連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

25回にわたる連載です。調達・購買戦略の肝要を順に説明しています。

・リスクヘッジ戦略

大震災が襲う日本では、「災害対策」「BCP(事業継続計画)」といった言葉が注目を集めています。現時点でも、各社ともまったくの無策ではありません。多くの企業では、災害時にサプライチェーンを寸断させないよう、多かれ少なかれ事前策を講じています。しかし、それでも大地震のあとは、被害が甚大です。

日本には「ゼロリスク信仰」があります。それは、リスクはゼロでなければいけない、とする「宗教」です。したがって、あらゆるリスクを想定し、それをゼロに近づけていこうとしてきました。

調達・購買部門においては、あらゆるサプライチェーン上の問題について「何が起こっても大丈夫」なはずのリスク対策を練ってきました。サプライチェーンが止まることは、「ありえないこと」でなければなりませんでした。そして「あってはいけない」ことでした。

しかし、東日本大地震では、その止まるはずのなかったサプライチェーンは機能不全となり、数日~数ヶ月にわたる生産停止を余儀なくされました。ただ、あれだけの大震災ですよ。たしかに被害の拡大を抑えた側面があったはずです(そうでなければ、あれほど迅速な物流網の再構築や生産・倉庫の復旧がありえたでしょうか)。問題は、「被害の拡大を抑えた」と、なかなか評価しづらい点です。サプライチェーンと生産ラインを止めてしまったら批判されるだけ。止まった事実だけを重視すれば、事前地震対策は0(ゼロ)点です。

振り返れば、この「ゼロリスク信仰」に問題が二つあります。一つ目は、リスク自体を事前にすべて掌握できるかという問題。そしてもう一つは、リスクをほんとうにゼロにできるかという問題です。

・①-1リスク自体を事前にすべて掌握できるか

事前にすべてのリスクを掌握できるとは限りません。いつでも「想定外」の出来事は発生するまでは「想定外」だからです。リスクの完全な事前掌握は難しいはずです。

欧米ではかねてより「ゼロリスク信仰」ではなく「リスクマネジメント」という考え方が支配的でした。リスクをゼロにできると考えて対策を立案するのではなく、想定外のリスクもやはり内在するものと考え、それと上手くつきあう方法論です。「リスクの度合い」と、「リスクを減じることで得られる利益」、さらにその「リスクを減らすコスト」の三つを計算することで、そのリスクをどうすべきか考えていきます。

もちろん、できるだけ事前にリスクを洗い出すことは必要です。そこを放棄してはいけません。しかし肝要は、その割り切りと、事前把握できなかった突発災害にいかに対峙していくことです。この相反するような二つの思考が必要です。「可能なかぎり事前にリスクを洗い出す」と同時に、「すべてのリスクを洗い出せないと自覚し、突発リスク時の対応を考えておく」という二つの高度な対策です。

・①-2リスクの洗い出しと分類・対策

では、どのようにリスクを洗い出せば良いのでしょうか。これには、まず生じる可能性のあるリスクを調達・購買部門内でブレインストーミングしながら列記します。ライン火災や震災だけではありません。昨今のリスクは多様に広がっています。大項目から小項目まで多々列記されるでしょう。

●世界中国経済崩壊リスク
●EURO国のデフォルトリスク
●関東圏、中京圏の地震によるサプライチェーン寸断リスク
●為替リスク
●データ漏洩リスク
●サイバーアタックリスク
●テロ
……etc

これらを一つひとつ説明したいわけではありません。その後、これら項目の一つひとつに発生可能性と損害の二軸で評価していきます。その結果、次のような概念マトリクスに点示できるでしょう。

<クリックすると大きくできます>

三つの分類「プライマリーリスク」「セカンダリーリスク」「マイナーリスク」にわけ、それを各項目にカテゴライズしていく方法です。

このようにカテゴライズした順番のうち、「プライマリーリスク」と「セカンダリーリスク」から手をつけ始め、「マイナーリスク」に移行していきます。その際、それぞれの項目に、「事前策」「事後策」を設定しておくことが必要でしょう。

●事前策:あらかじめそのリスクを減じるもの
●事後策:発生したときの損害を最小限化するもの

たとえば、「通貨リスク(自国通貨安)」が「プライマリーリスク」に分類されているとすれば、前者は「為替予約」「自国通貨払いへの契約変更」などがあげられるでしょう。また、後者は「調達品の切り替え」「セカンドソースへの切り替え」などがあげられます。後者であれ、事前に対策を講じる必要があります。

・②リスクをほんとうにゼロにできるか

ただし、そのうえで、リスクをすべてゼロにしようと思えば、莫大な検証時間と人員を必要とします。

生産管理の世界ではシックスシグマという言葉が使われます。これは標準偏差で不良発生確率を考慮し、100万回に3回(正確には3.4回)の不良発生数以下に抑えようとする試みです。生産の領域であれば、シックスシグマを採用することは意味があります。しかし、これであっても不良発生確率はゼロではありません。不良ゼロは現実的ではありません。「100万回に3回から、100万回に2回へ。そして、100万回に1回へ、そして100万回に0回へ」という志向を全リスクにたいして拡大しようとすれば、終わりがありません。

いわゆる対策立案では、①-2で前述のとおり「プライマリーリスク」→「セカンダリーリスク」の順番になります。したがって、東日本大震災は、「セカンダリーリスク」のため、文字どおり二番手以降に着手するものです。これは当然のことで、ごくまれにしか起きない事象よりも、頻度が高いリスクから対処すべきだからです。

・リスクマネジメント、セカンダリーリスク、マルチソース化

さきほど紹介したとおり、リスクマネジメントでは、すべてのリスクをしらみつぶしに対策するのではなく、優先順位をつけて事前・事後の対策を講じていきます。

●回避:危機自体を避けること
●軽減:危機から受ける損害を軽減すること
●転嫁:他の対象に損害を仕向けること
●受容:何も対策せず許容すること

リスクの把握と同時に、これら策を想定しておくことが必要です。サプライチェーンの世界では、この四つを応用しようとすると、次のような例になります。

●回避:カスタム部品を採用せず、標準部品を採用する
●軽減:取引先の二重化や、取引先内部での工場二重化
●転嫁:生産の外注化等(OEM生産、EMSへの委託、等を含む)
●受容:-

リスクマネジメントはその定義どおり、リスクとベネフィットを天秤にかけ、何も対策を講じないこともありうる方法論です(よくある話として、「地球に隕石がぶつかったときのリスク対策まで考えるべきか」という問いがあります。これは「想像しうる」災害です。可能性もゼロではありません。ただ、このような極端なリスクを事前把握していたとしても、対策は難しいでしょう)。諦観も含むのです。

ゆえに、これはリスクマネジメントの限界ではありません。リスクの事前対策だけでは万全ではない、という当然の事実を指し示しているだけです。しかし、だからといってリスクマネジメントは無意味だと勘違いしてはいけません。そうしなければ、「すべての部品をマルチソース化せよ」と誤った方向に議論が流れてしまいかねません。

よく、調達品の「マルチソース化」(2社購買化)によってすべてのリスクが消えるかのように喧伝されるが、ありえません。実現化は(多くの企業にとって)困難です。ティア1レベルでマルチソース化するにしても、試験・監査など部材には二重のコストがかかります。くわえて、ティア2やティア3までを管理しようとすると莫大なコストです。

・「想定の範囲」を拡大するのではなく「想定の範囲」外への対応を

いまだに「ゼロリスク信仰」に基づき、「想定の範囲」を拡大しようとする試みがまだ散見されます。しかし、複雑系の世界において、「想定の範囲」を拡大しようとする試みは常に失敗します。代案としては、やはり「想定の範囲」外が起きたときに、事後策としていかに対応するかを考慮することでしょう。

<例①緊急時における担当者の権限拡大>
たとえば、災害緊急時に1000万円であれば、担当者判断でコストアップ品を調達しても良いとあらかじめ決めている企業はどれだけあるでしょうか。あるいは、担当者判断でまとめ発注をしたり、倉庫残品を押さえておいたりする権限を与えている企業はどれだけあるでしょうか。

多くの企業は、承認に時間がかかったり、役員決裁に時間がかかったりと、右往左往しています。その一方で、突発時にのみ担当者の決裁権限を広げた企業は、担当者の判断で調達品を集めることに成功しました。たとえば、このような事後策を講じることは無意味ではないでしょう。「想定の範囲」外への対応が必要です。

<例②ほんとうのマルチソース化>
また、代替メーカーによる代替生産も検討してみましょう。現実的に考えるのであれば、樹脂や普通鋼材などの材料は、2、3社から購入できるようになっている企業はあります。しかし、たとえば特定カスタム仕様、あるいは図面買いしているものを、2社購買している例など、ほとんどありません。

自動車産業に属するひとはわかるとおり、完成車メーカーの技術者は自ら図面を書くことは(ほとんど)ありません。サプライヤの技術者がCADを操作し図面を作り上げます。完成車メーカーの技術者は、レイアウトや法規を検討することが大半の仕事です。

よって、調達品のほとんどはサプライヤが設計しています。その調達品を異なるサプライヤから買おうとしても、そんなことはできるはずはありません。これほど技術が細分化している世界においては、バイヤー企業の設計者が部品設計までできるはずはありません。これからはサプライヤの技術力を活用せねば製品を作ることはできないからです。

幼稚な言葉をお許しいただければ、調達・購買部門に重要なのは「土壇場でお願いできる力」でしょう。何をお願いするかというと、緊急時にはメーカー間の垣根や、機密事項や、しがらみなどを超越して、とにかく「お願いだから代わりに造って」もらうことです。代替生産を説得できる力と、日々の関係性構築が重要です。

たとえば、サプライヤA社が震災に遭ったとします。バイヤーはサプライヤA社にたいして、サプライヤB社の生産状況を教えてあげるのです。すると、サプライヤB社では、生産設備のキャパが余っており、サプライヤA社を救えるかもしれません。あるいはサプライヤB社のティア2メーカーの設備はまだ余裕があるかもしれません。サプライヤA社は彼らの助けによって、なんとかラインをつなげるかもしれません。

通常時であれば、競合他社の製品を代理生産するなどありえないところ、緊急時にのみ、その垣根は取り払われます。そこにほんとうのマルチソース化の可能性があるでしょう。

現実的に考えれば、リスクマネジメントにおいては、「調達できるサプライヤを複数用意しておく」ではなく「いまのサプライヤの協力をとりつけて対応する」「万が一のときの被害を最小限化する」に移行せざるをえません。その際、各企業に求められるのは調達・購買部門の「土壇場でお願いできる力」になるでしょう。

 <つづく>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい