ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
8.調達購買部門の納期管理
8-9 リスクに対処する戦略的在庫活用方法とBCPの策定
近年、大震災や洪水といった自然災害によって、サプライチェーン断絶が発生。その影響は、日本やアジアでだけでなく、全世界に広がっています。先日も鬼怒川の堤防決壊によって、茨城県では大きな被害を受けました。今回は、供給停止リスクに対応する、在庫活用の方法論と実現ステップを学びます。
☆想定するリスクの特定
調達購買部門が想定すべきリスクの第一は、サプライヤーから製品供給が止まる事態です。これはいくつかの要因が想定されます。しかし、すべてのリスクへの対処はできません。例えば、東日本大震災における供給停止の原因は、次の内容です。
(1)地震の「揺れ」による被害
(2)地震の「津波」による被害
(3)地震によるインフラ(道路、ライフライン)の被害
(4)原子力発電所事故の被害
(5)上記被害による二次災害(火災)
これは、地理的に自社及びサプライヤーにどのようなリスクが想定できるか、そしてどこまで対処するかを考えなければなりません。これが人命を守るとの観点であれば、すべてに対処しなければなりません。耐震構造をもった建物や、避難場所や避難経路の確保、ライフラインが失われた場合も生きのびるための最低限の備え。かつては、三日分の食料品と飲料水の確保でした。しかし、最近では一週間分の確保が必要だといわれています。原子力発電所の事故は、非常に難しい問題です。火災は、地震が起こった瞬間の初期対応が重要となっています。
そして、上で述べたリスクは、調達・購買業務では、違った対応が必要です。東日本大震災の直後は、大手企業は「場所の分散」をサプライヤーに求めました。東日本、西日本と、海外にサプライヤーを確保せよと、社内的な指示があった企業もあります。しかし最近では、失われた供給力を、早期に復旧させる取り組みへと、進化しています。
供給力の分散は、量産効果の点ではマイナスです。数十年に一度発生する災害に備えて、経済性効率を無視するのかどうかは、企業の意志決定です。現実的に供給ソースの分散が難しかったために、早期な復旧を志向しているとも考えられます。どのくらいで復旧できるのか。その期間を短くするために在庫活用を検討します。
そして、調達・購買部門におけるもっとも大きなリスクは、倒産による供給ストップです。倒産リスクへの対処は、在庫管理ではなく、まず日常的なサプライヤー管理の中で実践すべき課題です。したがって、次の想定される供給停止リスクから、在庫確保によって顕在化したリスクを乗り切る事態を想定します。
☆在庫化の費用対効果判断
想定するすべてのケースで、費用と効果を明確に数値で算出します。自然災害発生時の効果額など難しいかもしれません。しかし、供給ストップを回避するために、あらかじめ想定された事態に対する事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)をもっていなければ、顧客がサプライヤーの評価を下げるとの方針を掲げる企業も増加しています。想定されたリスクのもとでは、供給が継続できるプランを顧客に示さなければ、売り上げを失う可能性もあるのです。理想的には、どんなリスクが顕在化しても、供給ストップしない体制です。しかし、現実的には不可能で、何日で機能回復できるのかを評価し、目標日数を決定します。
一方、在庫を積極的に活用するといっても、企業経営の健全性や効率性の観点から際限なく在庫を増やせません。必要な在庫を見極めるためにも、在庫化によって発生する費用は必ず掌握します。その上で、効果と合わせて、本当に必要かどうかについて、社内でコンセンサスを確立します。
☆サプライヤーのリスク対応状況確認
調達購買でのリスクは、サプライヤーとシェアして双方での負担を検討します。現在中小企業に対してもBCPの導入が、行政の指導の下で進められています。大企業との比較でリソースが十分ではない中小企業中でのBCP策定は、困難な取り組みです。しかし、BCPの整備を、購入条件に盛り込むとして、サプライヤーに早期の策定をうながします。BCPが整備されていれば、バイヤー企業側での在庫化の取り組みを行わずに済むメリットが生まれます。
BCPとは、自社だけで完了する計画ではありません。調達購買部門では、自社のサプライチェーンにあるリスクへの対処を、サプライヤーとともに行い、リスクの顕在化によっても供給を維持する体制を確保する必要があるのです。
(つづく)