バイヤー2.0(坂口孝則)
・バイヤー2.0に向けて
私は以前、著作「調達・購買実践塾」で、新たなバイヤー像を求めて、こう書いた。やや長いけれど引用してみよう。
~引用はじめ~
以前、「web2.0」という言葉が流行になりました。新聞や雑誌を見るような感覚でインターネットを使うことは、web1.0。それは、発信者が一方的にコンテンツを提供するものでした。web1.0に対して、発信者と受信者が双方向に連携し、コンテンツ同士が共鳴しあい社会的なネットワークを構築するものが次世代のweb2.0です。
では、次世代の調達・購買2.0とでも言うべきものは一体何なのか、と考えてみます。
もし、これを調達・購買に適用するならば、さしずめ調達・購買1.0とはバイヤーがバイヤーの一方的な想いを社内に投げていくものでしょう。一面的な見方しかせず、社内外に不平不満を垂れ流し、いつしか孤立してしまっていること。机を叩きながら交渉し、一方的な無理を押し付けていること。もうその時代は終わったとは繰り返し私が書いてきた通りです。
それに対して、調達・購買2.0は自社の他部門を見回して、コーディネート役を自ら買って出るでしょう。社内部門、ひいてはサプライヤーそれぞれの能力をフルに活かすことを試みるでしょう。そして、社内の最強のコミュニケーション媒体として最高の成果をあげていくでしょう。
そして、その先にある新しい潮流を社内外に気づかせることを忘れないでしょう。
(中略)
これまでであれば、買う製品に関わることだけに注目すれば良かったところを、自社の最終製品がどのような消費者に受け入れられるかを意識すること。そして、自分という鏡に照らしながら、その消費者の有り様の移り変わりを把握することです。
この製品が自社の最終製品に組み込まれたとき、消費者の生活にいかなる影響を与えるのか。それを与えることで、消費者にどのような未来を見せることができるのか。一つ一つの製品と一期一会を繰り返しながら、その先にある将来を投影すること。
消費者の心理を理解することが大切になるかもしれない。この時代の消費者がどのようなものに希望を見出すかという答えのない問いを考え続けることもあるかもしれない。消費者の汗を、涙を、そして夢を拾い集めるあてどない旅に出ることになるかもしれない。
調達・購買2.0とは、人間2.0の理解から始まるのです。
~引用おわり(「調達・購買実践塾」より)~
いつもの劇画調の文体はご容赦いただくとして、この当時に私が考えていたことが結晶化されている。
この文章を書いたとき、「難しい」と言われた。「けっこう無理なこと言っているよね」とも。私はそうは思わない。ただし、そう思う人がいることは容易に予想できるし、予想して書いた。
より現代的に、かつわかりやすい言葉で書くとどうなるか。2年前に私は「LCB(=ローコストバイヤー)」という単語を提唱し、安価な労働力がワーカーだけではなく、頭脳業務にも侵食するであろう、と述べた。実際に、日本離れが進み、有名企業は海外に調達拠点を移し、また、海外の学生を中心として新卒採用するところも増えた。その意味では、バイヤーとして価値を保つには、上記のように調達・購買2.0的なる活動が必要だ。
私は、優秀なバイヤーを次の通り分類している。
この6種類のどれかに入ることが大事だ。あなたは、この6分類では、どこに入っているだろうか。バイヤー職として、食っていくためには、このどれかに属す必要があるだろう。
ここで、意外に思われたかもしれない。一番目が「製品・商品を安く交渉することができるバイヤー」だからだ。そんなの旧来的なバイヤーの姿ではないか、そう感じた人もいるだろう。ただ、現在の断面においては、それでもなお「製品・商品を安く交渉する」ことは、一つのスキルに違いない。
しかし、その感想は半分は当たっている。インターネットを始めとするITツールは、「交渉する」「サプライヤーを探す」ことに、インパクトを与えた。これまで職人芸的なことがパソコン一台でできるようになった。しかも、誰でも
また、二番目の「一人でたくさんの仕事を効率的にこなすことができるバイヤー」も同じだろう。「効率」を売りにする者は、効率によって打ち負かされる。2割効率的な日本人社員よりも、3割安価な海外社員が良い、とするリアリズムの前には勝利できない。
また、私には三番目の「調達・購買の専門性を高め、高いスキルによって仕事をするバイヤー」も、同じ憂き目にあうであろうと予想する。二番目と同じく、専門性で勝負するのであれば、同じような専門性をもった海外社員が、低コスト(低給料)で挑んでくるからだ。
こういうことがいえると思う。現在では、優秀なバイヤーは6つに分類される。それで「食う」ことができる。しかし、今後は、上の3つから、下の3つに移行せねばならない。それだけ高度化した「人間」が求められる。また、下の3つを満たす人が、バイヤー2.0と呼ぶにふさわしい。
下の3つとは、「部門全体として優れた成果をあげる仕組みを作るバイヤー」「リーダーシップを発揮し、部員・サプライヤーを管理できるバイヤー」「会社の最適生産拠点・最適調達構造までを提案できるバイヤー」だ。要約して言い換えれば、「仕組み・仕掛けづくり力」「リーダーシップ力」「ビジネス構築力」となるだろう。
それは、もはや「バイヤー」と呼ぶべきものではないかもしれない。ただ、それこそが「2.0」であるゆえんだと思う。
先日だったか、調達・購買関係者の集まりに参加したところ、パネラーの一人が「何はともあれ、早く偉くなってください」と言っていた。「下っ端では、淘汰されるだけです」と。そんな身も蓋もない結論は、やはり下の3つに関わっている。上位職となって、部門全体を指揮するところに、生き残りの妙があるというのだ。
では、一人のバイヤーとしてなすべきことはないのだろうか。私はある、と思う。
それは同じく、「仕組み・仕掛けづくり力」「リーダーシップ力」「ビジネス構築力」を磨くことだ。たとえば、あなたがプレス部品のバイヤーをやっていたとしよう。誰も指摘していないことだが、グローバルで世界中の人が読める「プレス部品コスト削減マニュアル」は存在しない。数ヶ国語で書くことができれば、そして、そのマニュアルが汎用的で、誰にでも可能な仕組みを提示しているものであれば、あなたはすぐに世界を席巻するだろう(本気で言っている)。また、いまだに外国人を率先できるリーダーは少なく、各国の税法までを包含した最適地調達理論を持っている人も少ない。
活躍の機会はどこにでも広がっている。
そして、このことは会社員の一人としてだけではなく、個人としても同じだろう。バイヤー2.0として生きるために、これまでと違う変化が必要だ。これまでにないスキルを貪欲に摂取する決意が必要だ。
バイヤー2.0の道は、あなたの前に敷かれている。
もちろん、その道を歩む気があれば、だが。