短期連載・坂口孝則の大企業脱藩日記(坂口孝則)

世間一般で“流通コンサルタント”という印象が強い私。みなさんはご存知のとおり、調達・購買の専門家として多方面で働いています。しかし、自動車メーカーを辞めてから、さまざまな模索時期がありました。当時の話は、さまざまなところで紹介しましたが、あまりホンネをまじえて述べたことはありません。そこで『大企業脱藩日記』と題し、現在までを短期連載としてメルマガに掲載することにしました。

【第6回】
ところで、大企業を辞めてから小企業で働きはじめた10ヶ月のあいだ、その期間に振り込まれた給料はいっさい手をつけなかった。何も稼いでいないのに、給料が支払われる。正確には社会保障費がかかるので、マイナスだ。これは精神的につらかった。だから、いつでも返金できるようにしておいた。そのあいだは、別口座にあるお金でしのいだ。

このとき、もっとも執筆量が多かった時期でもある。どんな出版社から持ち込まれた企画でもすべて書いていった。お金を稼ぐためにはしかたなかった。そしていまの妻と結婚することになったのもこの時期だ。結婚式の見積書を見て驚愕した。親から借りるなどせず、妻の預金はゼロだったので、自分ですべて支払った。「よく原稿を書く時間があるね」といわれたが、文字どおり、寝ずにやっていたのだ。

しかし、面白いのはこの当時に書いたものはかなり強度がある。「1円家電のカラクリ」などは現在では書けない本だ。なお、これは家電のカラクリを説明したものではない。経済と労働の大きな変化をえぐったものだ。それに、客観的に見ても、この時期の連載物もかなり尖っていたと思う。時間がないから劣化するわけではなさそうだ。

そして、このころ、おぼろげながら理解したことがある。調達担当者をしていたら、会計の講座などを社内外で受ける場合がある。企業は、収益マイナス費用イコール利益だ、とおそわる。それに何の間違いもない。ただ、この数式のみで考えていたら、きっと独立しても成功しない。これはどれだけ伝わるかわからないけれど、大切なことなのであえて書いておこうと思う。この収益マイナス費用イコール利益、の数式を頭に置いておくと、つい「これだけ売れた、コストはいくらかかった、利益はこれだけ出た」と思考する。だから利益を創出する方法は、コストを抑えようとしてしまうのだ。しかし、独立したら「マイナス投資プラス売上高イコール利益」と考えなければならない。つまり、最初にドカンと投資をして、それに見合う売上高と利益ならば、どんどん投資すべきだ、ということだ。

もちろん、コスト削減もやっているコンサルタント(私)としては、必要上の投資をせよとはいわない。そこは適正額かの見極めは必要だろう。しかし、その次元ではなく、生きていくための投資戦略なのだ。ただ、わかっていてもなかなか実行できない。「20万円の宣伝費を払う。そうすると、確率50%で42万円の利益を生む」とする。高校で習ったとおり、期待値は42万円×50%=21万円だ。ならば利益になるからやったほうがいい。それなのに、どうしても、「20万円がまるまるソンしちゃう可能性があるんだったら、やめておこう」と思う。これはサラリーマンならば健全な思考だろう。ポケットマネーから20万円が消えるのは痛すぎる。それでもなお、「マイナス投資プラス売上高イコール利益」的な考えが必要なのだ。

さて、そしてコンサルティングの仕事が入った。はじめてのコンサルティングなので何をやっていいかわからない。訪問して悩みをきいた。それで? そうかアドバイスをせねばならない。そのときは冷や汗をかきながらなんとか一日を終わらせた。これは想像してもらいたいと思う。相手が「こういうことで困っている」という。その内容は、その場で聞いたばかりだ。それなのに有益なアドバイスをせねばならない。あなただったらどう答えるだろうか。

それはいまであれば、明確な方法論とともに答えるだろう。コツは「現状」「問題」「施策の骨子」「具体的案」にわけることだ。まず、解決策を述べる前に、現状を正確に記述し、その現状認識が合致しているかをコンサルタントとクライアントのあいだで整合する必要がある。そのうえで、何が問題かを”決め”る。そうすると、施策と具体的案が出てくる。とまあ……。こういうのは当時はわからず、相手も不安だったのだろうと思う。

訪問しては、答えられなかったことを調べ、次回もっていく。まさに”寝られない”時期が続いていた。

<つづく>

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