ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)

●2-10 調達購買と産業の空洞化の関係

これまで幾度となく日本企業が直面する問題として扱われてきた産業の空洞化の問題。調達購買部門が空洞化に及ぼす影響や、空洞化を防ぐために調達購買部門ができること、また空洞化の犠牲者とならないためにはどうすればよいか、その解決策を探ります。

まず、前提条件として、産業の空洞化とはそもそもどういった状態なのかについて確認します。

◆産業の空洞化~現代用語の基礎知識2014より引用

ディインダストリアリゼーション(deindustrialization)ともいう。主要産業の海外進出にともない国内の産業活動、特に製造業が衰退に向かうこと。急激な円高傾向や貿易摩擦の激化などによって輸出が停滞する中で、わが国の代表的なハイテク輸出産業の現地生産化に拍車がかかった(1980年代後半)。さらに国内の高コスト構造による国際競争力の低下から、全産業にわたって生産拠点が海外へ移動する傾向にある。産業の海外展開・現地生産化の進行はわが国の地域的産業・経済の均衡を損ない、マクロ的な産業・経済活動にも支障をきたすと空洞化が危惧されたが、実態の推移をみると、国際分業が進み、産業の高度化は促進されている面もある。東日本大震災・原発事故以降、生産拠点を海外に移動しようと考える企業が増えた。さらに歴史的な円高で海外移転が急速に現実味を帯びてきた。一方、2011年7月に発生したタイ大洪水では大きな被害が発生したうえに、国内に製造技術が残存せず、空洞化の脆弱性を改めて思い知らされた。

上記の引用にも「産業の高度化」とのプラス面に言及しています。ここでは、調達購買部門にとっての産業の空洞化にフォーカスして考えます。

☆調達購買部門が空洞化を促進している一面も

日本企業の調達購買部門が海外に調達先を求めた場合、総需要の拡大がなければ、国内のサプライヤーへの発注量は減少してしまいます。

海外のサプライヤーへ発注する一番の理由は、購入金額の安さです。安い製品やサービスを求める顧客ニーズに応えるためのアクションです。このように、海外に安いリソースがあり品質が同等であれば、高い国内サプライヤーより、海外のサプライヤーを採用はごく自然な流れです。IT技術の発達によるコミュニケーションコストの低減や、新興国の経済発展により、海外にサプライヤーの総合的な能力も向上しています。同じレベル、異なっていても許容できるレベルで、かつ価格が安ければ、調達購買部門は、顧客ニーズに応えるために海外のサプライヤーを採用し、結果的に産業の空洞化を進めざるを得ない、そんな側面をもっているのも事実です。

☆産業空洞化を抑制する調達購買部門の役割

一方、サプライヤーから提出された見積書の金額のみで、国内と海外双方のサプライヤーを比較して、発注先を決定してはなりません。見積金額だけで海外サプライヤーに発注先を決定したために、さまざまな問題が生じてきました。たとえば、海外サプライヤーから製品の納入を受ける場合、国内サプライヤーからの納入に比べ、輸送に費やす時間は長くなります。空路、海路、陸路での輸送、通関作業と、より多くの輸送プロセスを経過して納入されます。海外サプライヤーから製品(モノ)を購入する場合は、輸送リードタイムは長くなります。また、そもそも技術・品質レベルで国内サプライヤーに見劣りする場合、安さの裏には、不具合発生率が高まるといったリスクが含まれている事実も忘れてはなりません。

日本国内と海外のサプライヤーを比較する場合、見積金額だけでなく、発注者として納入が完了するまでに発生するコストや、金額に含まれるリスクを見越したトータルでの判断が求められます。調達購買を正しく進め、業績への貢献をおこなうためには、見積金額だけでなく、総合的な判断によって、サプライヤーの選定が必要です。2013年現在、総合的な判断をおこなった場合、日本国内のサプライヤーも、まだまだ魅力的である場合があります。目先の金額に踊らされない判断基準の採用が必要です。

今週、IMD(国際経営開発研究所 International Institute for Management Development:スイスに本部を置く調査研究機関、ビジネススクール)から「2014年世界競争力年鑑」が発表されました。日本は、昨年の24位から21位へと順位を上げました。このページから無料で概略データがダウンロード可能です。 同類のデータは、世界経済フォーラムの「The Global Competitiveness Report」があります。こういったデータによって、まず国レベルでどういった競争力を持つのかを理解します。まず、新興国とか発展途上国といった「とらえ方」から脱却します。その上で、国レベルでは判断できないサプライヤーごとのレベルを見極めます。

☆自らが「空洞化」の犠牲者にならないために

調達購買部門は、モノづくりなど生産活動のために「社内にないリソースを社外から確保する」サービスを社内へ提供して成り立っています。つまり、社内的には調達購買部門自体が、生産活動やサービスを提供する主体ともいえるのです。であるならば、調達購買部門そのものが、海外へ移転して、空洞化する可能性もあります。産業の空洞化は、生産現場だけで起こるものではありません。一昨年には大手電機メーカーで、調達購買の拠点のシンガポール設立がニュースになりました。また、いろいろな企業、製造業や商社でIPO(International Procurement Office)の拠点をシンガポールに設置する例を多く耳にします。今はIPOかもしれませんが、調達の拠点となってもおかしくありません。したがって、同じサプライヤーを相手にして、同じようなものを買い続けているだけでは、調達購買業務が成り立たなくなります。

事実、既に一部の調達購買業務を、LCC(Low Cost Country 労働力が安く低い価格で仕入れられる 発展途上国・新興工業地域)へと移管している企業もあります。ただ見積を入手して発注する業務だけでは、日本人の給料は高くなりすぎているのです。気がつけば、サプライヤーだけでなく、自分たちの業務そのものが海外への移管対象となってしまう事態は、すぐそこまで来ています。そのような事態に陥らないためには、調達購買の主な仕事である「買う」だけでなく、従来よりも仕事の範囲を少し大きく捉える必要があります。これまでサプライヤーを競争させ、有利な購入を実現すれば良かった調達購買部門も、グローバル化の進展の中で、効率性や優位性を求められるようになっているのです。

<つづく>

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