連載「2019年から2038年まで何が起きるか」(坂口孝則)
*2019年から2038年まで日本で起きることを予想し、みなさまのビジネスに応用いただく連載です。
<2036年①>
「2036年 老年が三分の一、死者も最大数へ。この年に向かって終活ビジネスが絶”頂”となる」
生きるためのビジネスから、死ぬためのビジネスへ
P・Politics(政治):政府の「人生100年時代構想会議」も発足。行政の長生きと終期への関心が高まる。
E・Economy(経済):葬儀関連は1兆円超の市場規模へ。終活ビジネス総計でさらに規模が拡大する。
S・Society(社会):人口の1/3が老年へ。さらに年間死者数も160万人を突破する。
T・Technology(技術):―(なし)
2036年の日本は老年が1/3をしめ、そして死亡者数が最大になる。終活ビジネスがいままで以上に高まってくる。葬儀関連ビジネスも時好となる。
最後の住まいや、死後のトラブルを軽減するビジネスにくわえ、散骨も盛り上がる。未亡人ならぬ未亡ペットの対策など、その範囲は多岐にわたるようになる。
・現代の墓SNS
ちょっと個人的な話で恐縮だが、大学生の私は某著述家のメールレターを購読していた。いわゆる現在の有料メルマガの先行版だ。合理的な思想で知られていた氏だが、墓の存在について書いたところは記憶に残っている。
合理主義者からすれば、死者の眠る墓など意味はなさそうだが、氏は、墓とは合理的な根拠を超えて、のちに生きる人たちに脈々と受け継がれる人類の歴史を知らしめるために重要なのだと語っていた。合理主義者もこういうのか、と印象的だった
いまでは、先祖への墓参りの機会がだいぶ減ったけれど、それでも、自分という存在が、たんに命と命を繋いでいるにすぎない、と感じることは重要だ。それが他者への優しさにも通じると私は思う。そして、その墓も変容している。
スマホを置いて出かけるのは、もはや現代の出家となっている。そして、おなじく、誰かが死んでしまったとき、スマホか見るSNSのアカウントは墓として機能している。私の急死した知人のもとにも、命日になると、弔う多くの書き込みがある
あるひとは、定期的にSNSに書き込みを自動アップしている。きっと、氏が死亡したあとも、シュールにSNSアカウントは書き込みをアップしつづけるだろう。すべてが記録される時代にあっては、死去後の考慮も必要らしい。
・生きることと死ぬこと
人生をどう生き、そして終わるか。いまや人生100年時代になった。2017年には政府の「人生100年時代構想会議」が発足した。平均寿命も1947年から伸び続けている。さらに、日常生活に支障のない、「健康寿命」も日本人は長い。
しかし、最期の状況となるとどうか。このところ、QOL(quality of life)から、QOD(quality of death)という議論がある。やたらと延命治療を行うのではなく、さらに、孤独や不安から解放されつつ、死を迎えることができるかが重要だ。
私はこの手の調査を素直に信じてはいないが、各団体が実施している調査によると日本はQODのランクは低い。家族離散し、老人ホームか介護施設で一人きり、というイメージが強いからだろうか。調査によらずとも、ひとびとに表現できない不安からであるのは間違いない。いかに生きるかだけではなく、いかに死ぬか――。そこで生まれたのが終活なる概念だった。
就活から派生した、この「終活」は、自分の最期について考えるもので、2012年の流行語大賞候補にもなった。遺言を準備したり、葬儀業者と事前に相談したり、死去後の家族のあり方について決めたりする。エンディングノート類を、よく書店でも見るようになった。
就活が将来を決め、終活が死後を決める。
・生涯未婚者、一人暮らし、死亡者数
このところ、生涯独身者が増えている。自分が万が一のときは、どうなるだろう、と不安に感じるかもしれない。また、死別などで配偶者と別れてしまったケースを含め、一人暮らしの高齢者比率は増加している。
(http://www8.cao.go.jp/kourei/kihon-kentoukai/k_1/pdf/s5-2.pdf)
国立社会保障・人口問題研究所によれば、2036年に老年(65歳以上)は33.3%と三人に一人の比率になる(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000161337.pdf)。
おなじく、2036年から2040年ごろにかけて、日本の死亡者数はピークを迎える。その数は160万人超にいたる。
(http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/07/dl/0102-b.pdf)
ここから終活ビジネスは広がっていくと思われる。実際に、現時点での葬儀関連ビジネスの市場規模は1兆3739億円(2015年経済産業省「特定サービス産業実態調査」)、あるいは、1兆7800億円(2015年矢野経済研究所)と推計されている。死者の数を比例式で考えても、相当なのびしろがあるとわかる。
このように定義するのは不遜だが、終活を死ぬ前と死ぬ後にわければ、次のようになる。
・終活~死ぬ前「最後の住まいを探して」
実は私の実家がそうであるように、断熱性能にすぐれているといえず寒い。40年以上前に建った住宅では、ヒートショックの危険性がある。これは、温度の急な上下が原因だ。冬場にポカポカしたリビングから、凍える風呂場にいって裸になって、さらに熱すぎる湯に浸かる。老年のからだには厳しく、それが死につながる。
だから減築にくわえて、簡単なリフォームを突然死から守る、という観点からの喧伝が必要となるだろう。また行政から、補助金を受けられる。
また、自身の子供と離れて暮らしているなら、安否が心配だ。現在、「見守りサービス」で検索すると、いくつかの会社がヒットする。文字通り、高齢者の家を定期的に訪ねて安否を確認するものだ。コンビニエンスストアも御用聞きビジネスをはじめ、配送とともに、次の注文を聞いたり、ときには話し相手になったりしている。
後期高齢者が、遠く離れる子どもたちのもとに引っ越すのはなかなか難しいかもしれない。土地に慣れず、友だちもできず、さらに、日中は子どもたちも働いているため相手にしてくれない。そうなると必然的に引きこもりになる。
そこで選択肢としては、高齢者向け賃貸住宅だ。バリアフリーで、緊急時の対応も可能だ。これまで日本では家族向けの賃貸物件が少なく、持ち家が推奨された。ここで持ち家を手放して入居することになる。ここで問題なのは、年金頼みになっている高齢者向けの賃貸物件も、さほど件数がないことだ。
前述の高齢者向け賃貸住宅は、たとえばUR都市機構が貸し出しており、ホームページで検索いただくと、そこまで安くはない。年金などの基準となる月収を超えない場合は、預貯金額が一定あればよいとされているが、URのホームページによれば「基準貯蓄額については、入居者が実際に支払う額の100倍になります」とあり、ハードルは低くない(http://sumai.ur-net.go.jp/chintai/arr/arrsnr/index.html)。逆にいえば、ニーズが高まるであろう、高齢者向け賃貸はビジネスの余地があるといえる。その際には、保証などの工夫が必要だろう。
いまでは有名になってきたリバースモーゲージがある。これは、生存中に自宅を担保化し、代わりに金融機関から融資してもらう仕組みだ。そして死後は、不動産を売却し、あとはなにもなくなる。子どもの相続意思がなければ、これでもいいだろう。
<つづく>