ケーススタディ公開 解説編(牧野直哉)
掲載したケーススタディの解説と、私が考える回答を3回に渡って掲載します。今回は前号につづいて2回目。
5. モデル回答の解説 ~なぜ、このような回答を作ったか
(1) 上位者の意向と、良い意味での期待を裏切る回答
今回のケースでは、そもそも社長が「多すぎないか」と指摘しています。したがって減らす・維持する・増やすの、それぞれを検討する優先順位のトップは「減らす」であるべきです。減らす場合を想定して、妥当性のあるモデルが導き出せたら、上司の意向に沿った回答とするのがサラリーパーソンとしてのひとつのあるべき姿としました。
また、購入ボリュームでトップの大島テクニスを、サプライヤー社数の削減対象とすることは、あまり想定しづらい意志決定です。この意志決定には、今後の相模原中央車両の企業戦略上も大島テクニスの持つリソースを活用しなくてよいとの確認・社内意思統一が必要です。したがって、堀江の提案が調達購買部門の方針となり、全社的な意志となった場合、決断そのものは大胆ですが、その後のアクションには細心の注意が必要となります。
(2) もっとも取引を解消しやすいサプライヤーはどこか
このケースでもっとも削減対象となりやすいサプライヤーは、ぱ・る・る板金工業です。しかし、ぱ・る・る板金工業だけを削減の対象としてしまうと、発注していた製品の受け皿の確保が難しくなります。ぱ・る・る板金工業は、新規発注を控えていたサプライヤーであり、将来的な拡大の見込みのない製品の受け皿を探すのはそもそも困難です。この点=困難な点への具体的な対応策を提示しなければ、回答の実現性が問われます。削減するサプライヤーへの発注品の受け皿の確保は、今回のケース回答としての完成度の判定基準となるのです。
(3) ぱ・る・る板金工業から購入している製品の価格維持
先行きが暗く見通しが立たないサプライヤーからの購入品が、実は事業損益への貢献度が高いケースは意外に多いはずです。こういったメーカーは、開発費の負担がない、あるいは生産設備に代表される固定費の償却が終わっており、安く購入できる可能性が高くなります。ケースでは、そんなサプライヤーに対し新規案件の対応を控え、事業継続リスクの拡大を防いでいます。調達購買部門では、発注先の確保は当然の責務です。もう一つの視点として、サプライヤー毎のバイヤー企業損益への貢献度の重要性を考えてみたいと思います。このケースでは、ぱ・る・る板金工業との取引を解消しても、購入先確保を行なうと同時に、購入価格を維持するための方策を提示し、調達購買部門も当然求めなければならない企業損益への貢献を実現しなければなりません。サプライヤーの倒産対応といった場面では、発注先・購入品を確保した段階で調達購買部門の役割は終えたと考えるのでなく、以前の発注先と同じかそれ以下での購入金額を実現しなければ、社内関連部門の調達購買部門に対する満足度は高まらないのです。
(4) リスク=天災で良いのか?
東日本大震災の際に発生したサプライチェーンの寸断により、天災に見舞われても納入を継続できる発注先の確保がリスク対応とされています。今回のケースでは、比較的地理的に天災リスクの少ない都道府県とされる滋賀県、岡山県をサプライヤーの所在地として選びました。(今夏の天候を踏まえると、果たして安全な地域が存在するのかとの疑問は残ります)しかし、そもそも相模原中央車両の所在地である神奈川県が日本でもっとも災害発生リスクの高い地域で操業している点を踏まえると、サプライヤーよりも先に自社をどこに移転させるか?といった課題を先に解決すべきです。これは「天災リスクを考えるべきでない」でなく、天災の前にもっと対処すべきリスクがあると考えた結果です。したがって、あえて日常的にメーカーとして直面し、ケースのなかでも品質が相対的に低いサプライヤーへの対処をリスクとしてモデル回答に盛り込みました。日本の倒産件数をデータから読み解くと、年に50社に1社の割合で倒産する可能性があります。調達購買部門として、常に意識すべきリスクは、天災よりもサプライヤーの倒産リスクであり、品質リスクとする方が、具体的なリスク特定がむずかしく、被害が特定できない天災リスクへの対応よりも優先度合いが高いはずなのです。
【参考 日本の地震に見舞われる確率マップ】
http://www.jishin.go.jp/main/chousa/10_yosokuchizu/100520yosokuchizu.pdf
【参考:調達購買部門が対処すべきリスク一覧】
(5) 調達購買部門の業務範囲の考え方
モデル回答に書かなかったアイデアが1つあります。ぱ・る・る板金工業と、麻友精密/柏木ファインブランキングとの間での事業運営に関する話し合いの場を設け、業務提携や麻友精密/柏木ファインブランキングのいずれかによるぱ・る・る板金工業との合弁、もしくは買収の可能性を模索する取り組みです。ぱ・る・る板金工業の持つ優位性は、償却・回収済の設備による低い固定費を武器にしたコストや、熟練作業員の存在です。調達購買部門、企業としてサプライヤーとのパートナーシップを標榜するのであれば、サプライヤーとのビジネスの先にあるサプライヤーの持つノウハウの有効活用や、従業員の人生への配慮、具体的には、企業継続へのサポートとの観点が必要です。このような対応は、一般的・標準的な調達購買業務の範疇ではありません。しかし、サプライヤー数を削減した際、サプライヤー側のデメリットがどんな影響を生み出すかを考えると、こういった方策もこれから必要ではないかと考えています。
<つづく>