講演録~製造業の競争力は調達・購買資材部門で決まる(牧野直哉)
今回は、バイヤー企業とサプライヤーを結ぶマッチングイベントで行った講演の模様を、テキスト版でお送りします。
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本日は「製造業の競争力は調達・購買資材部門で決まる」と題して、あるべき調達・購買戦略の姿についてお話をさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします。
まず本日のキーワードです。スライドにあるように6つのキーワードでお話を進めます。
まず製造業の競争力について考えます。製造業の競争力について、とても大胆に3つのステージに分けてみました。1つ目は「大量生産の時代」です。産業革命によって、工場におけるモノの生産が始まりました。そんな時代に製造業の競争力を決定した要因は大量生産です。現在でも各国で大きな産業になっている自動車産業は、T型フォードによって自動車の大量生産が始まり、自動車市場は拡大していきました。
大量生産時代における調達・購買戦略は、量産効果の獲得によるコストダウンです。日本とアメリカの自動車産業の違いとして、かつて内外作比率の違いが挙げられていました。当時、アメリカの自動車産業における内製率の割合は非常に高いものでした。内製率の高さによって、量産効果で生じたコストダウンは、すべて自社のメリットになりました。このメリットによってさらに量産効果が進み、自動車の販売価格は下落して、普及に拍車がかかりました。現在でも量産効果は調達・購買部門における重要な取り組みです。その実態は、産業革命によって生まれた工場の立ち上げ当時から行われていたのです。
量産効果によるコストダウンの結果、販売価格も下がって、工場で働く従業員の給料も上昇し、いわゆる中間所得層が誕生しました。この中間所得者層の拡大は、現在でも新興国経済の発展に不可欠な要素です。T型フォードは、ボディーの色も黒で統一していました。しかし、消費者のし好は黒以外のボディー色にも拡大していきました。アメリカの自動車産業でここに目をつけたのがGM、ゼネラル・モーターズです。赤い車も青い車も、黄色も緑もといった形で異なる品種をラインアップに取りそろえて販売台数を拡大させました。この変化が、大量生産の時代から多品種少量生産の時代への移行です。
多品種少量生産の時代は、専門化、分業化、産業集積による地場産業が確立され、高度機械組立工業が成立しました。こういった産業構造の進化に合わせたのか、たまたまあったのかわかりませんが、日本における産業構造がこういった時代の流れにマッチしていたのは事実です。日本の高度成長を支え、日本経済拡大の原動力になったのは、多品種少量生産時代の到来によるところが大きかったのです。一方、自動車産業を例に出すと、内製率が高かったアメリカの自動車産業は一時的に衰退していきました。
この時代における調達・購買戦略の柱は、サプライヤーリソースの徹底活用です。産業構造の上位に位置する組立メーカーの意向を実現させる、多くの専業サプライヤーの存在が、当時の経済環境ともあいまって、量産効果を保ちつつ多品種少量生産を実現させる原動力になっていきました。当時のサプライヤー管理のポイントとしては、組立メーカーと運命を共にする、家族主義的なサプライヤーマネジメントです。これは当時の強みを最大限活用するには最適な手法でした。この取り組みによって、日本経済はバブル経済を頂点とする栄華を極められたと言えるのです。
そしてバブル経済が崩壊し、日本経済にとって苦難の道が始まりました。象徴的な経済環境の変化はICT技術の勃興です。1995年10月のWindows 95の登場は、その後のインターネットの普及とあいまって、現在までのグローバル経済における発展モデル形成のスタートになりました。これまで大量生産の時代、押して多品種少量生産の時代と変遷してきましたが、次なる時代を「XX革新の時代」としたいと思います。
革新すなわちイノベーションです。イノベーションを日本語に訳すと技術革新とされる場合があります。しかしイノベーションは技術面だけではありません。新技術に根ざした新製品の導入だけではなく、新市場の開拓であったり、新資源の開発であったり、新経営組織の形成もイノベーションに該当します。ここで、その前時代である多品種少量生産の時代、さらにその前の大量生産の時代と比較してみます。
XX革新の時代は、新しい何かが必要です。それは、前時代の大量生産時代と多品種少量生産時代に確立したコストダウンや消費者ニーズに応える細かな対応を捨てるわけではありません。過去に確立した取り組みに、なにかを加えた新しい何か、です。前時代さらにその前の時代に確立した手法や考え方をそのままに、さらに新しい革新、イノベーションを含んだモノやサービスが必要になったのです。XX革新の時代における調達・購買戦略としては、まず引き続きコストダウンを実現させるための世界最適地調達であったり、購入対象の変化であったり、サプライヤーにコストダウンを求めるのではなく、サプライヤーの利益をコントロールするより高度なサプライヤーマネジメントが必要になっています。
こういった時代の流れをベースに、現在製造業に求められる競争力について考えてみたいと思います。調達・購買部門に今求められている競争力の貢献は、コストダウンだけではありません。コストダウン一辺倒で、製造業における未来はないのです。
まず、製造業はコストダウンだけで生き残れません。コストダウンは、前の前の時代である大量生産時代から脈々と続く基本戦略です。しかし、それだけではダメなのです。コストダウンを実現し、かつ革新的な取り組みが必要です。日本における製造業は今、コストダウンではなく革新性が必要です。例えば、仮に全く同じ製品を日本と中国、加えてベトナムで製造した場合、どこの国で作ると1番安くできるでしょうか。日本企業の設備投資が国内ではなく海外に継続的に行われています。日本よりも中国、中国よりもベトナムで作る方がより安く製品を製造できます。したがって、コストダウンだけを求める調達・購買部門であれば、すでに日本国内にある必要はないのです。われわれには今、何らかの革新、イノベーションが必要なのです。
イノベーションの実現で重要な点は、前時代の戦略は達成しつつ、前時代の戦略実現した上でのイノベーションの確立です。前時代の戦略を実現させて、新たな時代の競争力に必要の武器が必要です。具体的には新商品であり新市場・新資源であり、新たな経営組織が該当するのです。
ここで、先ほど御紹介したXX革新時代に必要な調達・購買部門の具体的な取り組み、戦略の核となる要素についてもうちょっと細かく見ていきたいと思います。1つ目は、研究開発投資です。企業における研究開発投資は、自社でどの程度の規模あるいは内容の投資を行うかが問題です。調達・購買部門では、サプライヤーがどの程度研究開発投資を行っているのかについて評価を行う必要があります。これはやみくもにサプライヤーの研究開発投資額が高ければ良いのではありません。同時にバイヤー企業の内外作の最適化が必要です。
調達・購買部門では「丸投げ」といった形で、何から何まであれもこれもサプライヤーに発注するケースがあると思います。バイヤー企業の自社の強みはどこに行ってしまったのでしょうか。もしサプライヤーが丸投げされた仕事を受けられる場合、それは将来的にバイヤー企業の競合になる可能性を秘めていると判断すべきです。その場合は、従来の付加価値の物を丸投げし、より高い付加価値の物を内製化するといった形での内外作の差別化が必要です。ただ安く買えるからといって、自社の強みを意識せずに外注化するのは危険です。自社の強みは何なのか、難しい問いを自社に課して、自社の強みを再定義が必要です。
また投資の観点では、サプライヤーが持っているリソースを買収で手に入れる、研究開発に要する時間を買うのも調達・購買部門の1つの機能であると考えるべきです。サプライヤーのリソースによって実現されるモノやサービスを購入するのではなく、サプライヤーのリソースそのものを購入して自社の事業拡大に役立てるのも、これからの企業の事業運営には必要な取り組みです。
2つ目は、世界最適地調達です。世界最適調達といえば、古くはマクドナルドが世界各国の季節や市況から、必要な原材料を一括購入して各国に供給するモデルでした。昨今では、物流によって提供される付加価値に対してコストは低下しており、トータルでの物流費は下落傾向にあると言って良いでしょう。もちろん、身近なサプライヤーから買える物をわざわざ高く海外から買う必要はありません。購入費+物流費で世界最安値購買を目指すのが、現代の世界最適地調達の姿です。
実際、経済産業省によるリポートでも、あえて地理的に遠い場所にあるサプライヤーから購入している企業の方が、成長性が高いといった結果も出ています。何度も申し上げますが、やみくもに遠くから買えばいいのではありません。遠くから買うためには、サプライヤーを探索するためにアンテナを高く上げて、常により購入条件の良いサプライヤーを探すといった調達・購買部門の姿勢が必要です。従来と同じサプライヤーで何とか事業を続けるといった消極的な姿勢ではなく、今よりもより良い姿を求め、改善を志向する調達・購買部門が求められているといえます。
3つ目は、ものから情報・知的財産への展開です。製造業といえども、従来の物だけを作っていればいいのではなく、ものを使用する際に必要なソフトウェアに代表される情報や、お客さまに商品を届けるまでに必要なサプライチェーンもそうですし、さまざまな企画力や設計力が問われています。既にこういった考え方は、1980年代から登場しています。一方でアメリカを例にとれば、ひとつ前のオバマ大統領も現在のトランプ大統領も、製造業の復活を目標に掲げ取り組みを行っています。これは、製造業は、雇用や創出される付加価値に関しても波及性が広範囲にわたるからです。したがって、ただモノ作りを行う工場を活性化させる意味ではありません。従来のモノ作り「ハード」に「ソフト」を加えて、総合力で評価する時代になったのです。
最後に価格交渉からサプライヤー利益コントロールへの変化です。これは特に日本企業の調達・購買部門ではなかなか理解されない考え方です。まず前提として、バイヤー側の判断である「少しでも安く」だけではなく、サプライヤーが満足できる理論的購入額によって価格を決定します。満足できる購入額とは、購入額そのものが高いとか安いよりも、サプライヤーの事業が続けられるレベルの利益を算出して、利益レベルを交渉によって決定する考え方です。
こういった「利益をコントロールする」ためには、サプライヤーと強固な信頼関係と、原価情報まで含めた一定の共有化が不可欠です。欧米のビックビジネスにおける調達・購買戦略の柱になっています。最も簡単な例で言えば、新規に製品を収める場合と、納めた製品をメンテナンスする場合の価格差です。メンテナンスによって生じる需要に利益を乗せる考え方です。こういった取り組みを実現するためには、メンテナンスに必要なモノやサービスのコモディティー化を防ぐ必要があります。
(つづく)