連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

戦略を25のマトリクスにわけて説明しています。

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今回は経営計画・利益計画です

・経営計画と利益計画

ここでの経営計画や利益計画とは、企業理念や全社戦略をより具現化するものだと考えてください。前節では「戦略・計画構築」と書いた、後半の「計画」部分にあてはまります。

・ステークホルダー

なぜ計画が必要なのでしょうか。ここでいきなり話を変えるようなのですが、なぜ会社を設立するのか、というところからはじめたいと思います。それは信頼があがるからです。個人事業主よりも資金調達も容易になるからです。そして株式会社は発起人が必ずいます。これは、事業の概要を作り、出資者を募るひとです。そして株式をもつひとたちは、会社の所有者となります。

株主は会社をもっているひとたちですから、当然、会社の運営をする取締役を選任したり解任したりできます。取締役の集まる取締役会は代表取締役を選定します。会社と取締役は法律上委任関係なのです。株主は、権利として剰余金配当請求権をもちます。会社は株主のものですから、運営者を選び、運営者をチェックし、利潤を得ます。

利潤追求のために会社は、サボった取締役がいたら損害賠償を追求しますし、株主も請求権を講師できます。それだけ、厳しい世界です(誤解しているひとがいますが、執行役員制度とは、あくまで各特定分野の責任者を指し、取締役でも会社法上の役員でもありません)。

なぜこの当たり前を確認したかというと、ナイーブな議論を置いておけば、会社は株主のものであり、会社員はその株主の意向に従って行動せねばならないと強調しておきたかったからです。

なお、ステークホルダーとは企業の利害関係者のことで、取引先などを指します。よく経営危機の企業社長が「ステークホルダーである株主のみなさまに謝りたい」といいますが、これは完全に誤認で、これは自分たちが会社の持ち主であると勘違いした末路です。株主はステークホルダーというより、会社の持ち主そのものです。社長は株主から指名されたにすぎません。

・経営計画

前節にしたがって、長期経営計画とは5年以上、中期経営計画とは2年ていどと定めておきます。そこで中期経営計画について説明します。戦略構築により、何をすべきか明確になりました。戦略を策定するところで、大枠の道筋はたっています。前節では「調達費3割削減」というチャレンジングな目標から、大枠の戦略構築の道筋を示しておきました。

たとえば、「調達費3割削減」の前に、大きな経営計画として、利益(粗利益)倍増の計画を立てていたとします。

簡易的な例では、売上高100にたいして、50%の調達費、そして労務費・経費(減価償却費等)で30%とします。それで粗利益が20%残るといったものです。それで、倍ほどの粗利益を稼ごうと思ったらどうすればよいでしょうか。

そこでおおむね、売上高は114くらいまで伸びそうだ、とします。もちろんここには営業戦略が必要でしょうが、これは調達の内容であるため、営業戦略は所与のものとします。そうすると、経費が変わらないとすると、残り調達費を30%削減せねばなりません。と、このように計算します。

さらにその後に各事業や各商品などに分解されます。

このように各事業の計画に分化されます。ここでは「大枠はわかった。戦略もわかった。あとはその達成のために行動を徹底されねばならない」という状態です。

したがって、大枠の戦略を考え、そしてスケジュールを決める、その中間に「計画書」そして「方針書」を作成する必要があります。大枠の戦略が前述のように、次のように決まっているとして続けます。
<目標は中期で「調達費3割削減」。戦略は、孫請けサプライヤの自社発注。サプライヤ調達材料の支給。労務費領域のロボット化の推進>
このとき、

●サプライヤと設計者に対する方針
●製品についての方針
●調達行為についての方針
●新規サプライヤについての方針
●コスト削減についての方針
●内部組織についての方針

をそれぞれ決める必要があります。これは、できれば紙にして部員にもってもらう必要があります。これから個別の部内戦略や、品種別戦略ができあがるのです。

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●サプライヤと設計者に対する方針

しつこいのですが、戦略は<孫請けサプライヤの自社発注。サプライヤ調達材料の支給。労務費領域のロボット化の推進>です。ということは、孫請けサプライヤの状況を知らねばなりません。そして、材料調達の状況をコストレベルまで知らねばなりません。また、ボトルネックとなっている労務費の状況を知り、改善施策を練らねばなりません。

そのとき、社内関係者との連携強化が必須です。ユーザー部門からすると、孫請けの品質管理をサプライヤに任せていたのに、自社に課せられることになります。また、サプライヤ管理や、図面管理も必要になってきます。そのとき、同床異夢であっては協力を得られません。

調達・購買部門が積極的にサプライヤ検索を行い、そして、全車の原価を徹底的に改善しようとする積極姿勢を見せなければ「調達費3割削減」は困難です。そこで、行動レベルで、方針を立てる必要があります。

●製品についての方針

迷ったときに振り返るのは理念でした、と同時に、もっと具体的な方針を肌身離さず保有してもらう必要があります。

優秀な部員とは、つまるところ「論理的に考える訓練をし」「言われる前に行動し」「自己に足りないところを短時間ずつでもいいので学習する」ひとです。簡単にいえば、自発的に動く社員です。

そこで、興味とともに、製品知識をもつようにし、つねに新たな調達方法を模索するように「方針」づけるのです。

●調達行為についての方針

調達部門は最強のサービス部門でなければなりません。他部門からの問い合わせにはまっさきに答えねばなりません。自分たちだけで生産も設計もできないのですから当たり前です。そしておなじくサプライヤの協力なしには何もできないのですから、厚くもてなします。

しかし、それは弛緩し続けてはいけません。私はよくすぐれたサプライヤとの連携を「戦略的癒着」と呼びますが、それは緊張感をもっていてこそです。そこで、明確に「毎月、各品種で一社は新規サプライヤにたいして価格情報調査を行う」「毎月、各品種のうち上位一製品は、価格の妥当性確認を行う」と方針に盛り込んでおくのです。

●新規サプライヤについての方針

方針とは、他社との差別化に結びつかねばなりません。他社並みのことをやるだけでは、前節で説明したように凡庸な結果しか導きません。極端な話、「おいおい大丈夫かよ」といわれるくらいではないと、行動としてはダメなのです。

既存の技術で新規の市場に販売すると効率が良いように、もっとも早いのは、他業界で注目され、自社業界で採用実績のないサプライヤを検索することです。

また、安いとか高いとかを、曖昧に表現してはいけません。そこで、たとえば、標準図面を作成し、かならずその図面を使って見積書を依頼するのは一手です。

●コスト削減についての方針

コスト削減は、「技術」「取引先」「交渉・査定」「買わない」を検討する、とありますが、相見積だけで価格決定しないように歯止めをかけています。そうしないと、すべてのコスト削減が交渉と相見積になってしまいます。

また、「他社の調達レベルや、市況をつねに把握し、妥当性のあるコスト低減を行う」と書いています。これはどうすればいいのでしょうか。もちろん答えはありません。しかし、こう書くことによって、方法論を考えることに意味があります。他社の製造原価から考えると、これくらいが妥当ではないか。あるいは、原価構造を積み上げてみると、これくらいではないか。また競合製品の価格から、これくらいと試算できないか……等々。

この方針はあくまで”例”です。この通り策定してほしいわけではありません。ただし、調達活動全体方針に加えて、戦略から出た、具体的な行動方針まで落とし込むと部員の意識に刷り込まれます。

そこで、重要なことを二つ述べておきます。

1.方針は繰り返し目にしてもらわねばなりません。紙で配ったとか、誰でもアクセスできるサーバーにおいたとかではダメなのです。誰でもアクセスできるのは、誰もアクセスできません。だから、紙で配るにしても手帳に貼っておいてもらうとか、会議のはじめに読むとか習慣化が重要です。

2.戦略や方針について迷ったら、こう考えてください。「絶対的な答えはない。とにかく迷ったら早めに決める」「思いつきもしなかったら、他の戦略や方針を真似る」。これをやったら上手くいくというのはないのです。だからまず行動とともに検証を重ねなければなりません。

そして、さらに、戦略のなかで、たとえば、「新たなサプライヤを探す」といっても、さらに分解の余地があります。

●サプライヤへの要件整理
●サプライヤリストアップ
●サプライヤ選別
●サプライヤ見積書依頼
●サプライヤ見積書受領、査定、解析
●サプライヤ監査
●サプライヤ選定

など、さまざまなプロセスにわかれるはずです。これを経営計画のなかの調達機能計画としてまとめる必要があります。これまで戦略書といったたぐいのものは、ゴミ箱に捨てられる運命にありました。なぜならば、かっこいい見取り図を書いても、具体的なステップや、考え方が書かれていないので、「戦略は戦略。日々の業務は日々の業務」と分断してしまい、結局は、日々の業務の忙しさにかまけて、なんら進展しない状況があるのです。

そこで活用できるのが、前節でも紹介したWBSです。これが何かをなかなか説明し難いのですが、決定事項をさまざまなプロセスにわけて、担当者や期日を振るものです。

ダウンロードできるようにしておりますので、いちどご覧ください。さきほどの例でいえば、「新たなサプライヤを探す」というものがあったとすれば、それを具体的に行動しようとすれば、何をすべきか、いつまでにすべきかを考えるのです。

http://www.future-procurement.com/WBS.xls

・事業拡大

ところで、なぜ中期的であれ長期的であれ、成長を前提として考えなければいけないのかを説明します。たとえば、100円を、さきほどいったとおり、株主から預かったとします。そして、100円の製造原価にたいして、110円の売上になったとします。そうすると、10円の利益が生まれます。100円を投資して、10円が儲かったわけですから、株主にしてみれば10%の利回りです。

では、10円を株主に還元せねばならないでしょうか。もちろんそうです。しかし、その10円を、その企業が、一般的な利殖手段より多く増やせるのであれば、その会社にゆだねていたほうがマシです。

とすれば、110円を再投資するわけですから、次年には110円を使って製造原価とし、121円の売上高をあげねばなりません。そうすると、121円―110円=11円となり、110円の10%となります。

さて、あまりに簡単な数式で考えてきました。しかし、売上が伸びなかったらどうなるでしょう。

(予定)売上高121円ー製造原価110円=11円
(実際)売上高120円ー製造原価110円=10円

たった売上高1円の違いですが、利益は1円さがります。とすれば、株主からしてみれば、100円を預けていたときとかわりません。それならば、110円ではなく、100円を預けていればよかったわけで、10円の利殖機会を失ったことになります。

ほんらいは、売上高が増えて、生産量が増えれば製造原価は下がっていきます。しかし、ここで力を発揮すべきなのが調達・購買部門なのです。

(調達・購買の頑張り)売上高120円ー(製造原価110円+原価低減1円)=11円

つまり調達・購買部門とは、売上高が伸びない時代において注目されるのは必定なのです。また、調達・購買部員は、この意識を持たねばなりません。

<つづく>

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