コストテーブル論6 (牧野直哉)
☆コストテーブルを「交渉」に活用する方法
調達・購買業務で欠かせない「交渉」。コストテーブルを活用すると、交渉戦略に必要な「相手の出方」について、仮説立案がやりやすくなります。今回は交渉の場面で活用するコストテーブルについて述べます。
まず、これまでに何度も述べていますが、交渉に関する定義づけをおこないます。
「調達・購買部門(バイヤー)にとって「交渉」とは、サプライヤーとの取引全般に際して発生する「紛争」や「対立」を、自分(自社)にとって有利な結論へ導くための話し合い」
一般的に、自社の希望する条件をサプライヤーへ主張して合意するか、合意点を探すかといった作業が交渉です。「話し合い」によって進めます。話し合いですから、自らの主張を言葉で説明しなければなりません。言葉ですから、相手に伝え相手が聞き取るだけなら、何も根拠は必要ありません。しかし調達・購買部門が行う交渉では、自分たちの言葉によって相手=サプライヤーを具体的な行動にして動かさなければならないのです。それには自分たちの主張に相手を動かすだけの「説得力」が必要です。
コストテーブルを使用した交渉を実践する際、よく陥ってしまう間違った使い方は、コストテーブルによって算出した数値のみを口頭でサプライヤーに伝える方法です。「コストテーブルでは」とか「コストテーブル的には」といった表現で、自分たちが作成したコストテーブルによる根拠のある数値だと主張する姿です。
実はこの方法では、従来の交渉と変わらず、サプライヤーにはバイヤーが主張する数字の根拠がわかりません。わからないから具体的に理解できず、理解できないから行動にもつながりません。もちろん、根拠や理由がなくともバイヤー企業の購買力によって、動いてくれるサプライヤーも存在するでしょう。それは購買力の結果であって、交渉の実践による成果の獲得ではありません。
交渉におけるコストテーブルの活用法、それはコストテーブルを交渉相手であるサプライヤーの営業パーソンに開示して見せてしいます。ここで注意すべき点は、作成した表計算ファイルをデータそのまま渡さない、自分たちで使用する状態のグラフや表をそのまま見せない点です。交渉する対象について、有利に働く部分だけを抜粋しサプライヤーに対して「見える化」して「共有化」します。
上記のグラフは、近似曲線を境にして、上の赤い四角部分はバイヤーに不利な近似曲線よりも高値のデータです。一方下の青い四角の部分は、バイヤーにとって近似曲線よりも安く有利なデータと判断できます。提示された見積金額が、どの部分に位置するかによって、コストテーブルを提示するのが有利に働くのかどうか決定します。どんな場合でもコストテーブルが有利に働くのではありません。コストテーブルは万能ではなく、使える場面を誤らずに活用します。
サプライヤーに見せるための「抜粋」のテクニックには、次の3点があります。
1つ目は、基本的に数字は発言し、グラフは見せるスタンスです。散布図や近似曲線で表現されたグラフを、自分たちの主張の根拠にする場合、軸の単位は隠します。これで、具体的な数値がわからなくなります。具体的な軸の数値はなくても「傾向」に基づく論拠の提示は可能です。
2つ目は、見積金額の総額ではなく、できるだけコストを構成している要素を主語にして主張を語ります。見積金額は…ではなく、材料費や加工費、一般管理費や利益といった部分で、自分たちの主張を展開します。そして、コストダウンしろ!ではなく、分析結果によるとこの金額が「おかしい」「整合しない」といった問題点を指摘するスタンスで話を進めます。
3つ目は、絶対的な主張せず「間違っていたら指摘してください」といった発言で、反論の余地を残す点です。交渉は自分たちの主張を通せばよいといった考え方もあります。しかし、サプライヤーの営業パーソンは交渉対象であるモノやサービスの専門家であり、プロフェッショナルです。こちらが提示した主張に対してどのような反論をするのか。売り手と買い手では通常売り手の方が情報量を多く持っています。少しでも多くの情報を引き出すためにも、主張しつつ、いつでも撤退=主張の引っ込め可能な余地を残しておくべきです。
また、もしサプライヤーの反論によってこちらの主張を引っ込めなければならない場合は、おとなしく「わかりました」と主張を取り下げましょう。交渉は不調に終わったかもしれません。しかしコストテーブルの精度向上の観点では、サプライヤーの反応は必ず役立ちます。新たに入手したデータをコストテーブルに反映して、次なる交渉の機会に備えましょう。
(つづく)