短期連載・坂口孝則の情報収集講座(坂口孝則)
この大学からかぞえて20年ほど、ずっと「調べて書いて、発表する」行為を続けてきました。社会人になると、「この資料作っておいて」といきなり言われるケースは多いはずです。むしろ、会社員の仕事の大半は、資料作成といっても良いかもしれません。そこで自分なりに総括したい気持ちもあり、『情報収集講座』と題し、短期連載としてメルマガに掲載することにしました。
【第4回】ちゃんとした情報かを常に考えよう
一次情報、二次情報、三次情報に限らず、その情報が「ちゃんとした」信頼に足るものかどうかを意識する必要があります。しかし、これが一番ムズかしい。というのも、プロのジャーナリストであってもときに誤りを犯すからです。
たとえば、戦争の証言などは一次情報であったとしても、美化されたり逆に悲惨になりすぎたりします。また、そのひとに悪意はなくても、語っているうちに本人が信じこむケースもあります。偉人が過去を語るときも、ときに自分自身を神格化してしまいがちです。
趣旨ではありませんので固有名詞は省くものの、通信販売の分野で成功者として知られるひとがいます。ご本人から発せられる輝かしいキャリアとはうらはらに、実態はかなりあくどい手法を使ったため、現在は被害者の会が組織されています。またインタビュイーが単純に思い違いの場合もありえます。あるいは、一次情報として聞いていても、そのひとは間接的に知ったかもしれません。
絶対的な予防策はありません。ただしできるのは、一次情報を使うときには、それを裏付ける他の一次情報か、二次情報を探すことです。つまり、二重で確認しましょう。そして、そのうえで大切なのは、直感的にも正しいかを常に自問することです。あまりに新しい内容に接するときは、「ほんとかな」と五回くらい疑ってください。また、これをいうのは勇気がいるものの、「たいていの出来事はさほど驚くべきものではない」「たいていの真実はつまらない」のです。
*極端な結論は疑う癖をつけよう
あるとき、こういうことがありました。後述する家計調査で単身男性の支出状況を調べたときのことです。その調査では、34歳までの男性平均としてテレビに費やした金額がゼロ円だというのです。そして、身近な単身男性に訊いてみましたが、たしかにこのところテレビを買い換えたひとはいませんでした。代わりに、スマートフォンやタブレットを買い換えたひとはたくさんいました。その二次情報も、一次情報もたしかにほんとうです。
しかし、ここで早急に「いまの若い男性はテレビにお金なんて使わない。すべてスマートフォンとタブレットに移行した」と私が報告書を書いたらどうなるでしょうか。それはあまりに馬鹿げた結論です。直感としても、間違っています。なぜなら、すべての日本にいる独身男性がテレビをいっさい購入していない、と想像できるでしょうか。
家計調査は限られたサンプルに調査を行います。だからたまにこのような極端な例が出るケースがあります。統計データといっても、それは完璧ではありません。これから結論を導きたいなら、たとえば家電量販店のデータや、他の支出データなどを参考にして二重でチェックすべきです。また、周囲の何人かの特性は、独身日本男性平均のそれと異なっていたかもしれません。あるいは、時期がたまたま買い替えに合致しなかったのかもしれません。「たいていの出来事はさほど驚くべきものではない」「たいていの真実はつまらない」のです。
私は子育てをしています。子どもはよく「みんなもっているから、このおもちゃを買って」といいます。私はかならず「みんなって、誰かいってごらん」と返します。すると「○○ちゃんと、○○ちゃん」と、たいていは二人くらいを示しているんですよね。
オバマ大統領は白人と黒人のハーフです。オバマ大統領は黒人大統領といわれています。もちろんご本人もそれをある種の宣伝材料として使った側面もあるでしょう。ただ、ハーフなのですから、白人大統領といっても良いはずです。せめてハーフ大統領くらいではいけないのでしょうか。そのように、情報を見るときには、「その情報が示している」ことがもしかしたら一側面にすぎないのではないか、あるいは、間違っているのではないか、というクールな視点が必要です。
流行を語るのがメディアの仕事ではあります。しかし、実際に何かの商品が流行しているといっても、それが全日本人を席巻しているかのような表現やデータには注意すべきでしょう。たしかにその商品の売れ行きは伸びている、と示すデータがあるかもしれません。ただ、日本全体の消費額からすると微々たるケースが大半です。
インタビュー等でインタビュイーを疑うのはつらい作業ではあります。ただ、信条とは別に情報の真偽をたしかめる癖をつけておきたいものです。一度、会社で誤った情報を流してしまうと名誉挽回に時間がかかりますから。
【第5回】常に時間を意識した情報収集をしよう
私は某有名ライターの文章講座に参加したことがあります。15年ほど前です。それが私の人生を良くも悪くも変えました。ただ、それは趣旨ではありませんので、ここでは情報収集にかかわる一エピソードを述べます。そのとき、サンプル文章を提出して添削してもらう講座でした。印象的だったのは、締め切り時間に数分のみ遅れた原稿であってもすべて添削対象外となったことです。某有名ライター講師は「キミたちは、ライターという仕事が町工場のオヤジと同じと理解していない。自動車メーカーに納期を守れずに『良品ができました』と納品しても、出入り禁止になるだけだ」と。
私は仕事の納期をほとんど遅延しません。私は「毎回そんなに面白い資料ができるはずはない」「たまにはつまらない資料もあるだろう」とある種の諦観をもち、それでも期限は守ろうと努めています。それは前述の発言が心に残っているからです。みなさんが上司だとしましょう。たまに100点を取るけれど成績が安定せず、遅れがちな部下。そして、安定的に70点を取り、納期を守る部下。ほとんどの場合は後者を選択するはずです。
最近、CS(カスタマーサティスファクション)という言葉が流行しています。情報収集や資料作成においては、社内関係者や上司がカスタマー=顧客になるケースが大安でしょう。その満足基準はまず納期遵守にあると心しておきましょう。期限ぴったりに資料を報告したら及第点、期限より早ければ得点は3割増し、遅延は3割減、が私の感覚です。「そんな資料、いまさら要らないよ」といわれたら、そもそも時間が無駄になってしまいます。
*収集した情報の鮮度を意識しよう
さて、時間の意味では、もう一つ。使用する情報の鮮度があります。要するに、いつの時点の情報を使うかです。最新の業界勢力図を作るのに10年前の情報を使っても笑われるだけです。情報が古いか新しいか。古い場合、どこまで古くて許されるか。この基準は資料の目的によります。やや抽象的ですが「まあ意地悪なひとはツッこむかもしれないけれど、7割のひとは納得してくれるだろう」と思えるかどうか、です。常に資料の趣旨目的をとらえ、多くのひとたちが「ふむふむ」と頷くものかを自問します。
自動車メーカーの販売台数比較をするとします。そのとき、前述のとおり最新の業界勢力図でしたら、昨年のデータはほしいところです。さらに、販売台数を比較して何をしようとしているのでしょうか。どこかのメーカーに新規販売先として検討しているのであれば、そのシェア推移が10年くらいどう変化しているのか。そして、どのような技術を取り入れているのか。さらに、関係者へのインタビューとして、どのような車種を開発したり、技術的に進化させたりするのか、直近のヒアリング情報があればよいですね。また、業界紙などから、各社役員層の記事などがあれば尚可でしょう。
ただし、たとえば2001年に中国がWTOに加盟した影響を見ようと思えばどうでしょうか。それは最新のデータよりも、2001年前後のデータが重要になります。それに加えて、自動車各社の戦略がどうなっていったのか。そして実際に輸出入は伸びたり減ったりしているのか。さらに関係者にインタビューすることができればよいでしょう。おなじく業界紙等から、当時のインパクトを類推するのも一手です。
また特定の調査などは常に実施されません。厚生労働省が出している「離婚に関する統計」などはきわめて面白い資料です。ただ、これは平成11年の次に公開されたのは平成21年となっています。このような公的なデータが連続性をもっておらず、断絶している場合はどうすればよいでしょう。繰り返すと要は「まあ意地悪なひとはツッこむかもしれないけれど、7割のひとは納得してくれるだろう」と思える使い方をするかどうか、です。
たとえば、離婚の一般的な要因をざっくりと知るのであれば、数年前の資料であっても説得性をもつでしょう。さほど日本人の特性が激変した、と思えるものもないからです。ただし、これがざっくりとしたものではなく、「東日本大震災のような事故は、家族観に影響を与え、離婚率が下がるのではないか」といった傾向を見るケースや、あるいは「離婚は経済状況に左右されるのではないか。好景気は離婚が減り、不景気は離婚が増加する」といった仮説検証ならば、やはり、このところのデフレ不況データがなければ”弱い”資料とならざるをえません。
重要なことはそのデータの使用法であり、文脈です。資料作成の前から、これを意識して情報収集にあたりましょう。
<つづく>