ほんとうの調達・購買・資材理論~番外編(坂口孝則)
・日本企業のビジネスモデルというリスク
今回は、「ほんとうの調達・購買・資材理論~番外編」の最終回として、私たちをとりまくリスク最終編をお話したい。
その最後とは、日本企業のビジネスモデルという最大のリスクについてだ。
企業はどこで儲けるか。製造業の場合、多くは「研究・開発」領域か「アフターサービス」領域といわれている。違う単語で説明すれば、「スマイルカーブ」となる。
これは、笑った口元に似ているからそう呼ばれている。両端に特化したほうが稼げるというわけだ。現に、アップルコンピュータは、デザインと販売に特化している。儲からない組立は、外部のEMS企業に任せればいい。実際、アップルはフォックスコンに委託している。
このような企業を水平分業型企業と呼ぶ。対して、すべてを一手に担う企業、あるいは一手に担う企業グループを垂直統合型企業と呼ぶ。
辞書的な定義を行うと、次のとおりだ。
・水平分業型:企業が製品開発・製造の各段階で外部に発注し製品化すること 効率化、柔軟化に利点がある。 例えばテレビの製造で、半導体のメーカー、液晶パネルのメーカー、組み立て工場の運営などに分かれて分業しており、低価格な製品を提供することにつながる
・垂直統合型:企業が商品の開発・生産・販売を自社で一手に行うこと コスト管理の徹底、技術漏洩の防止、業務範囲の拡張などの利点がある 例えば製造業であれば、製造の川上部分を担っている企業と、川下部分を担っている企業が合併することで、生産工程を一元管理でき、業務の効率化をはかることができる
この二つのうち、水平分業を取らねば、スマイルカーブの「うまみ」を享受できない。しかし、日本企業はこの水平分業に批判が多い。
実際に、2005年版「ものづくり白書」では企業は
・研究がもっとも利益率高い:0.7%
・開発がもっとも利益率高い:8.4%
・組立がもっとも利益率高い:44.4%
・販売がもっとも利益率高い:30.8%
と答えた。
実際の結果はどうなのだろうか。最新版のデータがこれだ。ROEで見てみた(株主資本利益率)だ。
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左側が水平分業を志向する企業。右側が垂直統合型を志向する企業だ。日系の会社はイニシャルで書いている。これはロイターの最新情報のものだ。言ってしまえば、A社とはウォークマン、B社はレッツノート、C社はアクオスで有名な企業だ。批判したいわけではなく、データを羅列しているだけだが、誤解いただきたくないのであえて匿名で。
日系企業は系列、あるいはグループ内、もしくは協力会的蜜月のなかから調達構造を模索してきた。しかし、良くも悪くも、現在の結果でいうと、上記のとおりだ。
・アジア販売拡大というリスク
日系各社は、アジアを売り先として考えていた。その結果はどうなっただろうか。
さきほど見たとおり、アップルはアジアを「調達先」「活用先」として見ていた。日系各社はアジアを「販売先」として見ていた。アジアが不調になると、アップルの場合は困るのはアジアだ。しかし、日系各社の場合、困るのは日本だ。アップルの場合、アジアは仕事が減って困る。しかし、日系各社の場合、売れなくなって困るのは日本(生産者、サプライヤとも)だった。
さらに、不幸なリスクが覆いつつある。それは、アジア事業の利益低下だ。これまで、アジア事業は儲かると言われていた。現実はどうか。たとえば自動車事業で見ると、北米の一台あたり営業利益にたいして、アジアは及ばない。良いモデルは、アジアを調達先として活用し、先進国に販売することだ。しかも、アジア全体の競争が激化することで、さらに利益額は低下している。
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上記は、日系自動車メーカーのアジア販売台数と一台あたり営業利益を、2010年度と2011年度で比較したものだ(T社とN社だ)。これは一年の傾向ではない。かつてより、徐々に低下している。一時の盛り上がりや盛り下がりはありうるだろうが、基本的にはアジア事業は営業利益額の低下は避けられないだろう。
考えてみるに当然で、ビッグマーケットには多くの企業が群がる。そこでは先行者利益は消え、過酷な価格競争が待っている。アジアに販売をシフトするリスクは強調しておきたい。もちろん、アジアからすぐに撤退はできない。その場合は、品質が悪くても安価な現地メーカーをこれまで以上に採用検討せねばならないだろう。それが利益低下の市場では必要だからだ。
私はアジアを「調達先」「活用先」として見ることを勧めた。しかし、いまではアジアの労務コストの上昇が喧伝されている。某社の調査では、5年で中国労務コストはアメリカ並になるという。
しかし、私はこの意見に否定的だ。
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たしかに一部の大都市の、しかもホワイトカラーは異常な給与水準の伸びを示している。しかし、製造業の労働コストで見ると、どうだろうか。2011年の調査結果が上図だ。アメリカを100としたときに、中国は伸びてはいる。しかし、それでも十分の一以下にすぎない。労務コストの上昇を騒ぐには尚早ではないだろうか。
また、アメリカや日本への生産回帰が実際に「起きているのか」についても、私はかなり懐疑的だ。というのも、一度、世の中の潮流が変わってしまったとき、その流れに逆行する事象は多くの場合、一時的なものかあるいは幻想にすぎないからだ。
・生産回帰という幻想リスク
たとえば、アップルコンピュータが米国生産をはじめると報道があった。マックの一部機種を米国生産すると。これが米国への生産回帰を象徴するといわれた。しかし事実はどうだろうか。現地の報道によれば、この米国工場建設による雇用数はたったの200人にすぎない。
しかも実際はフォックスコンを米国に誘致する計画だという。これが米国への生産回帰だろうか。
また、もう一例、GEの冷蔵庫・洗濯機生産はケンタッキー工場に移管され、新規雇用を産んだとされていた。しかし、事実は、新規雇用者は2005年以前に雇用された従業員より給料が4割安かった。イメルト会長は「生産性を犠牲にしてまで雇用を増やす選択肢はない」と明確に発言としている。この10年で米国製造業における所得水準は7%も低下しており商務省は「賃金低下が要因」と冷ややかだ。
さらにいえば、米国では2000年まで1700万人で推移してきた製造業従業員数はすでに1173万人にまで減っており(2012年)、数十万人規模で雇用者が戻ったとしても、単に反動にすぎないとの見方もある。
だいぶ暗い話になってしまった。
しかし、私が投げかけたい問いは、ここにある。仮に日本で生産回帰が生じたとしよう(現在の統計データからはその傾向はまったくない)。そのとき、「日本の労働者が、中国並みの労務コストになったから、生産回帰して良かった」ということになるだろうか。それは果たして喜ばしいことなのだろうか。
むしろ、単純作業や、付加価値の薄い領域に関しては、海外に仕事をくれてやっても良いのではないか? 日本人にそんな作業をやらせて良いのか? もっと付加価値業務を開発すべきではないか? そして、それらを考えることこそが新たな調達戦略そのものではないのか?
そう、あえて私の答えを保留したまま、この「ほんとうの調達・購買・資材理論~番外編」を終わりたい。答えはみなさんのなかにある。
<つづく>