ジェームス・ボンドが中国サプライヤから殺される日(坂口孝則)

「ジェームス・ボンドが中国サプライヤから殺される日」

・ジェームス・ボンドの憂鬱
当原稿では、いまだに続く中国サプライヤ不良品問題をとりあげ、各社・各業界の対応や施策を紹介する。

ジェームス・ボンド車として有名なアストンマーチンは先日、米国運輸省にたいし、きわめて重要な報告書を提出した。同社は2007年以降、5000車以上もリコールしている。同報告書はそのなかで、アクセルペダルに起因するリコールを述べている。

そこでアクセルペダルの不良は使用材料にあるとした。本来はデュポンのPA6材(ポリアミド6でプラスティック材料のひとつ)を使用すべきところに偽材料が使われ、偽材料袋にニセラベルが貼られるほど「手が込んでいた」ようだ。

アストンマーチンがこのアクセルペダル組み立てを委託したのは英国企業。その生産をさらに香港企業が請け負い(ティア2サプライヤ)、そしてさらに外注の深セン企業が請け負っていた(ティア3サプライヤ)。この三層構造のサプライチェーンが偽材料使用を可能としていた。アストンマーチンはすぐさま人員を派遣し不具合防止に努めるのは当然とし、生産場所も英国に引き戻すことを検討するという。

ちなみに私は、今日び偽材料を使った不良品とは……、といささかめまいを覚えた。かねてより同種の問題は絶えない。米玩具大手マテル社は、バービー人形やセサミストリート関連おもちゃを生産している。2007年には、同社の中国サプライヤが危険な白鉛ペイントを使っていたことが判明。おもちゃ100万個を回収した。また、同米玩具大手RC2コーポレーションは、中国サプライヤが規定以上の鉛を含んでいる商品を生産したとして150万個もの”きかんしゃトーマスおもちゃ”を回収した。これらは古い問題と思っていたものの、現存の問題なのだ。

映画「007」シリーズでは、Qなるイギリス情報局秘密情報部研究開発課長が登場する。某誌の記者は、アストンマーチンのアクセルペダル不具合について「Qは品質監査には居合わせなかったのだろう」と皮肉っている

・中国調達はカンタンになったのか?
ところで現在、私はいくつかの企業で調達・購買・サプライチェーン分野のコンサルティングを請け負っている。円安基調にかかわらず、各社とも現地生産や海外調達の方向性は変わりそうにない。

輸入額は数字で表現すれば、1億円の輸入、といったように無味乾燥なデータの羅列でしかない。海外調達が上手くいっているA社の1億円と、海外調達が上手くいっていないB社の1億円も、おなじ1億円だ。ただし、各社とも海外調達が上手くいっているか、というと、かなりの差があるように感じる。上手くいっているかどうか、とは「品質トラブルがないか」「納期トラブルがないか」「意思疎通は上手くいっているか」など、かなり定性的で、定量的データには表出しないものだ。

よって私の感覚値を超えるものではない。ただ、私の感覚でいうと、「大手企業は上手くいっている」が「中小は上手くいっていない」。もちろん、これは人員数差でもあるだろう。大手は品質保証確保にさける人員数も多い。それに対して、中小は海外サプライヤとのやりとりに騅逝かぬケースが多い。「品質保証についてしっかりと契約で縛るべきだ」といっても「でも結局は不良品ばかり送ってくる」ようだし「かといって一つひとつ訴訟するのは現実的ではない」だろう。「QC工程表を提出してもらえ」といっても「そもそもまともな書類なんか出てこない」のが海外サプライヤにたいする中小担当者の偽らざる本音だ。

現地メーカーの品質確保は容易ではない。しかも、コミュニケーションギャップもある。かつて自動車メーカーが見つけた解決策は簡単だった。自動車メーカー各社は系列企業ならびに日本サプライチェーン上の企業群を説得し、現地法人を設立させたのだ。そして日本流の品質管理手法を全世界に伝播させた。彼らが相手にするのは各国にいる仲間たちであり、ときによっては本国=日本から派遣された日本人マネージャーたちだった。なるほど、彼らの力を借りれば、海外輸入も現地生産も不可能ではない(ちなみに、これは皮肉ではない。私は自動車産業に長くいたのだから)。

そのいっぽうで、自力でアジア調達を目指す企業、ならびに自力で現地生産を志す企業たちには困難がつきまとう。実は、私が述べた「大手企業は上手くいっている」とは、自動車メーカーやその周辺企業が大半で、「中小は上手くいっていない」とは、その他の企業たちだ。アストンマーチンですら今回は中国サプライヤ管理で痛い目に遭ってしまった。その他の企業であればなおさらだろう。

・中国製品品質コントロール方法
中国の製造業PMIを見る限り、やや低迷が目につく。PMIとはPurchasing Manager’s Indexの頭文字をとったもので、「購買景気指数」などと訳される。生産や購買の意欲をアンケートしたもので、景気の拡大や縮小を示す。とはいえ、世界の工場として地位がすぐさま揺らぐものではない。それに、商品の販売市場としても注目される中国で、品質確保は課題であり続けている

品質保証における一つの、そして、凡庸な手段の一つは定期的な工場監査だ。ここで、かつてより生産の大部分をアジアに依存してきたアパレルメーカーの取り組みを見てみよう。「ファスト」ファッションの文字通り、次々と新作衣料を市場で発表し、しかも低コストを必須とされる当業界では安価労働力活用が当然だった。しかし、彼らは同時にさまざまな問題に悩んできた。低賃金労働や児童強制労働、安全衛生が守られない職場環境、労働管理の不徹底……。2012年11月バングラディシュではTazreen Fashions社の工場で火災が起き100人以上の労働者が亡くなった。2013年には中国の家禽工場火災で121人が、2014年にはおなじく中国の靴工場で16人が死亡した

発注元の大手アパレル企業が、これら問題を無視してきた、と私は思わない。アジア工場の労務管理が難しかったのがほんとうだろう。そこで各社とも工場監査を増やしている。2013年の調査によるとアパレル大手はサプライヤ工場監査にかける費用を61%も積み増しした。自社ブランドイメージを確保するためにも、サプライチェーン上のモニタリングにお金をかけるようになったのだ。2013年には各社の監査回数がインドで倍、中国で58%増、バングラディシュでは47%増としている

もちろんアパレル会社が低コストをサプライヤに求める動きに止まりはない。ただ、バングラディシュの悲劇以降、コスト・品質の維持とともに、労務管理、コンプライアンスとその持続性を業界総出で取り組んできた。重要となる工場建屋の基準も新たに創出し、同時にその基準を満たしていないサプライヤを使わないとし、たとえばバングラディシュでは認定工場1500リストを発表した。労働者賃金に関しても改善を約束している。

・食品工場での取り組み
また、もっともセンシティブなのは食品業界だろう。たとえば中国では有名なメラミン問題が起きた。2008年にメラミンが混入した粉ミルクが広がり、複数の赤ちゃんが死亡。当時、その他6000を超える乳幼児が病気を発症。一部の報道では最終的に5万人が入院したという。おなじく北米では、中国からのペットフードが原因でペットが死亡した。メラミンは尿素を原料として製造される熱硬化性樹脂の材料で、「見せかけのタンパク質レベルを水増しさせるものだった」(artificially increase the apparent level of the protein)のではないかと疑われている。また製造プロセス上の瑕疵として有名な毒ギョーザ事件では日本が被害国となった。

しかし、繰り返すと、だからといって食品メーカーが中国から撤退するカードはあまりない。また、中国で生産するだけで、材料はすべて海外(中国以外国)からの調達ではあまり意味がない。やはり、生産も材料も中国産であったほうが、コストは安くできる。他社と比べてコスト優位性が発揮できるし、なによりも中国人民が自国品質に信頼を置けるようになれば幸いだろう。

そこで同国で果敢な挑戦を続け、中国においてすぐれたサプライチェーンを構築しているネスレの取り組みを紹介したい。

ネスレは現地農家から牛乳を日々調達している。農家はネスレ直営の倉庫に納める。それらはすべてコンピュータ管理されている。同社は同時に、農家にたいし搾乳、餌品質、貯蔵にいたるまで継続指導を欠かさない。

同社が実践するすぐれたサプライチェーンづくりの秘訣をあげる。直接的なふれあいのなかでサプライヤをよく知り、サプライヤからも自社をよく知ってもらう。コストはかかるものの、自社ノウハウを公開し、サプライヤ育成を怠らないこと。短期的なコストではなく、中長期的なリターンを考えること。むやみに取引先を拡大するのではなく、サプライヤとの連携を重視すること。そして、価値を共有すること。サプライヤとは、長期的協調関係(a long-term collaborative partnership)を築くべきと信じること。「win-winの思考や志向がなければ、長期的なパートナーシップはありえない」とは、使い古されたフレーズではあるものの、やはりそうだよな、と私は思う

なるほど、ネスレのサプライチェーン構築における施策に魔法の杖はない。秘訣と書いたものの、そのすべてが当然ともいうべき凡庸なものばかりだ。

本論を振り返る。アストンマーチン社が経験した中国サプライヤの偽材料使用問題からはじめ、いまだに中国サプライヤの不良品問題は少なくないとした。また労務管理問題もある。各社はこの状況にたいし、監査を活発化させたり、品質基準をあらたに設けたりした。ただやはり基本となるのは現地サプライヤ群との信頼関係であり、ネスレ社などは、短期的なコスト増に目をつぶり、コミュニケーションの徹底や、指導育成を怠っていない。

え、そんなに平凡な結論かよ――って?

ごめん。

しかしきっと、これらあたり前な、平凡な、誰もが把握している当然のなかに、真実はあると私は確信しているのだ。

<了>

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