短期連載・サプライチェーンマネジメント講座(坂口孝則)

調達・購買の教育教材として、サプライチェーンマネジメント全体の資料作成を思いつきました。ここから連載として、サプライチェーンマネジメント講座を開講します。連載が終わった際には、内容をみなさんの会社で使っていただいてもかまいません。予定では、次のような流れで連載していきます。

■サプライチェーンの基礎情報
1. サプライチェーンとは何か
2. サプライチェーンの歴史的発展
3. サプライチェーンとトヨタカンバン方式
4. 物流からサプライチェーンマネジメントへの発展
5. グローバル経営とITツールを活用したサプライチェーン
■①サプライチェーン販売編
1. 販売計画と需要予測
2. BtoBとBtoCにおける販売計画業務の違い(BtoB)
3. BtoBとBtoCにおける需要予測方法(BtoC)
4. POSデータの活用
5. 共同販売予想(CPFR)
■②サプライチェーン生産編
1. 仕様書、BOM、生産指示書
2. 生産方法種類
3. 生産計画、MRP
4. 日程管理、ボトルネックの発見と改善
5. 生産制約条件、スループット
■③サプライチェーン調達編
1. ソーシング(契約業務)とパーチェシング(調達実行)
2. 定期発注方式と定量発注方式
3. 調達品の納期遅延防止
4. JIT、VMIとCMI
5. サプライヤマネジメント
■④サプライチェーン在庫、物流編
1. 在庫管理の方法
2. 在庫数低減の取り組み
3. 物流の主要機能、物流コスト
4. 物流の情報システム
5. 短時間配送の取り組み
■さまざまな業界のサプライチェーン
1. 自動車業界とサプライチェーン
2. 小売業とサプライチェーン
3. コンビニエンスストアとサプライチェーン
4. 食品業界とサプライチェーン
5. 物流業者とサプライチェーン
■サプライチェーンの発展
1. プロダクトライフサイクル管理
2. ビッグデータ(顧客データ)の活用
3. サービスロジスティクス
4. グローバルサプライチェーンマネジメント
5. インターネット活用によるeサプライチェーンマネジメント
6. 垂直統合から水平分業・EMSへの潮流
7. 小売業のオムニチャネル化
■これからのサプライチェーン
1. 次世代コールドチェーンマネジメント
2. 環境負荷対応を考えたサプライチェーン網の構築
3. 水資源管理を徹底したサプライチェーン網の構築
4. 日本の空洞化と生産回帰

5. インダストリー4.0、IoT時代のサプライチェーン

それでは、今回は上記の赤字のところからです。

3. 水資源管理を徹底したサプライチェーン網の構築

・水資源と新ビジネス
二酸化炭素の排出と、地球温暖化の相関が指摘されています。もちろん科学的に疑念を呈す向きもあります。しかし、事実として、気温と水温の上昇は、海からの蒸発を増やすのは間違いありません。気温の上昇ゆえに湿気が凝結できず、そして水の需要は増えます。

二酸化炭素の排出は目に見えません。しかし、氷が解け、貯水池が空になり、波が押し寄せ、豪雨が降り注ぐというのは、具体的ではっきり捉えられます。また、世界の人口は増え続けるのに、水の供給が細っていくことは、需給のギャップを生み出します。各種調査では、今後40年ていどで、世界人口の50%が水に困るといわれています。

水資源の豊かな日本にいると、この水ビジネスの隆興について、あまり実感をもてません。ただ、世界の水の消費量は、1日1人当たり50リットルから100リットルといわれます。潜在的市場は、かなり大きなものです。世界の投資家は、水ビジネスに投資しています。

企業はいちはやく、この水に注目したビジネスを本格化しました。カタールでは、三菱商事が海水淡水化の大型設備を導入し、電力と水をともにつくるプラント事業を開始しています。

・サプライチェーンの水使用量に注目せざるをえない時代
そのいっぽう、企業活動のプロセスにおいて、限られた資源である水を、これからいかに抑えるかが注目されるようになっています。それは自国内製造分にとどまりません。というのも、日本の工場だけで使用水量が少ないといっても、海外サプライヤの使用量が多かったら意味がないからです。

とくに水資源の乏しい国で大量の水を使っていれば、多大な影響が避けられません。生産プロセスが大幅に変わらなければ、どこのサプライヤから調達してもおなじと思うかもしれません。ただ、たとえば、水資源の乏しい国から調達するよりも、豊かな国から調達したほうが、サプライヤが同じ量の水を使用していたとしてもまだ影響が少ないといえます。

また、水資源が少ない国から調達地を変更すると同時に節水に努めるべきです。サプライチェーン上の節水に積極的に取り組めば、今後は企業イメージが向上するでしょう。

日経225銘柄の企業が、サプライヤを含めて、どれほど水を使用しているかを調査しているレポートがあります(「ピークウォーター:日本企業のサプライチェーンに潜むリスク」2012年KPMGあずさサスティナビリティ)。同報告書によると、日経225銘柄企業の使用量は190億立方メートルにたいして、サプライヤは600億立方メートルにいたります。つまり水使用量の76%は、サプライヤが使用しているわけです。

ということは、前述のとおり自社管理だけではほとんど効果はなく、サプライヤへの節水教育がこれから必要になっていくでしょう。

とくに工業製品のセグメントでいえば、サプライヤの使用量が9割を占めており、ここの量削減なしには進みません。

・各社の取り組み
たとえばコカ・コーラは新興国への展開に積極的です。いちはやくNGOと連携しサプライチェーン全体の水使用量削減に努めています。ネスレやペプシコなどの食品関連メーカーも同種の取り組みをおこなっています。

日本メーカーも、ソニーが主要取引先と節水目標をもち、必要におうじて節水支援を行っています。排水や雨水の利用を推進することで、自社工場では使用量が6割も減った実績があります。

その他、キリンは茶葉生産サプライヤに水質管理認証資格を取得させることで、適切利用を促しています。横浜ゴムも海外サプライヤに節水指南をおこない、調査結果をサプライヤ選定に活用しています。

もともと日本は節水以前の話として、漏水率がきわめて低いと知られています。先進国のなかでもトップクラスで東京都ではわずか3%のみです。料金徴収率も99.9%となっており、日本の産業と生活を支えています。この技術は輸出できるはずで、日本が世界に貢献できる余地はまだまだあるようです。

日本は限られた資源をうまく、そして効率的に使う、という手法自体を輸出していくことは可能でしょう。実際に東京都水道局はミャンマーにたいして水道のノウハウを伝授しています。水資源を管理することは管理工数の増大を意味します。ただ、サプライチェーンにおける節水ノウハウを諸外国に販売するという日本の活路を、この潮流は示唆しているように思えます。

4. 日本の空洞化と生産回帰

・空洞化と生産回帰
日本の製造業はかつて、海外に生産を移管し利益を伸ばしました。しかし、昨今では欧米を中心に生産回帰の報道がさかんです。米国ではバイ・アメリカン法という自国保護の法律があり、英国も海外からイギリス自国生産に引き戻す製造業者をサポートする支援策を打ち出しています。

ただし、現代では、「海外生産」対「国内生産」といった単純な図式ではありません。単一国内での取引だけで完結するケースはほとんどなく、また取引される対象も財(商品)だけにとどまらず、生産のアウトソーシング、研究開発から事務作業などの外注業務、ソフトのオフショアリング開発など、多岐にわたります。

ゆえに、サプライチェーン全体が自国内に回帰するケースはほとんどありません。生産回帰とは、言葉を替えれば、製品の組み立てなどの一部が、新興国から自国に戻るといったていどの話を指します。

・生産回帰の起きる条件とは
とはいえ、組み立ての一部であっても、自国内に回帰することはあるのでしょうか。統計的にはほとんどその徴候はありません。たとえば自動車の生産は世界で伸び続けているものの、日本メーカーの生産を見ると国内は減少しています。

これは、海外の生産が伸びているのと対象的です。

ただし、まったく生産回帰していないわけではありません。米テスラモーターズは他国ができない高技術水準のものを自国生産すると宣言しています。また、米国では、他に労働組合の雇用確保から生産回帰しているものもあります。

生産回帰・生産非回帰の条件を見ると「労働集約型ではない(コストにしめる機械比率が高い)」かという軸と「顧客が積極的な意味で自国生産を好む」かといった軸で検討できます。ここでは米国の例で考えてみます。

* Reshoring =製造業などで、海外に移した生産拠点を自国へ移すこと

意図的に第3象限から説明します。第3象限ではお客に米国製がアピールできずかつ労働集約型なので、生産回帰メリットはほとんどありません。第2象限では、おなじくどこの国製かをお客から問われませんが、機械中心なのでもともと海外に生産移管されていません。文脈としてはやや異なるものの、たとえば村田製作所のセラミックコンデンサは国内生産であり、そもそも海外移管するメリットがありません(しかも輸送効率も優れている)。第4象限は、たしかにお客が米国製を好むものの、労働集約型がゆえに生産回帰はできない、少なくとも、難しいとはいえます。

そして第1象限です。お客が米国製を好み、そして機械中心であるためコスト的にも自国生産に引き戻しやすいのです。また、米国製の商品を買いたいという消費者の声も大きい領域です。

欧米では日本以上に生産回帰が報じられています。新興国のコストが上昇しているから、といった理由のみではありません。そこには「顧客が積極的な意味で自国生産を好む」といった、生産者サイドではなく、消費者サイドの嗜好もからんでいます。

生産回帰が全体のトレンドではありません。これからも単純な生産回帰ではなく、生産回帰が部分で起きるにせよ、濃淡のついた戻り方となるはずです。

 <つづく>

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