短期連載・坂口孝則の大企業脱藩日記(坂口孝則)

世間一般で“流通コンサルタント”という印象が強い私。みなさんはご存知のとおり、調達・購買の専門家として多方面で働いています。しかし、自動車メーカーを辞めてから、さまざまな模索時期がありました。当時の話は、さまざまなところで紹介しましたが、あまりホンネをまじえて述べたことはありません。そこで『大企業脱藩日記』と題し、現在までを短期連載としてメルマガに掲載することにしました。

【第10回】
大企業を脱藩したのちに、1年ぐらいして、徐々にセミナー講師やコンサルティングの仕事が舞い込んできた話をしてきた。そして、今回は、もっとも話しにくい内容だ。それは、大企業から小企業に移ったときのギャップやらについて話そうと思う。もしベンチャーに移ろう、と思っているひとは参考になるだろう(ちなみに、外国ではベンチャーと呼んでいるのを聞いたことがない。スタートアップといっているように思う)。

まず、当然のことだけれども何もやらなかったらお金が入ってこない。何を当たり前のことを、と思われるだろうけれども、ほんとうにそれを実感する。そのころ私たちの会社では、毎週月曜日に進捗報告会をやっていた。社員に悪いひとなどいない。かつ、すぐさま新規のビジネスが売上を獲得するはずがないとわかっている。ただ、想像してほしい。「はい、次、売上の見込みは?」「○○○万円です」。「じゃあ、次、売上の見込みは?」「概算ですが、○○○○万円くらい」。と続いて、「いや、まだ見込みありません」と答えなければならない。当然、現時点で何をやっているのかを皆に説明する。事業計画書も書かねばならない。スケジュールをつくるのだが、まったくうまくいかないまま「スケジュール遅延」の報告をせねばならない。これに耐えられるだろうか。

大企業の研修で、決算書の読み方講座がある。しかし、リアルな資金繰りは厳しい。これまた当然なのだが、決算書でいうところの資本金とは、実態がない。決算書には、ずっと資本金と書かれているけれども、給料で毎月のように飛んでいく。何もしなかったら、ほんとうに風が吹くように消えていくのだ。

これらの時期に、多くのコンサルティングファームのひとたちと情報交換をした。規模は大小さまざまだ。ただ、口をそろえていっているのは、出世するひとは仕事が取れるひとなのだ。このリアルを噛み締めなければならない。明晰な頭脳で、ロジカルな説明ができる……なんてことは、この世界では当たり前なのだ。必死に人脈をつくりあげ、そして日々の仕事をとってメンバーの給料を払えるひとこそが、コンサルティングファームでパートナー(上位職)になっていく。

以前も私が精神的に変調をきたした話を書いた。そのほかにも、たとえば、パソコンの前にいると数分間とまっていることがあるのだ。仕事がないかな、と考えて半ばパニック状態になっていた。と思えば、目がピクピクして止まらないこともあった。このころ、起業や集客の本をさまざま読んだけれども、さほど役にたたなかった。というのも、ほとんどの書籍で書かれた内容は再現性がない。結局は「死ぬ気でやれよ。そうすれば、なぜだか救いの手を差し伸べてくれるひとがいるから」といった一言に尽きるのだろう。

さて、ここで恥ずかしい告白をせねばならない。コンサルティングビジネスは、その後も問題が山積することだ。たとえば、コスト削減のビジネスがある。これは顧客に代わって、調達品を交渉したり、選定したりして、そのコスト削減額(多くは年間)の3割をいただくものだ。たとえば、1億円のコスト削減であれば3000万円になる。これはおいしい、と思うだろう。しかし、これがうまくいかないのだ。

それはもちろん、基準単価の設定が難しい、という側面はある。ただ、もっと問題なのは、コンサルタント側の精神的苦痛だ。たとえば営業職であれば、どんどん販売額が増えれば嬉しい。いわばプラスの仕事だ。しかし、コスト削減の仕事とは、額を減らす、いわばマイナスの仕事なのだ。いや、私だってその高貴さは理解している。尊い仕事だ。しかし、ずっと見積書を取得したり、1円単位で削っていったり、交渉したりすると、多くのひとは「もういいや」と疲れ果てる。そして、「調達コンサルタントなんかやってられるか」といい、去っていくのだ。

その後、私はコスト削減などの仕事には携わっていない。ほとんどが、制度づくり、評価システム、そしてサプライヤマネジメントなど、通常の調達コンサルタントとは違う仕事を手がけている。また、某社のように、「とりあえずウチのメンバーの悩み事を聞いて、アドバイスください」といったものもある。ただ、私がまた運が良かったのは、あまりコスト削減の仕事に拘泥しなかったことだろう。

かつて、誰かが「成長できるひとは、自分のなかで大事なポジションを占めている何かを捨てられるひとだよ」と聞いたことがある。ちょっとだけ、だけれど、その言葉の意味を理解した気がした。

<つづく>

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