講演「これから調達・購買人員はなにをすべきか」(坂口孝則)
*2016年6月2日講演録より。
今日は「調達人員のこれから」というお題とでお話します。よろしくお願いします。
どういう人材が求められていくかというのは、これまで多くの識者が外してきたテーマではあります。したがって、100%的中させることはできないんですけれども、少なくとも私からこう見えているという話をしたいと思います。
昔、コンサルティングの業界でこんなジョークがありました。「最大の敵はクライアントです」とね。すなわちコンサルタントがやっていること自体は、誰でもできるんだと。だけど、めんどくさくてやらないから仕事は成り立っていると。しかし、それをコンサルタントではなくて、クライアントのなかの人がやろうと思ったらやれてしまう。だから、クライアントが本気を出してしまうとコンサルタントという仕事は成り立たないわけですね。
これは、なかなか笑えない話だと思います。
というのも、ちょっと前の仕事というのは、お金をもらって、例えばアメリカにしばらく行って調べてくる。そういう仕事が主でした。だから、たしかに、そのジョークがいうとおり、やろうと思えばできたわけです。しかし、今は事態がより深刻になっています。
やる気を出さなくても、各企業が、もうすでに情報公開してしまっている状態なのです。わざわざヒアリングしに行く必要もありません。文献などを何ヶ月もかけて読み込むという必要もなくなった。必要とあらばどこかのホームページにいって、コピー&ペーストで貼り付けることもできる。そんな時代なったわけです。
したがって、先ほどのジョークは、昔だったらジョークとして成り立った。しかし、いまは自然にやっている行為なので、ジョークにすらならなくなったというわけです。では、コンサルティング会社とか、あるいはシンクタンクなどといった機関はどこに行かなければならないのか? それは、申し上げた通り、情報収集だとか、あるいは、その先の情報分析でとどまってはいけないのは明らかです。
えっと、今回のテーマはあくまでも、調達人員の今後がテーマです。コンサルタントの今後の話ではありません。だた、コンサルタントというものを考えることによって、調達・購買の方も考えてみたいです。
そこで、コンサルティングだとかシンクタンクという言葉をもう一度考えてみたいと思います。コンサルティングってのは「何かをお伝えする」という意味があります。そしてシンクタンクはTHINKですから、何かを考える団体、研究する団体ということです。両方とも、教えたり、考えたりするということが仕事だったわけですが、それが仕事にならない時代に入ってきているわけです。
なぜか? もう知っているんです。クライアントのほうは、答えをね。
そうすると、まずコンサルティングというのがコンサルティングにとどまらずアクション(行動)につながらねばいけない、シンクタンクというのは、これからはまずDOタンクにならなければいけない。THINKではなくDOです。つまり概念を提示するだけの時代はもう終わり、それをいかに行動に移させるかというところに価値が置かれねばならないってことになります。
なぜならば、今は情報があまりにもありふれているために、逆説的に、経験に基づく知識が何よりも重要になっているからです。いや、知識ではありませんね。どちらかというと、知恵、というレベルです。だから、これから人材の優位性というのは、経験の数になります。もっといえば、他人から追い越されない、最大の参入障壁は、「失敗の数」になるのです。
そこしか差別化の方法がないからです。
情報が増えれば増えるほど、人間は敏感になっている、と私は感じます。何が敏感になったかというと、その情報を発する人がその情報を知っているだけなのか、あるいは経験の中からその情報を発しているのか。その違いに敏感になったということです。これはある意味、恐ろしい進化だと私は思います。簡単にいうと、「こいつ偉そうに言ってるけど、ほんとうは、これをやったことないな」と、直感的にわかる感覚が研ぎ澄まされてきたんじゃないかってことなんです。
なぜかわかりませんが、そういうものだとしかいえません。
人間というのは、微妙なニュアンスから察知することが得意なわけです。そして当然ですが、単に情報を発する人と、経験に基づく知恵、あるいは失敗に基づく知恵を話す人。前者と後者の、どちらが人を動かすことができるかは自明でしょう。
そして極端な話、これからは一人ひとりがシンクタンクならぬDOランクにならないいけないのではないでしょうか。つまり小さな小さな経験主義者の集まりです。
それは調達部員が調達している品目の変容も関係しています。
正直に申し上げれば、もはや先輩あるいは調達・購買の講師が教えているフレームワークは、現実に適合させるの難しいのです。いや、もちろん私も、コンサルティングや集合研修講師をやっていますので、この発言は問題があるかもしれません。しかしこれは現実なのです。
私は自覚しながらやっていますが、年配の講師が調達部門に関わっていたときと比べて、あまりにも部品が違いすぎるのです。昔は、外注管理だとか、あるいはプラスチックの成型品だとか、プレス、鋳造だとか鍛造の部品といったものです。それらが、大きなウェイトを占めました。しかし今は、自動車産業であっても大半は半導体です。もちろん今でも 成形品と呼ばれるものは調達していますが、付加価値を生む大半は、これまでのパラダイムでは査定できないような製品です。
これが原価計算やコストテーブルの重要性を失わせるという意味ではありません。いわゆる原価領域が少なく、ほとんど市場原理の需要と供給だけで決まる世界にあっては、査定できないケースが多いんです。しかし、こんなことは実は誰だってわかっているのです。上層部も、先輩だって自分たちが製品を査定できない自覚はあります。ただ、それをちゃんと言うことはできないのです。
これまでの調達部門というのは。それぞれの製品に、それぞれどのような査定をするべきか、というと理屈を持っているべきだとされてきました。しかし、考えてみればわかるとおり、もはや原価査定ができないものばかりなのです。これはしつこいのですが、原価査定を放棄すべきだといいたいわけではありません。
しかし、たった一つの方法で原価を分析し、交渉するような単純な世界ではなくなってしまったのです。どうすればいいか。簡単です。多数の方法を試してみるしかありません。もしかすると、伝統的な原価計算が役立つかもしれない。コストドライバー分析が有効なのかもしれない。あるいは重回帰分析が可能かもしれない。あるいは指数分析や、あるいはロジスティック曲線分析と呼ばれるものも使える可能性があります。
答えは一つではないのです。
モダンな世界では答えは一つだとされてきました。しかしポストモダンの世界においては複雑系ですから、状況、あるいは問題設定によって答えが変わってくるのです。引き出しの数を増やすことにしか解決策は見出すことは出来ないのです。
そして、そう考えていくと今の調達業務の問題点もわかります。一人の力では限界があり、むしろ個人主義の次はチームで働かざるを得ないでしょう。何らかのスペシフィックな原価計算やコスト査定方法が無力になってくる時代にあっては、多数の仲間から、製品のコストを把握する手段やアイディアを募らざるを得ません。
大部屋方式だとか、あるいはワイガヤ方式というのは、多数の専門家を集めて、何らかの企画を創出する試みでした。しかし、それは各専門家が、その数のぶんだけ新しい発想を創出しうる前提に立っていました。ただし、プロフェッショナルであっても、もはや一人では答えを導けません。むしろ、同じ領域のプロフェッショナル同士が話しながら、その領域の改善策を導いていくという方向にならざるを得ません。しかも、できるだけ遠い業界にいる調達・購買の人間との交流が有効でしょう。
誰も褒めてくれませんから、私が述べますが、私は日本で初めて調達とか購買の集まりをつくりました。そこでまず作ったのが各社のベストプラクティスの収集と、そしてケーススタディでした。これは日本初の試みでした。特にケーススタディでは「どのサプライヤーを選んだ方がいいか」などの実践的な内容を問題形式で作成しました。それを数十人のプロフェッショナルが考え抜くことによって、みんなが思考の型を共有しようという試みでした。
そして、ここからが一番説明しにくい、抽象的なるところです。わかっていただけるひとが一人でもいることを期待し、説明してみようと思います。それは、「今やっている仕事の知見が、遠い世界の誰かに役に立つとすれば、調達・購買部員の全員が潜在的なコンサルタントである」ということです。この凄さに気づいていただけると幸いです。
武蔵野という会社がありますが、あそこは元々ダスキンの代理店でした。代理店として驚異的な売上だったので、異業種の世界からもその会社に対して見学依頼が相次いだのです。そして武蔵野が何を始めたかというと、ダスキンの本業をしっかりと守りながら、「どうやって代理店としてうまく販売できるか」という教育産業を開始したのです。
あるいは、ゼネラルエレクトリックの例でしょう。ゼネラルエレクトリックは、航空機用の大型モーターを生産すると同時に、その大型モーターから出てくる振動の周波数を分析することによって、どのようなルートで、どのような操縦をすればもっとも燃費が良く飛行できるかをコンサルティングし始めました。
一つの本業をおろそかにせず、そこから得た知見、経験から得た叡智を、違う商品にしていく。これがこれからの方向性のはずです。さて、調達部門の場合は、どういうビジネスモデルが可能でしょうか。みなさんの知見を教える先は異業種かもしれませんし、あるいは自社の海外拠点かもしれません。
実はここに関して私が思うところはあるのですが、まだ100%考えがまとまっていません。皆さんはどう思ったでしょうか?この続きは必ずお話したいと思います。
<了>