ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)

●2-8調達購買部門がおこなう社会への貢献

われわれ企業人は業務を進めながら利益を追求します。しかし、好き勝手に他人の迷惑を顧みることなく利益のみを追求できません。利益追求と同時に、自主的な社会への貢献を進めなければなりません。Corporate Social Responsibility (CSR:企業の社会的責任)への関心は世界的に高まり、企業の規模に関係なく対応が必要です。それでは調達購買部門における社会的貢献とはどのようなものでしょうか。

☆CSR調達の実践

調達面でのCSR(企業の社会的責任)実践は、次のような「社会的」な側面と「環境的」な側面で、ステークホルダー(利害関係者)に対して責任を果たすべき考え方です。欧州委員会の定義では「企業が社会や環境に関する問題意識を、その事業活動やステークホルダーとの関係の中に自主的に組み込んでいくこと」とされています。わかりやすく言い換えれば、次の2つのステップが必要です。

1.バイヤー企業としてCSR(Corporative Social Responsibility)=企業の社会的責任をまっとうする
2.同じ取り組みを、サプライヤーに対しても求める

バイヤー企業とサプライヤーは社会的責任に関して同じ価値観を共有し、行動に落とし込まなければなりません。具体的な行動は次の7点です。

●社会的側面
・法令順守
・人権擁護
・労働環境の確保
・消費者保護

●環境的側面
・グリーン調達の実践
・購入製品から有害物質の排除
・サプライチェーン全体での二酸化炭素排出量管理

上記の項目は積極的に対処し、問題を抱えたまま解決しない状態は、企業経営にとって大きなリスクであることを重く受け止め、具体的な解決策を講じなければなりません。

☆サプライヤーとの役割分担

バイヤー企業としてのCSRの実践は、従来の発注条件である

Q(quality 品質)
C(cost コスト)
D(delivery 納期)

に加え、環境、倫理、消費者保護、腐敗防止、労働条件や人権への配慮といった要素へ個別に対処していくことが必要です。調達購買部門におけるCSR実践の難しさは、バイヤー企業側だけで問題解決できない点です。こんな例を考えてみます。価格的に厳しい発注条件に答えるために、サプライヤーが法律で規定された条件を逸脱した条件で従業員に労働を強いていたと仮定します。従来的な発想では、不利益を被った従業員は、経営者へ不利益の解消を求めました。しかし、CSRの考え方の浸透によって、常態化したサービス残業の責任がバイヤー企業に問われる可能性がでてきた、と考えなければなりません。「それは、サプライヤーが勝手にやったこと」では済まされないケースが多くなっているのです。

調達購買部門におけるCSRの実践は、従来の発注条件、特にC(コスト)とは相反する取り組みとなる可能性が高くなります。上記の2つの側面のうち、環境的側面の実現を考えてみます。より安全な原材料を使用するとか、環境への悪影響の少なくするため廃棄物を処理する場合に、従来よりもコスト負担が大きくなる可能性があります。これは、目先の利益追求でなく、人体に危害をおよぼす材料を使用して、被害が顕在化したと想定しておこなわなければなりません。日本でも昭和30年代以降出現した公害問題では、取り返しのつかない被害が実際に起こりました。過去の苦い経験によって、公害を起こさない取り組みは一般化しています。CSR調達とは、日本企業が公害によって学んだ対応を、他の分野にも広げなければなりません。

基本的にはサプライヤーとの協力関係をベースにし、最小費用での実現を、一体の取り組みで模索することです。発注企業としては、多くのテーマの中での優先順位を設定したり、ときには、リソースの不足するサプライヤーに具体的な対処方法の教育だったりという形でサプライヤーへの歩み寄りが重要です。もっとも避けなければならない事態は、サプライヤーにはCSRの実践を依頼した。しかし、結果としてサプライヤーで対処されておらず問題の発生してしまう、との事態です。CSR調達を実践していない場合、責任が発注元にも及ぶ可能性について想定内として対策をおこなわなければなりません。サプライヤーから購入だからバイヤー企業には責任無しとは言い切れないと重く受け止めて、対応をおこなわなければなりません。

☆CSR調達実践への取り組み

先に挙げたたくさんのテーマを一度に解決することは、現実的にはとても困難です。一方日本では、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)といった言葉にもあるとおり、古くから社会との共生を重視してきた側面もあります。重要視すべきテーマとしては、事業上のコンプライアンス・リスクとして直結する、

・製品関連の品質・安全性(消費者保護)
・環境への配慮(廃棄物処理、有害物質管理)
・情報セキュリティの確保

といった部分に着手し、さらに必要に応じて、腐敗防止やサプライヤー側も含めた労働者の人権・安全衛生への問題へと展開します。すでに多くの企業では、調達購買部門に限らず取り組みが始まっています。もし、まだ具体的な取り組みに至っていない場合は、次のステップで現状掌握から始めます。

<つづく>

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