ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)

・いまさら始める海外調達

先日大手二輪車メーカーの海外調達比率を上げる事が大きく報じられていました。原材料を輸入して、国内で加工・組立てをおこなう加工貿易で成り立ってきた日本にとって、現在でも引き続き海外調達には大きな魅力があることを証明する報道です。

しかし過去の円高が急激に進んだ局面と異なって今、海外調達の持つ意味が少し違ってきています。言うなれば、利益を拡大するというよりも、グローバルなマーケットでの生き残りをかけた海外調達が必要になってきているのです。一方で、日本国内とは異なり、海外のサプライヤーとの取引には依然として大きなリスクが存在することも事実です。今まで何度も海外調達には挑戦したけれど失敗を重ねてきた、そんな経験を持つバイヤー へ、ここではまず失敗する、取り組んではみたものの実現することができない海外調達の例を、6つの思いこみとして示します。

(1)「海外メーカーだから価格が安い」という思いこみ
××という国から買えば、従来の購入コスト対比で購入価格が半分になるとか、1/3になるとか、そういった妄想ともいえる思いこみで海外調達に踏み出すケースがあります。以下の図は、日本の横浜地域で総コスト100、原材料費50、加工費50としたときに、韓国、ベトナムでまったく同じ加工時間で製作できたと仮定した場合の総コストの比較です。加工費のベースとなる人件費は、日本を100とすると、韓国で48、ベトナムでは2となります。人件費だけの比較では、確かに何十倍もの差が発生していますが、材料費分まで加味すると、総コストで半分や1/3を実現することは至難の業です。

バイヤーが製品やサービスを購入する場合、その価格にはすべて理由があり、論理的整合性のある説明ができなければ、プロフェッショナルなバイヤーとはいえません。確かに1/50にもなる人件費へ目を向けたとき、労働集約的な製品であれば大きなメリットを享受できる可能性は高くなります。その可能性を確かなものとして自らの手にしてゆくのがバイヤーの責務です。人件費が安いのにも 当然理由があります。この場合、最大の理由として考えられる原因は、国としての発展の度合いの差が生む経済格差や、生産技術(スキル)の差です。それ以外にも、文化の違い、商習慣の差といった 文化的背景の差によって、日本では考えられないリスクが存在します。リスクが顕在化した場合、それは全てコストとして跳ね返ってくることをまず心に留める必要があるのです。安価な理由を、ただ海外のメーカーだからという点へ求めることは、海外調達失敗に向かって最短距離を走ることと同じです。

<図をクリックすると拡大できます>


(2)「お客様は神様」という思いこみ

日本には顧客への敬意と尊敬の証しとして「お客さまは神様」という言葉があります。これはバイヤーと営業との間にある、大きな心理的な立場の差の現れとも言えます。しかし海外ではそのような必要以上の顧客への畏敬の念はありません。バイヤーと営業といえどもフラットな関係であることをより一層意識する必要があるのです。

(3)「サプライヤーは奉仕すべき」との思いこみ

上記(2)の項目と似ていますが、海外のサプライヤーは、日本と比較しても顧客の層別管理を徹底しています。キーアカウントマネジメントといった管理手法により、自社にとって有効な関係を持つ顧客には便宜を図る事もあります。しかし、そういった枠から外れた場合は、費用対効果を超え 、政治的な判断での対応は期待できないと考えるべきです。日本国内のサプライヤーにしても、バイヤー側が奉仕と思っているだけで、実はしっかり費用負担を製品代金支払いの中でおこなっていると思うべきでしょう。まして海外サプライヤーの場合、国内メーカーでは通常対応と思われている高頻度の訪問に多大なコストが必要になることは、何よりも理解が必要です。

(4)「優良なメーカーが見つからない」という思いこみ

国内と違ってサプライヤーの情報は少なく、優良なサプライヤーの発掘には大きな困難がともないます。しかし今、多くの日本国内メーカーが、顧客の海外展開や自社の生き残りをかけて海外へ進出を果たしています。実際、国内サプライヤーの会社案内に、自社の海外生産拠点を活用し「国内生産対比で△30%のコスト削減可能です」といった うたい文句を見ることができます。いきなり海外資本の現地メーカーという選択肢にハードルの高さを感じるのであれば、国内サプライヤーの海外拠点という選択肢があることを心に留めておくべきです。そして 、最近では様々な日本国内で開催される展示会にも、海外のサプライヤーが出展しています。日本に居ながらにしても海外のサプライヤーとのコンタクトの可能性は大きく広がっています。 海外の優良なサプライヤーが見つからないというバイヤーは、見つからないのではなく、見ていないのが現実なのです。


(5)「品質が悪い」との思いこみ

上記(1)でも書きましたが、全くの同一製品の発注をおこなって、購入価格に差が発生する場合、なんらかの確固たる理由が存在します。安かろう悪かろうとの言い方に表現されるとおり、安さの理由をその品質の程度で説明できる場合が多くあります。もし採用した海外サプライヤーの品質が悪かった場合、その原因はなんなのかが非常に重要になります。事前検証が甘かったのか、それとも要求内容を満たしていないのか。その原因を突き詰めて、解決することがバイヤーの責任です、責任をサプライヤーへ押しつけることは解決にはつながりません。 バイヤーは適正な品質で製品を生産できるサプライヤーを確保することが仕事です。品質問題の責任をサプライヤーに押しつけることは、バイヤーにとって一番楽な責任回避の道ですが、同時に自らの責務を忘れ、自らの存在を否定する事につながる道でもあるのです。


(6)「海外のメーカーは、約束を守らない」との思いこみ

これこそ最悪の思いこみです。日本のあ・うんの呼吸といった抽象的な意思疎通は、海外ではまったく通用しません。約束を守ってほしければ、どんな約束が当事者間に存在するのかをまず明確にすることが重要です。それぞれの約束に期日設定して、丹念にフォローする必要があります。言葉も文化も異なる相手には、くどいほどに何度も自分たちの意志を伝える努力が必要なのです。

この6つの思いこみを抱えながら、海外調達で成果を獲得するのは不可能です。このような思いこみにとらわれないためには、自分たちがなぜ今、海外調達をおこなわなければならないのか、という目的意識を明確にすることです。明確にすべき点は次の3つです。

①どんな物・サービスを海外のサプライヤーへ求めるのか。

②海外に求める物・サービスを現在買っている価格、コスト構造

③海外へ求める物・サービスの、希望する購入価格

まず①は、やみくもに何でも海外へ求めることをしないための第一歩になります。まずは独善的でもよいので、購入したい物・サービスを決めてしまいましょう。ここで、一番メリットの大きな物から手をつけたいといった希望もあると思います。しかしこの段階では、どの国へどんなリソースを求めるのか、 がわかっていません。 従い、一体どんな物・サービスならメリットを最大化できるかを見極めるために、例えば一番困っている購入品をターゲットにしてはいかがでしょうか。海外調達を実行するか否かの意思決定はまだずっと先になりますので、できればこの段階に関しては、十二分に独りよがりをしてでも、対象となる物・サービスを決める事が重要なのです。

続いて②です。海外調達を推し進める上でもっとも重要なポイントです。 海外調達でメリットを獲得するためにも、現在の購入価格と、その構造を見極める必要があります。このプロセスが抜け落ちてしまうと、とにかく海外へ行けば安くなる的な妄想的期待感によって、大きなリスクを伴う海外調達を始めてしまう可能性があります。ここでは精一杯机上での検討をおこなうべきなのです。机上の空論という言葉にはネガティブなイメージがあるかもしれません。しかし海外調達の場合、机上での検討段階でメリットが出ない場合、実行によって机上検討結果以上の効果を得ることは絶対にありません。長年にわたる取引をベースに、日々コツコツとあらゆるリスクへの対処をおこない、改善を施してきた日本国内調達との比較で は、海外調達はよくわからないリスクでいっぱいなのです。そして、机上での検討を十分に行った上であれば、それがたとえ海外調達をおこなわないという決定につながっても、その決定したという行動には、空論に終わらせなかったとの一点で大きな意義があります。

最後に③です。いくらで買いたいのか、です。

②のプロセスでコスト構造が明らかになれば、構成される個々の費目毎に発生コストの試算が可能です。普段バイヤーとしておこなっている価格分析能力にプラスして、実際海外では各費目がいくらになるのかという情報収集能力によって、 いくらで買いたいかという数値の算出を実現することができます。

ここで、私が考える情報収集についてです。

バイヤーが自らの実力を最大限発揮して、購入金額の分析をおこなう。そして明らかになった分析結果、ここではコスト構造、発生コストの費目と具体的なコスト金額を指します。人件費、加工費、管理費、材料費…… そして海外での各費目の価格情報を入手すれば海外調達する価値の有無を判断することができます。では、海外での各費目の価格情報は入手可能なのでしょうか。残念ながらそんな 自分にとってのみ都合の良い情報は、世の中には流通していません。ここからバイヤーとして持ち得ている価格への感性と創造力が必要になってきます。

ここでのポイントは、まず自分たちが欲する数値をを導き出すヒントを得られる情報にアクセスできるかどうかです。私は、このような場合に以下のような情報にアクセスします。

● JETRO

    機械メーカーにおける海外からの部品調達先の見つけ方について

    投資コスト比較

● UBS Prices and Earnings

● IMD World Competitiveness Yearbook (本文詳細は有料です)

● 世界経済フォーラム The Global Competitiveness Report 2009-2010

● 通商白書

● 中小企業白書

● Economist ビックマック指数 (本文参照には登録要、無料)

上記に示した情報だけでは、自社にとって海外調達の是非を決定するのに都合の良い数値を得ることはできません。しかし、上記によって得られた情報により仮説を立てることで数値を導き出すこと、それは創造的でもあります。個々の数字すべてを導き出すことは、非常に困難な作業でもあります。 このような作業は、国内調達ではおこなわないでしょう。だからこそ、成功の暁には大きな成果が待っているのです。

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