決定版!調達購買視点での交渉論(牧野直哉)

<調達購買部門における交渉の基本>

2.交渉準備

①交渉の「準備」とは?

「交渉は実行前に成否は決まっている」

こんな言葉があるほどに、交渉実行の前段階となる「準備」は重要といわれています。著者の経験でも、成功する交渉には、正しい準備が必要だと実感しています。では、理想的な交渉の「準備」とは、いったいどのようなものでしょうか。

理想的な交渉準備の状態の前に、理想的な交渉について考えます。この記事では理想的な交渉を「実感のない交渉」とします。「交渉をしているつもりはないけど、自社の希望どおり、あるいは希望に近い条件、また従来と異なるバイヤー企業が希望する条件で購入が実現する状態」です。実現には、日常的に交渉準備し、常に交渉が実践できる状態を維持しなければなりません。

「日常的な交渉実践」と正反対の例として、交渉する日時を指定した上で準備をするケースを想定します。「日常的な交渉実践」とは、サプライヤーの担当者との面談だけでなく、電話やメールでのコミュニケーションのすべてを「交渉」とします。日常的に自社(バイヤー企業)に有利な発注条件で決定するための「緊張感」を維持するためです。「日時」を決める場合、交渉時以外の「緩んだ」状態でのコミュニケーションが存在します。また、なにか具体的に「交渉しなければならないトピック」との認識が存在するはずです。多くの場合は価格でしょうか。私の経験では「交渉」と「価格交渉」を、ほぼ同じ語彙(ごい)で使用するバイヤーがほとんどです。しかし「交渉」は「価格交渉」だけではありません。サプライヤーとの交渉によって決定すべき内容は、QCDと称される品質、コスト、納期や、発注内容や提出資料といった要求内容まで「多岐」にわたります。

「多岐にわたる交渉」とは、同じトピックを長期的に交渉するわけではありません。調達・購買部門が購入実現までに決定しなければならない個別のトピックには、適切な交渉の「時期」が存在する、こう考えるのです。

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【参考 見積依頼に含まれる内容】
① 購入仕様(仕様書、図面)
② 購入する量(購入する期間)
③ 希望する納期(リードタイム)
④ 品質条件(保証期間)
⑤ 支払い条件(期日、手段)、特別な要求
⑦ 発注先決定スケジュール
⑧ 見積提出日
⑨ 見積提出に必要な添付物(明細)

上の図の上側「プロセス」は、サプライヤーの探索から、発注し購入代金を支払うまでのプロセスを表しています。下側の「交渉タイミング」は、次の「見積依頼でサプライヤーに提示しなければならない項目」のそれぞれにたいして、どのタイミングで確認し、確定させるべきかを表しています。

これらの内容は発注前には必ず決定しなければなりません。しかし、なにもかも発注前に一括して決定する必要はありません。事前に決定できる内容は、どんどん決定していく。これが日常的な交渉実践のポイントです。

① 購入仕様(仕様書、図面)
② 購入する量(購入する期間)
② 希望する納期(リードタイム)
→この3点は、見積依頼をする時点で実現、あるいは対応可能かどうかを確認し判断した上での見積依頼とする。もし未確認要素がある場合には、見積依頼の前に確認が必要

④ 品質条件(保証期間)
→これは自社(バイヤー企業)の要求レベルと、サプライヤーの管理レベルが合致するかどうかの事前確認が必要。上記①~③と同じタイミングの確認でもよい。

⑤ 支払い条件(期日、手段)、特別な要求
→自社(バイヤー企業)の標準的な条件が適用できるかどうかを確認すると共に、サプライヤーから特別な要求の有無を考慮。取引基本契約を締結する場合には、必ず網羅する内容。

⑦ 発注先決定スケジュール
→これは③との兼ね合いで事前確認

⑧ 見積提出日
→見積依頼から提出までの期間も、サプライヤーの対応能力の評価対象。自社(バイヤー企業)の要求に対応できるかどうか。対応できない場合の対処も検討

⑨ 見積提出に必要な添付物(明細)
→見積を評価するためにどれ程の資料が提示されるか。見積依頼時に確認する

⑩ 購入価格
→発注までに決める

調達・購買部門がおこなう「発注」は、①~⑨までの事項をすべて決定した上で、最終的に発注条件に見合う価格を決定するプロセスになります。「日常的な交渉」とは、多岐に渡るトピックを個別に一つずつ決定し、交渉の最終プロセスで討議するトピックを絞りこむ狙いがあります。

ここで、上記で述べた①~⑩までの項目を一括して交渉する場合、どういった問題があるかを考えます。まず、最終交渉までに未確定なトピックを残しておくと、発注価格とトレードオフする要素になります。自社(バイヤー企業)からの価格要求は合意するから、他の要素での譲歩を求められる可能性が残ってしまうのです。価格以外で譲歩する要素を排除し価格交渉に集中します。価格だけは自社(バイヤー企業)の要求金額で決定したが、結果的に他の要素でサプライヤーに譲歩しまったのでは、おこなわれた交渉に意議はあるでしょうか。希望価格で決定した状態を、自社(バイヤー企業)の調達・購買部門だけの「部分最適」としてはなりません。上記①~⑩までを踏まえた総コスト評価の観点で「全体最適」を目指し、実現するための交渉プロセスを構築します。

(つづく)

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