「話すという仕事」パート4最終回(坂口孝則)

・講演で大切なのは祈ること

この連載では、話して食っていく、「話すという仕事」について書いてきた。さて、連載も最後となった。講演のラストテーマとして、講演準備としての祈り方を説明したい。

祈り方? 

そう。定量的な仕事術を好む私だけれど、今回は、まったく定量的じゃない。定性的もいいところで、むしろ、非科学的でさえある。ただ、定量的な把握の先に、どうしても語っておきたい内容がある。

とくに講演は、一人の人間が、同じ場を共有している誰かに訴えかける。もっとも、ある種の人間的な要素が大きい。だから、神がかり的な表現をお許しいただきたい。最後に伝えたいのは、次の三つだ。

① 情熱:情熱的に語る
② 勇気:勇気をもってコンテンツをつくる
③ CS:お客を考え続ける

ぼくはタイトルに「講演で大切なのは祈ること」と書いた。ぼくは常に思っているけれど、祈る行為を一度でもしたひとは、きっと、神を信じるひとと同義だろう。理論や論理や理屈のみでは物事の成否が予想できない場合に、ひとは祈りだす。ぼくも、どんなに準備をしても、それだけでお客を満足させられると確信をもつわけではない。準備と練習は当然として、そのうえでうまくいくように祈る。

その意味ではぼくは無神論者ではない。

そして、この祈りは、最後に語る価値がある、とぼくは思っている。

・情熱がなくても情熱的に語ろう

まず「①情熱:情熱的に語る」だ。文字通り、熱っぽく語る必要性を強調しておきたい。内容がくだらなくても、自信満々に、そして情熱的に騙っているひとの言葉が、みんなを惹きつける。

極端にいうのであれば、間違っていても、話し手の態度に聴衆は左右されてしまう。いや、たしかに正直いえば、話している側からすると自分の意見なんて完璧だと思っていないよ。論理に穴もあるし、そもそも正しいかすら自身が持てない場合もある。

そんなときでも、毅然とした態度で話す姿勢こそ重要だ。

ぼくの知人に千葉祐大さんってひとがいる。千葉さんは、さまざまな大学で講師をしたり、専門学校で教育したりと、話すプロだ。で、この前、聞いていて驚いたんだけれど、大学生で枕を持参する奴がいるらしい。最前列に座って、その枕を使って寝るためだよ。大学側は、素晴らしい話ができる講師を揃える。でも、結局のところ、受講側はそもそも聞きたいと思ってすらいない。

そんなとき、やはり毅然とした態度で臨まないとバカにされるだけだ。目を冷たく光らせて、注意すべきは注意し、それでも態度を改めないひとには出ていってもらう。こちらが真剣であると伝えなければ、聴衆も真剣にならない。もちろん、千葉さんのケースは特殊かもしれない。だけど、聞く気のない聴衆の前で講演せざるをえない場合がとくに、こちらの真剣度・情熱を感じてもらう必要がある。

こういうことはいいたくないけれど、とくに講演者が若いほど、情熱を装う必要がある。理屈で正しい内容を話していても、衒学的だと、どうしても聞き手が信じてくれない。話し手と内容は別に考えるべきだとぼくは思っている。だから、誰が話しているかによって信じる信じないを決める態度は、くだらない、とぼくは思う。だけど、それでもなお、少なからぬ聴衆にとっては、話し手の若さがマイナスになる。そこで、自分の話を信じてもらうためにも、情熱が必要だ。

偽悪的に書いた通り、ほんとうに情熱的かどうかは関係がない。情熱的に振る舞えばいい。コツは、
・「~と思います」「~と考えられます」ではなく、「~です」「~にほかなりません」と言い切る
・他人が間然できない表情を練習しておく
の二点だ。特に後者は、鏡で自分を眺めて「キメ顔」を用意しておけばいい。一度、自分が話しているシーンを録画するのも良い。おそらく、恥ずかしくて、下手すぎて、見ていられないはずだ。しかし、聴衆はそれを見ている。弱々しいと、聞く気さえなくなる。

情熱的に語ること。そしてそれは自分のためではなく、どこまでも聴衆のため、仕事のため、と割りきろう。

・ギリギリを狙って話すのが講演と心得る

そして、講演では勇気を持つことだ(「②勇気:勇気をもってコンテンツをつくる」)。これまで、ぼくが講演して「内容が盛り沢山で、一つひとつの内容が薄かった」と感想・批判をもらう場合はあっても、「内容が絞られていた。もっと広範囲の知識を教えて欲しかった」と感想・批判はもらったためしがない。

いや、そりゃまったくないかというと、ないわけじゃない。「○○についても言及すべきだったのではないか」と。でも、無視して良いほど少ない。おそらく、そのテのひとは、自分はよくわかってるんだぞ、と自慢したいのではないかと勘ぐってしまうほどだ。

よって講演では、話す内容を絞る必要性がある。本章のテーマ1にそって講演コンテンツを作成すれば必然的に内容は絞られているだろう。<すぐれた講演とは良いセリフを一つか二つ述べるために、全体が前フリになっている>と書いた通りだ。

完成したコンテンツを見ていると、あれもいわなきゃ、これもいわなきゃ、とついつい不安になってしまう。でも、てんこ盛りにすると、聴衆はなにが大事なのかさっぱりわからない。ばっさりと切る勇気と、批判されてもいいと割り切る勇気が必要だ。

また、できるだけ表現はやさしく、そして過激にするほうがよい。ぼくは常に「効率化、効率化っていいますけれど、みなさんのバカなやり方を効率化したって、バカが加速するだけですよ」とか「安易な値下げをしてモノを売ろうとする営業マンは死ねばいいと思いますよ」とか「同じやり方を繰り返して、違う結果を求めるひとを、精神異常者と呼びます」とかいうようにしている。

通常ならば絶対にいわない言葉だ。しかし、考えに考え抜いて、この程度なら言ってしまっても大丈夫だろう、とギリギリのラインを狙う。コミュニケーションとは勇気のことだから、迷って言いたいこともいわないくらいなら、飛び込むほうが良い。2割のひとに猛烈に嫌われても、8割のひとに賭ける。いや、8割のひとに猛烈に嫌われても、2割のひとに歓迎されるなら、過激なフレーズだって述べる勇気をもとう。

もっとも効果的に自分の人間関係を整理する方法は、嫌われることだ。

また、スライドでも「こんなの出しちゃっていいのかな」と思うギリギリのラインを狙おう。図は、ぼくが某所で講演したときの「おしながき」だ。堅苦しい場所だったので、さすがにこれまで誰もマンガで、かつフザけた感じのアジェンダリストを映し出すひとはいなかった。しかし、ぼくは、あえて挑戦してた。

もちろん、ハズすケースも多い。でも、ハズしたって、そこのひとたちとは60~90分でお別れだ。ヘンに躊躇するよりも、果敢に試行錯誤できたなら、得られる果実も大きいだろう。

企業のお偉いさんしか集まらない場の講演で、ナメたスライドを用意するのは、いまだにぼくでも迷うし悩む。当日は手に汗握ってしまう。でも、やらないよりはやったほうがいいと自分に言い聞かせている。「冷や汗が出たらどうするかって?――拭けばいいじゃないか」

・お客を考え続ける

そして、これこそ最後の最後だ。

ぼくが思うに、最高の講演をするためにはどうすればいいか。それはお客を考え続けるに限る(「③CS:お客を考え続ける」)。

お客にとって新しい知識は何か。これまでになかった視点は何か。いや、知識も視点も与えられなくても、講演時間を愉しんでもらえるか。自分の講演会に行って良かったな、と思ってくれるためには何ができるか……。そういったどこまでもお客を考え、講演を通じてCS(カスタマーサティスファクション)を実現していく。
ちょっと大げさにいうと、お客に幸せになってほしいと願う。そんな態度がすごく重要じゃないかとぼくは信じている。

ぼくだって、良かった講演と、悪かった講演がある。良かった講演は、総じてお客を考えた時間が長く、真剣度も高かった場合だ。お客を考えさえすれば良い講演になるわけじゃない。これまで説明したような型が必要だ。十分条件ではなく必要条件にすぎない。

でも、最後の最後に、良い講演と悪い講演を分かつものは、話し手の気持ちにほかならない。これは定量的な説明じゃないよ。しかし、定性的ながら、講演を補完してくれる。

お客のことを考え続ける。それは、講演だけじゃなくて、すべての仕事にも共通だってわかってくれるかもしれない。ビジネスでなぜお金をもらえるかっていうと、それは他者を幸せにするからだ。とても青臭い言い方だけれど、ぼくはずっとこう信じている。

いや、きっと講演の型を分析したり、しちめんどうくさい講演のデリバリースキルを練習したりする自体が、お客を考え続ける愚直さがなければできないだろう。相手がどうなろうと知ったことではない、自分の話なんて聞くだけで何もかわるものか――、と思っていれば、当然ながら自分を改善しようともしないに違いない。

その意味では、連載をここまでお読みいただけた読者は、じゅうぶんな資格がある。むしろ、自身のお客を考え続けているひとたちに違いない。この「計る」「数える」「記録する」仕事術っていうのは、単に「他者の形式をパクればOK」というものではなく、

・お客を考えるがゆえに先人たちの型を徹底的に分析し
・先人たちがどのようにお客を喜ばせるために考え抜いてきたのか、その構造の巧みさと叡智に感動し
・しかもその分析によってお客をより考えるようになる
ことに肝要がある。

当連載は、執拗なほど細部にこだわり、形式と手法論によって仕事を変化させようと試みてきた。その仕事と分析への愛情は、お客への愛情に支えられだろう。

誰かと仕事をするとは、その誰かに少しでも感動してもらうことなのだから。

<この連載はこれで終わります>

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