連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

25回にわたる連載です。調達・購買戦略の肝要を順に説明しています。

・企業理念・ビジョン

まず企業理念やビジョンと調達・購買業務についてお話します。

一つの企業体が全体として信じる理念を貫徹できれば、これよりも強い力はありません。なぜならもっとも外部から見て手強いのは、どの社員もおなじことをいう会社です。逆に部門によって異なることをいう会社は攻め込まれやすくなります。

ここで、あまり「ビジョン」「理念」「価値観」といったものを厳密な区分でお伝えするつもりはありませんし、必要も感じません。ここでは「自分たちの存在理由」「自分たちの向かうべきところ」「自分たちが重要と考えるもの」といったイメージをもってください。最近では、「向かうべきところ」=ウェイ(way)として、ウェイマネジメントという言葉も出ています。

簡単にいうのであれば、その並び通り「ビジョン」→「理念」→「価値観」につながり、価値観はそれぞれの「行動指針」につながります。

指摘するまでもなく、もっとも不幸な状態は、社員と会社の理念や方向性が完全に乖離している状態です。逆に、もっとも幸福なのは社員と会社がぴったり一致している状態です。

・企業理念・ビジョンと実務の不一致

ところで、理念というのが重要だとはわかっていながら、あまり戦略の観点から語られないのは、それが実務と乖離しているように思えるからです。もっというと、理念は高尚なもので、実務をこなしているときには、それどころじゃないので頭に存在しないからです。

しかし私が外部から見るに、実務にすらこの理念をしっかり反映している会社はあります。業務のなかで自然と「これは自社の理念に照らしたら正しいだろうか」といった会話が普通位出てくるのです。そして、こういった会社は一丸となった強さを有しています。

この、実務に展開するというのは、簡単でいて難しい問題です。なぜならば、「人間尊重」とか「世界の繁栄のために」といった会社理念はどの社員からも受け入れやすいものの、そこから「○○を目標としている」「○○といった知識を持つ」と具体的な内容レベルに落とし込むのは難しく、さらにそこから「○○を行う」「○○に取り組む」といった行動レベルに落とし込むのはさらに難しいからです。

そこで調達業務を考えるに、理念が行動に結びつくまでに、いくつかの段階があるとわかります。

レベル低~高を考えると、単に理念を外部のものと考えている状態と、完全に自分の内なるものになった状態で分化します。そこで私が見ていただきたいのは、レベル中です。ここには、「理念と合致する調達・購買業務のエピソードを知っている」があります。私が理念調達を実践している会社にいくと出てくるのが、それを象徴するエピソードです。言葉遊びではないものの、象徴が出てくるのは、きわめて象徴的と私は思います。ストーリーが継がれ、社員に理念的な行動が植え付けられるのです。だから、なによりもトップがなすべきは、自分たちの理念が業務に結びつく、もっとも象徴的なエピソードやストーリーは何かを探すことです。

そこで私が推奨するのが、トップ、そして調達・購買部員を集め、いちど全員で自社理念を見返すことです。そして、その理念を信じ集うものとして、何をすべきか話すことです。もちろんいまは理念など忘れてしまった、というかもしれません。ただ、若きころ入社試験では、勤務企業の理念に惹かれていたはずです。

・企業理念・ビジョンの分解

私は、「個人的側面」「ステークホルダー的側面」「社会貢献的側面」から、自社理念をまず分解することを勧めています。

このリストに記載していくのです。

たとえば、このように抜粋できたとします。

トップは、このなかから、おのおのの言葉を、単なる言葉に終わらせないようにせねばなりません。それが、前述のエピソードやストーリーを模索することです。「たとえばこのようなとき、普通の会社だったら、こうするかもしれない。だけれども、『高い独創性』を掲げる弊社の調達・購買部門は、こうする。いや、こうせねばならない」という、圧倒的な差別化が必要です。そうではなければ、理念経営ならぬ、理念調達など皮相的になるだけです。

伝票を右から左に流すだけでは、「取引先とともに成長」などできるはずはありません。そもそも相互成長とは、知的でプロフェッショナルな相手でなければ成り立たないような高度な真剣なやりとりやぶつかり合いの果てに生じる進化のことです。ではそれを可能にする調達業務とはなんでしょうか。

具体的な例で考える理由が、ここにあります。認知だけではなく、情緒的共感がなければ、行動につながらないからです。

もはや真偽や善悪は社員を動かす力にはなりえません。もう社員を動かすのは、これを信じてみたい、と思う心の揺れであり、賭けにも似た感情の昂ぶりです。

・上司の役割は大きい

これまでの学術研究をみても、理念の認知が進み、それを象徴するエピソードがわかるほど、行動に移しやすくなる傾向が見て取れます。ただし注意すべきは、理念が強調され、そして教育されたとしても、上司がまったく理念的な活動をしていない場合です。その際は、ほとんど浸透効果がないと証明されています。また、上司が部下のことを真剣に気にかけていない状態も、部下は鋭く気づいています。その欺瞞が部下の意識に拡大していくと修復できない溝が生まれます。

若手は社会人経験が希薄と甘んじてはいけません。彼らは彼らなりに、それまでの人生において培った解釈で、理念を実践しているひとか、それとも建前として動いている上司かを見極めているのです。

管理職試験で、必要以上に会社理念とのマッチングを重視する会社があります。仕事ができる理念を信じぬ者よりも、仕事が多少できなくても理念に共鳴する者を選ぶ。それは、部下影響を考えると、遠回りのように見えて、当然の選択だったのです。

・調達方針

そして、理念が大きな調達方針にまとめられます。

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調達活動全体方針

1.調達活動姿勢

調達活動を通じて、付加価値の最大化に努める。優れた製品やサービスを、言語・地理・人種を問わず世界から調達し、広く社会発展に寄与する。そのために、調達先との共存共栄を志す。そして取引先との価値の共創に取り組み、永続的な発展を目指す。

取引先のご協力がなければ弊社の生産は不可能であるという認識を部員全員が持ち、上下関係のない、良きパートナーとして接する。また相互に刺激を与え合い、より一層の技術開発が可能となるように日ごろの意思疎通を欠かさない。また取引先からの技術提案等には真摯に対応し、無碍な対応をしてはならない。

2.取引先選定

弊社の掲げる人間尊重は、国内尊重の意味ではなく、広く世界に適用される。したがって、取引先選定においても、その取引先の地理的制約にかかわらず、合理的かつ透明性のある評価を持って決定する。弊社と取引を希望する取引候補については、将来の発生事案もあることから、広く門戸を開き公正な参入機会を設けること。

また、取引が叶わなかった場合でも、今後その取引先から調達する可能性があるため、取引に至らなかった事情を丁寧に説明し、納得していただくこと。また、必要に応じて、他部門の意見等も適正に伝達すること。

取引先には要望に応じて、取引先決定までのプロセスなどを説明し、透明性の確保に努めること。また、可能であれば、取引先として決定した場合には、書面などをもって通知するものとする。取引をしないと決定した企業にたいしても、真摯に結果を連絡・対応し、要望に応じて書面での通知を行う。

3.社会的責任の遵守

社会規範ならびに法令を遵守し、業務遂行の前に関連法律の理解に努める。また、法令に書かれていない内容についても、常に、その精神に照らしながら業務を行う。

また市況一般から合理的に考えて価格上昇が見受けられ、かつ生産性の効率向上が見込めない、などの場合に取引先から値上げ等の申請があった場合には、適切に対応する。

4.弊社内役割

弊社における取引先との契約業務は調達部門が代表して行う。他部門に事実上の移譲を行ってはならず、責任をもって遂行する。実務上、他部門が納期や価格を取引先に交渉することのないよう、周知徹底を図る。

関連部門から取引先候補の紹介を受けることはあっても、あくまで適正な評価を実施するものとし、調達の本来業務を失念しないように心がける。特に、特定の縁故、利害関係者からの強い推薦に左右されないようにし、公正に接しなくてはならない。

5.調達倫理5項目

・接待や贈答品の受領は原則として一切禁止とする
・取引先になんらかの業務上の強要を行ってはならない
・常に公平・公正・清廉であること
・業務のなかで取り扱う情報は多くが機密に属するものであり外部に漏洩させてはならない
・取引先との間に癒着や、利害関係を持ってはならない

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・初期浸透と高次浸透

ただ、繰り返すとおり、これはまだ文言の状態です。そこから、上司の日々の行動、象徴的なエピソードの抽出などによって固められていきます。

なお私はかつて理念とか、そこから導かれる行動方針等を、どちらかといえばお題目的なことと考えていました。しかし私はいま考え方が変わっています。なぜなら実利があるからです。

調達方針のスピード浸透:価値観が合致し、行動方針も共有されていれば、施策伝達の早さが向上します。スピードは現代では武器です。コミュニケーションの時間の低減は、コスト低減だけではなく、そのまま環境対応力につながります。

それと古臭いことを一つ指摘しておきます。それは社員の再教育効果です。上司の観察はきわめて大きな理念調達浸透のきっかけと述べました。そして部下が、その上司とおなじように意思決定を下す機会がやってきます。そこで、見ていたらたやすいと思えた意思決定をできない、という壁に部下は当たります。この「できない」のがあまりに重要なのです。「あの課長なら、スムーズに判断していたはずだ。しかし、自分は迷ってしまい、どちらが正しいのかわからない」という逡巡。このためらいこそが、上司の偉大さに気づくきっかけになります。そして、まだ理解を深めねばならない、という覚醒こそが、業務をよりよくしようとする行動と改善につながっていきます。

企業理念とそこから導かれる理念調達の可能性がさらにあるとしたら、私はもはやそのような夢のような形でしか、もはや信じることができません。

 <つづく>

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