連載「2019年から2038年まで何が起きるか」(坂口孝則)
*2019年から2038年まで日本で起きることを予想し、みなさまのビジネスに応用いただく連載です。
<2023年①>
「2023年 農業の6次産業化が進み、スマート農業が本格化する」
稼げる農業への脱皮の年となるか
P・Politics(政治):農業の6次産業化が推進される。付加価値の高い農業への転換が国ぐるみで行われる
E・Economy(経済):国内生産の食品類が減少し、いっぽうで、輸入品は増加する。国内市場の声を聞いた農作物生産が望まれる。
S・Society(社会):中国やアフリカなどが食品輸入大国になっていく。
T・Technology(技術):スマート農業といわれる、耕地にセンサーを取り付けたりネットとつないだりしてIT技術を活用した動きが加速する。
農業生産者が、生産だけではなく流通から販売までを網羅した、6次産業化が推進されている。農業経営体も減るなか、付加価値の高い農業への脱皮は急務だ。もっとも国内ではより多くの顧客ニーズを聞く必要がある。 日本の農業は味、品質、透明性、有機などの強みがあり、また農業のIT化も発展してきた。これらの強みを世界に輸出できないかを検討する必要性がある。
・農業の6次産業化
2013年の安倍首相演説によると、2023年までに、成長戦略の一貫として農業と農村全体の所得を倍増するとした。これはいわゆる第三の矢として発表された。安倍政権下では農政改革が進められ、農林水産省と農業団体にたいして、官邸が介在し「稼げる農業」を標榜してきた。そのときに使われた言葉が「6次産業化」だ。
この6次産業とは、農林水産省は「農林水産物の生産にとどまらず、加工や販売などを合わせて行うことにより、生産者の収入や地域での雇用の拡大を図る取組です」としている(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/6jika.html)。簡単にいえば、自分たちの仕事範囲を拡大して、利益をあげていこうというものだ。
6次の6は、農林漁業の1次産業にくわえ、2次産業(工業・製造業)、3次産業(販売業・サービス業)をかけあわせた、(1×2×3)を意味する。生産者ばかりではなく農協等も想定されている。川上から川下までをつなげ、雇用の拡大等もはかる。これは、農商工連携事業は農商工等連携促進法が2008年に施行されてからの流れだ。
農業者への戸別所得補償制度においても、コメに関しては引き下げられ、生産コストと売上の差額補償について、2018年産からは廃止となる。いっぽうで新規の就農者を増やすために給付金は継続され、法人が農業分野で雇用を増やすための研修助成金もある。
また、農林水産省は「農業女子プロジェクト」とし、女性農業者のPR事業も行っている。これは女性農業者が仕事や自然との関わりの中で蓄積したノウハウを活用し、新たな商品やサービスを作り上げていくものだ。
国としては強い農業を目指し、農業の魅力をあげようとしている。逆に言えば、それは農業の将来を危惧しているあらわれかもしれない。
・縮む、国内の食用農林水産物
まずは農林水産物の推移から見てみよう(http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sangyou_renkan_flow23/)。
上段で、全体の食用農林水産物が大幅に減っていることがわかるだろう。昭和55年から比すると、3割ていどの減少となっている。国内生産も同傾向だ。それにたいして、輸入を見ると、食用農林水産物はむしろ上昇している。日本のなかでよく諸外国からの食品の安全性について疑いの声があがる。ただ実際は国産がシェアを減らすいっぽうで、輸入品は皮肉にもシェアを伸ばしている。逆に、海外産が増えたからこそ、その安全性への疑問の声があがったともいえよう。
同時に農林業経営体は減少の一途を辿っている。たとえば、平成22年に172万だったところ、平成27年には140万となった。農業だけでも同傾向で、169万が137万になっている。
前述の6次産業化を実践した農家の目的としては、価格決定権の確保のためとしている。全体の量が減るなか、どうしても1次産業者としては、2・3次産業者から買い叩かれる可能性があるためだ。
・さまざまな取り組みはあるが……
この6次産業化の流れを受けて、さまざまな取り組みが実施されている。いわゆるBtoCマーケティングといわれる、消費者への直接訴求が行われている。ただ、これは難しいことではなく、農家がホームページを開設して農作物の販売を開始したり、メールマガジンをはじめたり、ブログをはじめたり、SNSでの宣伝活動をはじめたり、といった内容だ。
とくに農作物は生産者の顔が見えたほうが安心だから、生身の生産者情報を発信して、関係性を構築する価値は大きい。また、地域の直売所に独自の農産物を扱い客単価をあげたり、学校給食への納入をはじめたりする例がある。
また地域にあるスーパーマーケットや百貨店と連携し、独自商品を企画・納入する取り組みがある。またスーパーマーケットへ直接販売することによって、小分けした商品のニーズをすくい上げることや、味についての率直な感想を聞き生産に反映するなどといった成果が出ている。
しかし、個々の取り組みは尊重すべきものの、どうしても個人的な感想では小手先にとどまっているように感じられる。どうも、地域活性のためのコンサルタントや、広告代理店等を儲けさせているだけの気がする。それは、きっと、まだ農家が、プロダクトアウト型(自分たちが生産するものを買ってもらえればいい)から、マーケットイン型(市場がほしいものを作るやり方)に転換できていないためだと、私は思う。
・日本の農家は生産者主体から脱却できるか
毎年3月になったら農家はコメを作り始める。その際に、売り先の消費者が見えているわけではない。JAに出荷するまでが仕事になっている。コメにかぎらず、生産者は、消費者どころか、食品加工メーカーのニーズも聞いているわけではない。そこで食品加工メーカーは海外に食品を求めるようになった。
農協では卸売市場へ委託販売するのが基本で、なかなか、小売店や飲食店と直接取引の機会が少なかったことも原因だろう。
一般的にはコメ離れが続いているといわれている。家計あたりのコメの消費額も減っている。コメ余りのイメージがある。ただ、非常に奇妙なことに、業務用はむしろ不足している。食品加工メーカーが海外から調達する対象は、コメも該当する。
農林水産省はこの業務用コメのミスマッチ130万トンとした。コメ全体の生産量750万トンとくらべるとその大きさがわかる。2017年3月21日の農林水産大臣記者会見で面白い一シーンがある。業務用コメの不足について記者から聞かれた大臣の答えだ。
<記者:この130万トンのミスマッチの緩和というのは、現状では見通せていないし、相当困難だということですか。
大臣:努力をしているという段階です。>
日本の消費者は、二人以上の世帯で見ると、生鮮品3割、加工食品5割、外食2割の構成で消費している。外食の比率は今後2035年くらいまで変わらないと予想されている。ただ、生鮮品は減り、そのぶん加工食品は伸びる(http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h26/h26_h/trend/part1/chap1/c1_3_01.html)。おおよそ生鮮品2割、加工食品6割になると予想される。その加工食品メーカーが海外から食品を調達している。彼らからすると,大量かつ一定品質のものを安価に求めるため、どうしても日本にいる中小規模の農家では対応できない。それに、こちらの希望を聞いてくれるわけでもない、というわけだ。それに、生産者も積極的に食品加工メーカーとの関係をもとうとしなかった。
だから、農業の話をする際に、どうしても道の駅での販売だとか、消費者へのネット販売等が話題になるが、実際には食品加工メーカーへの売り込みと、彼らのニーズを把握した生産物改良が必要だ。
・海外でのコメ需要
実際に国内での企業取引という隠れた需要だけではない。その販路は海外にも広がっている。当節のテーマである2023年の世界的な食料需給見通しを見てみよう。世界全体のコメ消費量は537.5百万トンにたいし、生産量もほぼ均衡している(http://www.maff.go.jp/primaff/kenkyu/model/pdf/2023siryo.pdf)。しかし注目したいのは、中国で消費量146.2百万トンにたいし、生産は143.9百万トンしか満たせない。人口爆発がつづく、インドネシアも消費量50.2百万トンにたいし、生産量44.3百万トン同傾向にある。生産と消費が逆転し、彼らは諸外国から見て、有望なマーケットになっていく。
なおここでは象徴としてのコメをとりあげたが、コメだけではない。多くの農作物で、アジアのいくつかの国(くわえてアフリカ)では生産大国から消費大国になっていく。そこに日本の好機を読み解かねばならない。
そこで重要なのは、真に6次農業的な考え――、つまり前述のように顧客との対話のなかで農作物を生産していく志向性だろう。というのも、日本の6次産業化の例を見ると、どうしても、日本の良さを完全に活かせていな気がする。日本の強みは農作物そのものだけではない。
日本の「農業」だけに注目するのではなく、広く「食」と考えるべきではないだろうか。味だけではなく、安全性や透明性や有機、そして農業生産における日本の技術力をもっと主張していいと思うのだ。中国には、もちろん食品そのものを販売してもいいし、彼ら農業生産者へ技術を販売してもいい。
<つづく>