連載企画「速読は儲かる」第6回(坂口孝則)
<前回からの続き>
書籍を読みこなして活躍したい! と思う気持ちさえあれば大丈夫。あなたは一気に膨大な情報源にたどり着くだろう。
日進月歩で進化している世界にアクセスできるのだ。
他の人たちができていないので、できるひとにとっては、莫大なビジネスチャンスが眠っている。そして、まずはその世界に飛び出す楽しさを感じることだ。
<今回はここから>
ひとは、多くの場合、壁にぶつかったときに成長する。これまで何度もその経験がある。
少し前もそうだった。そのとき、私はある領域のコンサルティングを請け負っていた。どういうコンサルティングかというと、特定製品の調達において「最適な取引先数を戦略構築する」というもの。何かを買うときに、たとえば2社から購入するのがいいのか、3社から購入するのがいいのか、あるいは5社から購入するのがいいのかを決める。
5社から購入したほうが競争状態なので安価になりそうに思える。ただ、そうなるとボリュームが少なくなってしまう。だから、2社が良いのかというと、そうでもない。なぜなら、2社が寡占化してしまうと、それはそれで価格が硬直化してしまう。
え、そんなの直感だろうって? それを数的に計算し明確な戦略を構築する仕事だったんだな、これが。取引先のコスト構造だとか、あるいは競合理論までが複雑に入り組んでいた。
正直、私はやりはじめて焦っていた。まったく理論化できる気がしない。
これまで直感や慣習でやってきたことだ。そんなのロジックにできるはずはない、と。ただ、クライアントにはさまざまな説明をした。やはり経験曲線などを使って、なんとなくの理論しかできないんじゃないか。あるいは、そもそも取引先数なんて決められないんじゃないか。なんてね。だけど、そもそもそれが依頼だったので、クライアントが納得するはずはない。
はじめて、途中棄権するか? そうなると、悪評がたって、多くの企業でこれから仕事を請けることはできないだろう。だからやるしかない。でも、どうやって? 毎日が不安で押しつぶされそうだった。
打ち合わせのあと、なんとなく落ち着かなくて、いつもクライアント先の近くで酒を飲んでいた。そしてその勢いで本屋に立ち寄った。
数学本の棚の前に立っていた。数学? そんなの高校か、大学でちょっとやったくらいで、もう縁なんかないと思っていた。そこには、log関数のことが書かれていた。ここからはご興味ない読者は飛ばしていただいてかまわない。
なんとなく、これが使えるんじゃないかと思った。私は経済学部の出身だ。ミクロ経済学では、まず企業の生産費用関数を学ぶ。それって机上の空論だと思われていた。しかしだよ。ほんとうに、その生産費用関数(log関数)が取引先に応用できれば? それまで取引先というのは、売れば売るほど儲かると考えられていた。でも、生産費用関数が当てはまれば、取引先は実際のところ、利益最大点売上高が存在する。ということはすぐれた取引先が、その利益最大点売上高を達成する分配こそが、最適シェア分配であり、そして最適取引先数ではないか。
これは繰り返し、飛ばしていただいてもかまわなかったし、ご理解いただけなくても大丈夫だ。私の興奮を伝えたかった。
でも、本の知識なんて、実際のコンサルティングで使えるのか……? そうやってどんどん調べていくと、前回も紹介した公認会計士の高田直芳さんが「決定版 ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」や「戦略会計入門」などで、実務へ応用していることがわかった。もちろん高田さんは公認会計士だから調達とは関係がない。あくまで会計士として内部の管理会計の手段として書いていた。でも、これは使えるんじゃない? そう思ったら、かなりハマってしまった。
すごい、私の知らないところで、これほど深い知識体系が広がっていたんだ。
もしかしたら大学の授業でも、現実への応用を話していたのかもしれない。だけど、ほんとうに身につくのは、このような困ったとき。
こんな本なんて、おそらく調達・購買担当者の誰も読んでいなかっただろう。おそらく、調達・購買コンサルタントであっても同じく読んでいないに違いない。
そして、この「最適取引先管理」が私のコンサルティング・メニューの一つとなった。これは、取引先のコスト構造を分析して、そこから最適サプライチェーンを数的に導くノウハウだ。
これまで調達・購買の世界は曖昧で経験がモノをいう世界だった。それを少しでも変化させられたのが嬉しい。それと同時に、高田直芳さん以外の方々を調べてみても、おなじく高度数学を現実に当てはめてみようとする試みが多いとわかった。理論は机上の空論じゃない。実際に使えるんだ! これは私の大きな驚きとなった。
私はこれら先人たちの書籍を買い漁った。
「道具としてのファイナンス」「企業価値評価」……。
金融商品のリスク管理手法が、そのままサプライヤのリスク管理に使えるのではないかと思ったのだ。
コンサルタントとして朝出かけて行って、そして夕方に帰るとする。そんなとき、スキマ時間を使えば、なんとかそれまでに一冊が読める。もちろん、数式のカタマリを一瞬で理解できない。ただ、どういうことが数式で「できるのか」はわかった。
私にとっては、これまで学んだことのない知識ばかりだった。読むたびに、私が考えるまでもなく、すでに解決策を考えてくれている。
もちろん、すべてが有益ではない。本はいろいろある。だから、役立つものもあれば、役立たないものもある。ただ、書籍は私にとって有効で、いろいろなことがわかってきた。どこをどう読めばいいかもおぼろげながら見えてきたし、それを実際に商売に応用したらお客が集まった。ほんとうに忙しくなってしまった。でも、知れば知るほどレベルアップしていくので楽しかった。そして知識習得の意味では、いまも楽しい。
私が調達・購買の会社を仲間とはじめたとき、絶対に成功しないといわれた。そりゃそうだ。毎日、1円・1秒を争っているひとたちに、一見ムダなコンサルティングサービスなんて売れるはずがない。でも、大半の予想に反して、会社は好調だった。
いまもそうであるように、不況のまっただなか。世の中の流れに従うしかないと、私は思っていた。でも、知識と武器しだいで商売はなりたつし、売上がたつ。これは書籍を通じた私の新たな発見だった。
おそらく、私が知らず知らずのうちに開発してきた読書法は、他の誰かにも役立つに違いない。こう考えた。
私は読書の専門家ではない。それに、もちろん速読の専門家でもない。しかし、この予想はけっこう的中した。周囲に速読法をお伝えしたら、みんな成長した。「これまで一生のうちに10冊も読んでいなかった。でも、これなら一ヶ月で10冊は読めます」といってくれたひともいる。
私は自分自身の領域である調達・購買について、10年はアメリカに遅れているといっている。もちろん例外もある。自動車産業などは、やはりトヨタやホンダの存在があるからか、アメリカより進んでいる。でも、他分野ではやっぱりアメリカがマニュアル化やシステム化、プロセス整備の意味で一歩先をゆく。
ソーシングストラテジーというんだけれど、やはりこの「戦略調達」ではアメリカが優先。ほとんどの日系企業が、右から左に伝票を流し、行き当たりばったりでモノを調達しているのに対し、<戦略的な調達>なんてフレーズはやはり衝撃的だった(「Balanced Sourcing」)。
しかし、この日本では、さっきいったトヨタやホンダの最高級サプライチェーンが常識的だったから、あまりこの考えは普及しなかった。少なくとも、一般に向けて普及させようとしてこなかった。
その宝くじを拾ったのが私だった。
私は当初「あいまいな調達・購買の世界を理論(論理)化しよう」の一点突破だった。その一点突破を可能としたのが書籍だった。もちろん資格試験などの勉強も良いけれど、より確実なメシのタネが書籍の形でありとあらゆるところに落ちているように感じる。
坂口さんは運が良かったんだ。たまたまだ。自分にはもうそんな機会はない。そう思うかもしれない。でも、たとえば調達・購買の世界でも理論化できていないのはたくさんある。機会を自ら狭めるのではなく、探していけばいくらでもあるはずだ。
しかもあなたが関わる分野や調達・購買には限らないだろう。さきほどもいったとおり、<メシのタネが書籍の形でありとあらゆるところに落ちている>のだ(当連載は続きます)。