ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・これからの交渉の話をしよう~第4回目

これまでの3回は「交渉」について話をしてきた。あくまで私流の交渉術だった。私は「交渉」を否定してきた。交渉せずとも良い条件を引き出すことこそが重要ではないか。そのとおり、いくつもの本で書いてきた。そのことを最初に書いた「調達力・購買力の基礎を身につける本」は、多くの賛同と、多くの批判をもたらした。

私は「交渉は不要ではないか」とする考え方からあまり修正の必要を感じない。その意味で、この連載で書きたかったのは「交渉術」よりも「相手にYESと言わせる技術」なのかもしれない。

この連載では、交渉のさまざまなテクニックについては、ほとんど書かなかった。そんなのは覚えられないからだ。それよりも、根本を説明したい。ただし、「交渉においては下準備が大切だ」とだけ語っても「そんなのはわかっているよ」と言われるだろう。もっと、心理学的な役立つ、そして応用の効くアプローチをお話ししたいと思った。

何度も書くけれど、交渉で重要なのは、次の三つのプロセスを踏むことだった。

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1:同化~相手と同化する
・相手と別々の立場ではなく、一致した立場であることを醸成する
・相手に入り込み、同化する
・同化したあとに、交渉を開始する

2:不満~相手の不満(or 要求)を聞き出す
こちらが提案したいことではなく、まず相手の不満(か要求)を知る
なぜ、その不満を抱くようになったのか、その要求を抱くことになったのかを知る
不満(か要求)を完全に聞き出したのか確認する

3:合致~不満(or 要求)に合う提案を行う
相手の不満(か要求)について、こちらの認識が正しいか確認する
相手を満足させるような提案を行う
クロージングする

今回は、この3.「合致」である(バックナンバーをご覧いただける人は読んでほしい。1ヶ月の無料期間中のかたは、もうちょっとお待ちください)。

相手の不満に合致する提案をすることができるか

ここで調達・購買担当者が、たとえば社内の設計者に新規サプライヤーの提案をする場面を想定しよう。新規部品であってもいい。安いからだとか、調達・購買戦略上の狙いがあるからだとか、さまざまな理由があるに違いない。

そのとき、社内の設計者たちになんと言っているか。

多くが「サプライヤーの紹介」や「そのサプライヤーの強みの紹介」をしているのではないか。あるいは、そのサプライヤーを使うべき「調達・購買戦略の説明」かもしれない。

しかし、これではいけない。サプライヤーの紹介が不要だといいたいわけではない。調達・購買戦略を語る必要がないといいたいわけでもない。ただ、この通常の流れでは不足することがある。それは、相手の不満や悩みごとを聞き出せていないのだ。

たとえば、あなたがドリル屋だとしよう(こんなことはありえないだろうけれど)。ドリルを買いにきたお客に「こんな安いドリルがありますよ」「このメーカーのドリルはすごいですよ」と一方的にまくしたてても、それは順序が違う。まず聞くべきは、「なぜドリルが必要なのか」である。「なんでもいいから穴をあけたいのか」「すぐに穴をあける必要があるのか」を聞かねば最適な提案はできるはずはない。

だから、ドリルの話をするときには、まず「何かお困りごとがあるんですか?」と質問することだ。

設計者はすでに多くの部品や部材と対峙している。そこに追加の部品やサプライヤーを紹介されても、めんどうなだけだ。それが自分のどんなメリットにつながるかもわからない。だから、まずは既存の部品や部材の「不満点」「困りごと」を聞き、そこを糸口にするのである。

現状に100%満足している人などいない。なんらかの不満や困りごとを抱えているのが普通だ。だから、そこを聞き出す。「What?(今の部品や部材について、何らかの不満点や困りごとはありますか)」であり、「それを改善できるとしたら、どんな条件が必要ですか?」と質問してみるのだ。

考えてみるに、相手の不満点や困りごとを知らずに提案だけしようとするのは、決定をすべて相手に託していることと同義だ。要するに、それでは「運を天に任せた調達」になっているのである。もちろん、天に任せることも、人生のある場面では必要だろう。しかし、それが恒常化しているとしたら、それはむなしい。

そこから、さらに情報を聞き出していこう。

  • What~何が悩みごとなのか、何を欲しているのか

  • Who~誰が決定権者なのか。あなたに決定権はあるのか。なければ、設計のグループリーダーか、それとも部長か。もし、グループリーダーだとしたら、その人が決定にいたる条件は何か?

  • When~いつから始めるのか。なぜその時期なのか? たとえば、調達・購買部門の提案する新規部品に関して、3月にサンプルが必要だとすれば、なぜ2月でもなく4月でもなく、3月に必要なのか。

  • Where~どこでそれが必要なのか? 場所や部門は、あるいはどの製品に組み込むものか?

  • How~どのように商品が必要なのか? 仕様や条件はどのようなものが必要か。仕様書に書かれているもののうち、譲れるものと譲れないものはなにか。譲れるのだとしたら、仕様をどこまで譲ることができるか。

  • How much~いくらくらいで必要なのか? いくらくらいのメリットがあれば新たな部品や部材を採用検討できるか。

これらを、すべて「満足条件」としてメモしていく。重要なのは、「Who」のところだ。よく調達・購買担当者で「社内にVA/VE提案をした。設計担当者は気に入ってくれたのだが、設計の上司がNGだったようだ」という人がいる。それは残念ながら、このWhoを最初から聞き出せていないのだ。

こうやって聞き出す方法によって、相手は大変に断りづらくなる。だって、自分はこれらの条件で「満足する」と言ってしまったのである。あとは、調達・購買部門として、ユーザー部門(設計・開発部門)の満足条件に合致する提案をするだけだ。

次の打ち合わせのときには、再度確認してみよう。

  • What~「これが困っているんですよね」

  • Who~「あなたが決定権を持っているんですよね」

  • When~「試験のスケジュール上、3月8日にサンプル品があればいいんですよね」

  • Where~「場所は、浅草工場にあればいいんですよね」

  • How~「スペックはこれが必要で、ただし、サイズはこの大きさまでは許容できるんですよね」

  • How much~「かつ、既存品より20%安価であれば、採用検討できるんですよね」

と念押しした上で、「はい、これらに合致する提案を持ってきました」というのだ。

繰り返しだけれど、これはかなり断りづらい。もちろん、この手法をとったからといって、100%を調達・購買部門の好きなように籠絡することはできない。ただし、調達・購買部門の声を社内に通せる確率は高くなる。「運を天に任せた調達」から徐々に脱却することができるのだ。

この連載では、「同化」「不満」「合致」を順に説明し、調達・購買部員が「交渉相手にYESと言わせる技術」を述べてきた。交渉は単純なものではない。ただし、そのなかでも原理となることをご説明できていたとしたら、大変うれしい。

そして、私流の「ほんとうの交渉の話」は、違うところに発展していく。

<つづく>

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