インダストリー4.0で小売業と製造業はどう変わるか(坂口孝則)
・インダストリー4.0によって製造業と小売業は「情報販売業化」を志向する
インダストリー4.0によって、製造業と小売業は大きく変化していく。その本質を一言で述べれば、どちらとも「情報販売業化」にある。これはきわめて根源的な変化である。
たとえば、インダストリー4.0によって機器類の情報がセンシングされ、あらゆる情報が集まるとする。そのとき想定されているのは、保守、在庫、といった分野の改善だ。たとえば、工場の機器が、みずから工具の摩耗を察知できればメリットは大きい。機器による自動的な交換が考えうるし、そこまでいかずとも、交換時期がわかれば、深夜稼働前に人間が工具をあらかじめ交換しておける。
あるいは、機器設備の不具合や故障を予知することで工場全体の効率性が向上する。また、保守部品の需要を察知し、正確な需要予測が可能となる。さらに、在庫のデジタル管理によって大幅なコスト削減が可能となる。
しかし、それらの改善や進歩というのは、まだ第一歩にすぎない。それらはセンサーの数が増加したり、情報処理システムが進化したりする一次的な結果といえる。ただし、インダストリー4.0の肝要は、ビジネスモデル全体の変革にこそある。一つのプロセスが効率化されるだけではなく、これまで想定すらしなかった利益源を見つけることでもある。そしてこの潮流は企業が利益を出すキャッシュポイントの変更を迫る。
・インダストリー4.0が変える白物家電のビジネスモデル
たとえば、このところ進化をやめたように思える、白物家電というビジネスモデルを見てみよう。冷蔵庫や、洗濯機、掃除機などがこれにあたる。たとえば、冷蔵庫のなかにセンサーやカメラがあり、スマホから中身を確認できたらどうだろう。洗濯機のなかにセンサーがあり、汗を分解し健康状態を分析してくれたらどうだろう。また、掃除機で一日あたりの抜け毛量を分析してくれたり、あるいは菌の存在を教えてくれたりしたらどうだろう。
やはり、それは繰り返すと、第一歩にすぎない。すべてがセンサーとネットワークでつながった世界においては、さらに進化していくだろう。
たとえば冷蔵庫というビジネスモデルは、家族情報を入力することで、食材の消費を計測、最適な食生活を提案していく。さらに、体重計と連携し、家族個人の健康管理を担っていく。また、近くのコンビニエンスストアに情報を伝達し、そのとき必要な食材をデリバリーすることになるだろう。
そのとき、冷蔵庫はもはや販売するものではなく、家庭に無償で配られるものとなっていく。それは何かを冷やす機械ではなく、情報を集める箱に意味が変容する。家電メーカーは、家庭から生じる莫大なデータを分析し、そしてコンビニや食品提供業者に提供することで、食材販売のマージンを得るモデルに移っていく。また、消費量を分析することで、家庭の最適食材購入量を自動コンサルティングし、家庭の支出削減にも寄与するだろう。
冷蔵庫は家族のTwitterとfacebookもフォローし、そのコメントから嗜好を分析していく。メーカーのキャッシュポイントは、ハード販売から、そののちの情報販売へとシフトする。これが来るべき「情報販売業」時代の特徴だ。
おなじく洗濯機は衣料メーカーや医療機関との連携が想定できるだろう。また、掃除機は医薬品メーカーと、あるいはドラッグストアと連携することにより、おなじく情報販売業というパラダイムシフトが実現するだろう。
さらに白物家電メーカーは、そのハード設計において、消費者の利用状況のモニタリングから、最適商品寿命設計が可能となるだろう。たとえば洗濯機は一日に3回まわす家庭もあれば、週に一回しかまわさない単身者もいる。掃除機も同様だ。そのとき、これまでの利用状況をセンシング情報から把握しておけば、各家庭に合致した商品を提供できるはずだ。これは商品設計の短縮化のみならず、製品コストの低下をもたらす。
こうやってインダストリー4.0の社会では、それぞれが情報をつうじて上流から下流まで有機的につながり、あらたな価値を創出する。
・小売業がしかける情報小売時代の変革
また、小売業の世界においても、ID-POSという手法が一般化しようとしている。たとえば、レジでポイントカードを提示したとき、レシートに興味ある商品のクーポンがつくことがある。それは偶然ではなく、ID-POSの成果だ。POSデータは、「いつ」「どこで」「何が」「何個」売れたか示すが、それに消費者のデータ(ID)を足したものだ。
単に商品の販売数量を記録するだけではなく、ポイントカード情報もセットにすれば、その消費者の嗜好や購買パターンを追跡できる。そして、類似した消費者の嗜好商品をオススメできる。
いくつもの企業が赤字になると知りながら、なんとか商流に入ろうとするのは、消費のビッグデータが、将来には利益をもたらすと信じているからだ。さらに、ID-POSになれば、データ取得の意義とメリットは大きい。
ID-POSでは、実際の購入履歴をデータとして蓄積する。これまで小売業は、誰が買っているかをほとんど把握していなかった。商店街の八百屋はお客の嗜好を理解している。ただし、大型の家電量販店や大型書店で、それぞれのお客の好みを把握している店員がいるだろうか。むしろネット通販のほうが、購入履歴から新たなお勧め商品を紹介してくれる。その意味では、ID-POSはネットの当然をリアル店舗に組み込む施策ともいえる。
ネット側はさらに進化している。たとえばアマゾンは、「anticipatory package shipping」=「予測発送」なるものを開始した。この「予測発送」のアイディアは、聞いたすぐには、SFそのものにしか聞こえない。これはアマゾンが有する受注履歴をもとに、注文を受ける前からお客に発送してしまおう(!)というものだ。
たとえば、日用品や食品類、医薬品などは定期的な消費が、ほぼ確実に予想できる。また、嗜好品も同様だ。アマゾンは莫大な受注履歴をもとに配送センターから発送。送ったあとに、実際の受注データと照合され、最終的な送り先が決まっていく。それでも受注がなかったら、返品可能の条件で、実際に消費者に送ってしまう可能性もあるという。
これをさきほどの白物家電とあわせて考えるならば、冷蔵庫で紹介したビジネスモデルとして、家庭に食品を送ってしまい、消費者が使用したぶんだけ費用を請求するモデルがありうるだろう。データのほうが価値ある時代にあっては、食品(=ハード)は無料で提供したとしても、中長期的にはペイするはずだからだ。
さらに応用して考えると、BtoCだけでなくBtoB分野、たとえば生産設備でも新たなビジネスモデルが考えられる。現在、生産設備メーカー各社は熾烈なPR合戦を繰り広げているものの、たとえば、生産設備を無料でレンタルしてもらったらどうだろう。そして、使用した時間だけ加工賃率として、機器メーカーに対価を支払うとする。機器は、その機器メーカーにつながっているから、稼働状況だけはしっかりと把握できる。そうなれば、機器メーカーは儲からないようにみえて、保守点検や備品交換のトータルで儲ける可能性は高い。
・インダストリー4.0時代の広告
またインダストリー4.0時代においては、お客に商品を訴求する場所もシームレスになってくだろう。これまでマス広告からパーソナライズされた広告が主流になるといわれた。なるほど、個々人の欲求に適した広告のほうが訴求力はあるだろう。しかし、求められているのは、パーソナライズを超えた刹那パーソナライズに違いない。
というのも、個々人の好みはときとともに異なる。私だって疲れているときには甘いものを欲するが、通常は食べない。汗をかけばジュースが飲みたいし、寒いとカイロがほしい。
よくデジタルネイティブというけれど、これからはインダストリー4.0ネイティブなる言葉が出来するとすれば広告は、きっと状況におうじて変化するタイプのそれだ。たとえば、いまでは誰かが歩いてくと、そのスマホに対応し、自動販売機が最適な広告を掲示するものだった。ただし、そのパーソナライズは第一歩にすぎない。
将来には、ウェアラブル端末が個人のビッグデータを収集し、それが広告に使われるだろう。たとえば腕時計型ウェアラブル端末は無料で配られ、健康管理やSNSを楽しめるようになる。代わりに、個人の健康状態を周囲の機器に発信する。ドラッグストアのレジでは、「ついでにこれもどうですか」とそのひとに最適なサプリメントを提示する。また、道を歩いていると「もう少しで熱中症になります」と自販機は水分補給を勧めてくれるだろう。
・インダストリー4.0は企業のコンサルティング事業を増やす
私は製造業と小売業のどちらとも「情報販売業化」に本質があると述べた。それはすべての企業が追随せねばならない動向だ。ハードウェアメーカーがソフトウェア企業になり、データ解析の企業となる。
本論で設備を稼働状況におうじて代金チャージするアイディアを述べた。ただ、あのアイディアの先があるだろう。仮に機器類を完全に無償で提供するとしても、客先からその機器類が稼働するデータを入手できるとしよう。そして、データ分析から、最適な制御方法を提案することによって、燃料消費量や生産性を改善できたとする。そのメリットのたとえば3割を成果報酬として得るモデルが想定できる。機器類を導入した企業にとっても、改善によって生まれた原資がゆえにデメリットはない。これは夢想だろうか。
たとえば、ゼネラルエレクトリックは民間航空機エンジンで圧倒的なシェアを握るが、顧客のビッグデータを活用・分析することで、燃費の改善に役立てている。一社の年間あたり数億円の効果も、企業を束ねれば莫大な効果だ。もちろんゼネラルエレクトリックはエンジンを無償提供しているわけではない。しかし、ハードウェアだった同社がデータ分析を主に担う形態になるとは、劇的な変化である。これから「情報販売業」としてのメーカーのビジネスモデルは飛躍的に増えていくだろう。
サプライチェーン全体から集まるビッグデータを活用すれば、さまざまな分野での応用が可能だろう。分野が異なってもその管理ノウハウは生きる。たとえば、数万点をこえる部品をアッセンブリーする自動車メーカーは、その在庫管理ノウハウ、サプライチェーン統括ノウハウ、需要予測ノウハウを有することになるから、それを食品メーカーなどへ外板できるはずだ。モノづくり企業は、これまでになかったコンサルティングビジネスを開始できる。それはトヨタ自動車が、トヨタ生産方式をコンサルティングし世界の製造業を革新したのとおなじ意味において。
それを製造業と呼ぶか、小売業とはもはや問題ではない。それが「情報販売業化」社会の特徴にほかならない。
(了)