな確信も生まれたのである。
問題なのは、その元エンジニアの視点だ。残念ながらバイヤーではない。エンジニアとまったく同じ視点に立って話をしている。今でも自分のエンジニアとしての能力が顕在している、さび付いていないぞ!と誇示するような姿勢も相俟って、その場の雰囲気を悪くしていたのである。
開発購買では、設計・開発段階からバイヤーが参加しなければならない、とある。それは、単に所属部門が調達部門の人間が参画すれば良いということではない。バイヤーとして、バイヤーの視点で、バイヤーが参加したからこそ生まれいずる付加価値を求めなければならないのだ。
では、バイヤー視点での「開発購買」とはなんなのだろうか。