連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

25回にわたる連載です。調達・購買戦略の肝要を順に説明しています。

・戦略構築つづき

戦略構築の続きについてお話します。

・日本経営の幻像

日本より先に米国では経営の専門家化が進みました。プロ経営者が舵取りをして企業を導きます。これにたいして、戦後の日本は創業者が焼け野原から闘いを挑んだと理解できます。彼らは動物的な勘と、復興の精神と、類まれなるバイタリティーで米国に勝利を収めました。いわゆる「負けてなるものか」です。

その後、日本では、創業者が消え、トップが変わり、一部では経営の専門家化も進みました。専門家対専門家になりました。そして米国の新興企業が増えるにつれ、むしろ、専門家対創業者の闘いが増えてきました。アマゾンやスティーブ・ジョブズがいたころのアップルは強烈な創業者がおり、むしろ、かつての日本経営者を尊敬す面さえありました。

彼らは日本の専門家経営者がメスを入れることのできなかったサプライチェーン構造を次々と改革していきました。日本では創業者が開拓した取引先との関係を、次世代が協力会という名のもとに存続させはしました。しかし、グループ全体での固定費増加は避けられず、水平分業といった、柔軟なサプライヤシステムは、米国などの他国から生じました。人間関係で編んでいた日本的サプライヤシステムを、欧米はグローバルなネットワークで凌駕しようとしています。

何をするかが重要だ――「選択」の重要性を私が強調するのはこのためです。そもそも部下からは、生産とサプライヤ管理をすべてEMSに任せようといった思考は出てこないのです。それこそトップの「選択」の問題です。選択のあと、部下はその範囲で最大の効率化を図ります。優秀な部下を徒労に導かないようにしたいものです。

・戦略論の本質

突然ですが、私が経験した二つのエピソードがあります。これが戦略を語るうえで大変な示唆を私に教えてくれました。調達・購買には関係のないところもありますが、お読みください。

<以前、私たちの会社では、PPC広告という方法で集客していました。効果があったので、予算を積み、それを中心に事業を構築していました。その他の方法は非効率的だったからです。あるとき、マーケティングの専門家にその話をしました。どちらかといえば、低コストを自慢げに話しました。すると彼は「ある日、それが突然に止まったらどうするの」「それが突然に倍のコストになったらどうするの」と訊いてきました。そんなことはありえません、と返事をしようと思いましたが、私には根拠がありませんでした。いまの現実がずっと続くと信じたかっただけなのです。事業計画書の数字を変えて、ためしに、PPC広告が使えなくなったり、倍になったりしたシミュレーションをしてみました。事業は立ち行かないと、その結果は指し示していました>
*PPC広告は検索連動型広告とも呼ばれ、「調達・購買」といったキーワードで検索すると、弊社の宣伝がトップに出る仕組みのものです。

<私の大学時代の師匠は、ことあるごとに「その話は具体的すぎます。もっと抽象的に話してください」と語っていました。当初、これはあまりに衝撃的でした。常に「抽象的すぎるから具体的に説明してくれ」といわれるのが常だったからです。その後、紆余曲折のあと、私は調達・購買関連のコンサルタントになりましたが、つねにクライアントから求められるのは「同業他社の類似例ありませんか」というものでした。私が「ありますが、それは状況が違うのですから役に立ちません」というと、いつも不満そうな顔をされます。「多くの型があるのですから、そのなかで弊社にピッタリな型があるでしょう」というわけです。「具体を求める気持ちはわかりますが、独自の解決策を求めなければ意味がありません」と説明するのですが、これが理由で、安易な方法論を喧伝する他のコンサルタントに”逃避した”例もあります>

戦略とは、闘わずして勝つにせよ、闘って勝つにせよ、勝利を目的としているのですから、戦争相手がいるのでしょう。それが前述の自動車における同業他社なのか、あるいは、他社一般なのかはわかりません。しかし、何にしても、投下した労力にたいする最大効果を求めるものでなければなりません。

調達・購買関連でいえば、この闘いにおいて優位性を保つためには、大きく三つの方向性があるように思います。

●分配とは、特定の分野にのみ人員などの資源を特化することです。これは、たとえば特定の成長分野に調達・購買人員を集中して配置するなどの意味があります。それに加え、業務プロセスにおいても、発注・納期調整業務などを、外部企業・BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)などに委託して、価値の高い業務に特化するものです。またおなじ事業体のなかでも、特定部材に人材を投入する、開発購買などの上流業務に人材を投入するなども考えられます。

●体質利用とは、自社の特徴を使うことです。たとえば、すでにもっているサプライヤネットワークの最大活用、資本の最大活用、人材数の活用など、この量によって他社比優位性を保つ・創造するものです。

●特定サプライヤ特化とは、文字通り特定のサプライヤという資産を活用し、その技術力などで最終製品の魅力をあげ市場での評価を上げていくものです。たとえば、特定サプライヤとの独占的な契約などを使ったり、サプライヤの依存度を高めたりすることによって、競合他社との差別化を図るものです。共同開発などの排他的なアライアンスによって、追随を許さない製品企画を実現するケースも指します。

これらは三者一択ではありません。場合によって複数を選択するものです。「あれかこれか」の思考法ではなく、「あれもこれも」の思考法をとらねばなりません。

・具体的戦略構築法

戦略を構築する際には、まず抽象化を行い、その後に具体的手法を考えます。エピソードで語ったとおり、いきなりの具体ではありません。抽象化後の具体です。

よく「これは私の業界とは異なるので役に立たない」というひとがいます。ほんとうにそうでしょうか。私などは、抽象化ができていないように感じます。問題を抽象化できていれば、まったく異なる業界の事例が役に立つものです。

ところで、戦略を考えるといっても、100年後のことを考えるのか、数年後のことを考えるのかで異なります。

長期の目標を立てるなら、長期に対応した戦略・計画を。中期なら中期のそれが必要となります。明確に定義する必要はありませんが、長期経営計画とは5年以上、中期経営計画とは2年ていど、短期経営計画は1年くらいと定めておきます。

さて現実的に考えると、長期目標設定は具体的な数字までは難しいかもしれません。「10年以内に業界シェア50%」と全社戦略があるとします。たとえば、現在の業界シェアが10%の会社だとすれば、単純に5倍になります。そうすれば人員を増やさなければならない、サプライヤの生産能力も増やし、新規を模索し、さらに物流網の整備……など考えることは無数にあります。

長期の目標設定は、実際のところトップが想いを込めているので、正直には細部を詰めるというよりも夢と呼ぶほうが近いものです(しかし夢くらいの大きさでなければ長期の目標としてふさわしくありません)。さらに現実は10年後の社会環境を当てられるひとはいません。

ここでは、調達・購買機能として、中期目標を注力することとします。長期目標と中期目標の方向性がずれないようにしつつ、具体性は中期目標で戦略を練っていきます。これは、長期目標をないがしろにするのではなく、「長期目標でコスト1/3を目指すのであれば、ステップとして、まずは三年でコスト10%削減できるようにする」と方針を立てるのです。

ステップでいうと、次の通りです。これ以降の考え方は、中期でも長期でも使える共通したものです。ただ、上記の考えから、やや中期を意識したものになっています。

目標値の立案:これを読んでいるみなさんは、きっと達成すべき目標があるはずです(そうでなければ、そもそも戦略は必要ありません)。さきほどは、「三年でコスト10%削減」と喩えにあげました。「原価率5%改善」「支出5億円削減」など、さまざまでしょう。これは目標ですから、任意で設定してください。当たり前ですが、「製品ラインナップを変えずに、製造原価率を1/100にする」といった無謀なものではなく、現実性があるものです。

既存業務時の達成値:目標が定まったあと、既存の業務ではどのていど達成できるかを測定します。これは肝要です。というのも、いきなり施策や代案を考えてしまうと正しく評価ができないためです。また、既存の業務をやるだけで達成できたら、それこそ戦略は不要と考えるべきです。この時代にチャレンジングな目標を課されない調達・購買部門があるかはわかりませんが、まずはそのまま何も変えない場合の達成値を測ります。また、原材料比率が高い企業で、その原材料の市況見通しが下落するような場合も、同様に、既存のままで達成する可能性があります。

追加施策実施の達成値:その後、既存業務の枠組みのなかで、目標値が達成できないかを確認します。たとえば、相見積を全体の30%しか入手していなければ、相見積の範囲拡大でコスト削減目標を達成できる可能性があります。その際は、まず相見積を拡大し、その後に、高い目標値が降ってきた際に次のステップに進みます。

戦略的代案構築:前ステップで、どうしても根源的な施策が必要な際に、いよいよ戦略的な代案を考え出す必要があります。できるだけ既存案に縛られないものも含めて検討していきます。

たとえば「調達費3割削減」というチャレンジングなものであれば、どのような戦略的代案がありうるでしょうか。考えるに、既存の枠内では、せいぜい数パーセントを削減しかできません。「調達費3割削減」とは一つの比喩にすぎません。ここで重要なのは、事実をしっかりと見る「態度」です。なんとなく、こうじゃないかな、と考えるのではなく、事実に基づく推論を重ねることです。

たとえば自社の調達品コストが典型的にこのような構成になっていたとします。大枠の戦略を決定するのですからすべての調達品を記述できなくてもかまいません。決定的に重要なのは、「これを3割削るのだ」と見ることです。

(1)サプライヤがさらに外部に出している外注費が大きい(30)。この孫請け領域を改善せねばならない。この領域をサプライヤではなく自社発注して管理してはどうか。そうすれば、価格が透明になるばかりではなく、サプライヤが二重でとっている粗利も削減できる。
(2)次に材料費が大きい。材料はサプライヤに調達させるのではなく、自社支給がふさわしいのではないか。あるいは、価格を代理交渉し、安価に調達してもらったらいい。また、材料はどれだけ使用するかわからないので、あらかじめまとめ買いするのは現実的ではない。ただ、予想使用量の三分の一を、現物先物取引で調達するのはどうか。これならば大きく外れることはないだろう。
(3)サプライヤ労務費と孫請け労務費も大きい。これはプロジェクトを新設して、「ロボット化検討会」をはじめてはどうか。ロボットの技術は進んでいる。「ワーカーゼロ化」を実現している欧米企業もある。設備投資によって、数年で回収できる可能性はある。これくらいの大胆な施策をやらなければ労務費は下がらない。

こういった代替案を出していきます。さらに、「分配」「体質利用」「特定サプライヤ特化」といった差別化の方法論を書いておきました。その施策を取るにあたって、どうすれば競争相手との差を広げることができるかをおなじく考えてください。

代案評価:その後、代案がほんとうに効果を生むのかを確認する必要があります。効果はもっと出るかもしれませんし、下振れするかもしれません。そのときに、冷たい目が必要です。「こういうことが起きてもうまくいくのか」と問い続けてください。部下を動かすわけですから、それくらいの自問は必要です。もちろん、冷静に見て効果が目標にたいして足りないのであれば、再度、代案を考え直すことになります。

戦略・計画構築:ここまでくれば、あとは、スケジュールなどを立てます。具体的に紙に数字として落とし込んだり、具体的な人員・日程などを書き込んだりします。Microsoft Office Project などでWBS(プロジェクトで実施する作業を細分化し、階層構造で示した表)が簡単に作成できますので、さらに細部の日程計画などを作る際には参考にしてください。

これらプロセス全般で必要なのが、前述の抽象化です。

いきなり解決策の立案をしてもうまくいきません。重要なのは、抽象化から問題の構造をとらえたうえで、その具体的な記述です。そこから解決策を導くのです。いきなり解決策を考えるのは、ある種の魅惑があります。面倒なプロセスをすっとばせます。ただ具体的な数値を見なければ、解決策創出の確率が減ります。

この確率が減る、というのが重要です。世の中は奇跡が起きます。万が一、といっても、1万回に1回も奇跡がありえます。だから、奇跡的に基本プロセスを飛ばして成果が出るケースもあります。しかし私たちは運を天に任せてはいけません。理詰めで戦略を立てる姿勢が大事です。

 <つづく>

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