決定版!調達購買視点での交渉論(牧野直哉)
<調達購買部門における交渉の基本>
2.交渉準備
②過去の交渉結果や交渉に至る経緯の分析方法
前回に引き続き、交渉の準備です。
もっとも結果が不透明となる交渉は、これまでの経緯や交渉相手に関する情報がない場合の交渉です。こういった交渉で、相手も同じく情報を持っていなければ、お互い手探りの交渉となるか、あるいは荒っぽい交渉となるのか、まったく結論が読めません。もっとも避けるべき状況は、自分が知らないのに、相手は自分をよく知っているケース。そんな状況で「交渉相手は、いったいどこまで知っているんだろう」なんて思いが頭をかすめた瞬間に、その交渉は大きく劣勢を強いられます。
前々回の記事で、こう書きました。
・調達・購買部門とサプライヤとの間には「情報の非対称性」が存在し、購入対象に関する情報は、サプライヤが多く持っている
・「情報の非対称性」を解消する取り組みが重要となり、それはサプライヤ担当者の話をまず聞く
サプライヤの担当者の話をしっかり聞くのと同じく重要な交渉への準備が「過去の交渉結果や交渉に至る経緯の分析」です。交渉結果や経緯の分析には「交渉分析用5W1H」を使用します。一般的な5W1Hとは少し違いますので、注意してください。
(1)いつ When
(2)誰が Who
(3)誰と With Whom
(4)どこで Where
(5)何について What about
(6)どのように How
※一般的な5W1HはWho(誰が) What(何を) When(いつ) Where(どこで)Why(なぜ)したのかHow(どのように)
一般的な5W1Hと異なる点は、(3)誰と(with whom) (5)何について(What about)です。
まず、交渉では「相手は誰か」は、非常に重要な要素です。交渉した相手が、サプライヤの社内でどれほどの影響力を持っているのでしょうか。影響力が大きければ、交渉の席上での発言は、重く受け止める必要があります。交渉の後、すぐに発言内容への対処を開始すべきです。
一方で、これまでの実績や経緯から判断して、さらに上位者と話をすれば、事態打開が図れる可能性がある交渉者の場合は、上位者をどのように交渉の席に引きだすかが次なる課題となります。企業には決裁権限に関する基準が存在します。営業であれば、利益率で決められていたり、受注額で決められていたり、様々です。交渉者が誰かを分析する場合は、交渉相手の決済基準や、担当者への権限委譲の状況をベースにして判断します。したがって、オーナー社長との交渉以外、組織構造を持っている場合には「誰が交渉者か」との視点を持って、対象方法を検討しなければなりません。
ここで、今回述べた内容から、あるべき調達・購買部門の交渉者像を探ってみます。
交渉相手であるサプライヤの担当者は、我々を交渉者としての「値踏み」をおこなっています。判断基準は「交渉結果の実行力をもっているかどうか」です。したがって、サプライヤとの交渉では、「自分が最終決裁者です」と、サプライヤから判断されなければなりません。そこで、サプライヤから実行力を疑われると、サプライヤからギリギリの提案を引きだせない可能性が高まります。それでは、自らの実行力を、どのようにサプライヤに理解してもらえばよいのか。こういった部分は日常的な積み重ね、日々のコミュニケーションで構築されます。
続いて、交渉分析用5W1Hから読み取る内容です。過去の交渉は、結果はどうあれ、すでに決着しているはずですね。結果の良しあしではなく、なぜ、決定(決着)したのかに着目します。交渉を合意した「きっかけ」は、なんだったのかを読みとります。交渉分析用5W1Hの6つの要素の影響力が大きかった点を探しだして、決着へと至る仮説を構築します。これから臨む交渉で、おなじような意志決定がおこなわれるかわかりません。しかし、過去の決定したプロセスは、必ず参考となる内容が含まれています。交渉した相手、納期と交渉日の関係、価格レベルといった、これからおこなう交渉でも同じようなプロセスを踏む可能性があれば、参考にします。
また「交渉分析用5W1H」は、サプライヤとのコミュニケーションの記録としても活用できます。私は次のようなメールを自分宛(あ)てに発信して、サプライヤとのやりとりを記録に残しています。ポイントとなる打ち合わせは、記事録を残すべきです。しかし、ちょっとした電話やメールでの確認、立ち話といった僅かなコミュニケーションも残します。
題名:未来調達研究所
いつ 2015年7月11日
誰が 牧野
誰と 野牧さん
どこで 電話
何について 先週もらった見積もりの工数確認
どのように 17.85時間と回答
コミュニケーション頻度の高いサプライヤ名や担当者名は、単語登録しておき、「いつ誰が誰とどこで何についてどのように」も「い」で単語登録し、内容を短く記載したら改行して、自分宛(あ)てにメールを送っています。こういった記憶のメリットは、交渉の席上で過去の経緯を持ちだす際の活用です。
「前に、こうおっしゃいましたよね?」
これは、記憶が根拠ですね。いつですか?なんて逆襲に弱いです。しかし、
「7月11日に電話で、野牧さんは見積もり工数について17.85時間とおっしゃいましたよね」
と、メールの内容を見た上での発言が、内容の信憑(しんぴょう)性を高め、相手からの反論の選択肢を狭め、言ったかどうかではなく、本質的な議論が可能です。もちろん、自分だけでなく、発言した相手に確認のメールの発信も、同じ効果を持ちます。このメールマガジンを読まれる方は、ほぼ全員オフィスの席にはパソコンがありますよね。電話を受けた、あるいはサプライヤとの面談の後は、数十秒~数分を費やして、こういった記録の蓄積にもパソコンの活用をおすすめします。
(つづく)