調達・購買担当者の意識改革ステップ・パート3「調達プロセス知識」(坂口孝則)
・調達プロセスとは
解説:
意識改革のために:
調達・購買業務に絶対的な「型」はあるのでしょうか。ありません。私が書いているような教科書はあります。しかし、業種業態や会社規模、サプライヤとの関係もさまざまですから、調達・購買担当者は考え抜き「自社に最適な調達手法や調達プロセス」を模索せねばなりません。
考えてみれば、調達プロセスは単純なことです。仕様書がある、サプライヤがいる、見積もりをとる、注文する、納品され支払い処理が完了する……。たったこれだけのことが上手くいかない。苦しみ、もがき、投げ出したくなるほどです。しかし、その苦しみのなかでも、よりよくする努力を怠ってはいけません。改善なき業務は、おなじ苦しみを生むだけだからです。重要なポイントは、Sourcing(ソーシング)であってもPurchasing(パーチェシング)であっても、その手法は日々進化すべきだと考えることです。
今回は、この調達プロセスについて詳細を語るのではなく、自社にあった調達プロセスを模索するときに重要な考えかたについて述べます。
・調達プロセス模索の際に重要な心がけ
1.失敗は存在しません。存在するのは教訓です
同じことを繰り返して、違う結果を求めるひとを精神異常者と呼びます。よりよい調達を目指すにはさまざまな手法を試す必要があります。そのなかできっと上手くいかないこともあります。しかし、それは失敗ではなく学習の機会です。
2.その教訓を習得していなければ、同じ学びが何度も訪れます
さきほど書いたとおり同じ苦しみを繰り返すひとがいます。たとえば、見積もり入手を繰り返していると、足りなかった条件や、失敗した項目があります。たとえば発注数量が見積り段階よりも少なくなり引き取りを要求されたりとか、品質保証について齟齬があったりとか。それを次回の見積依頼時の条件表に追加するのです。同じミスを繰り返してはいけません。仕様書上での不足項目は設計者に書き足してもらいましょう。教訓を習得できなければ、同じ学びが何度も訪れるのです。
3.調達・購買をやっている限り、学習は終わりません
調達・購買とは、大げさにいえば、世の中のすべてに関わります。中国リスク、震災、法規制、業界規制、新技術、新興国の台頭……。何をやったらおしまい、ということにはなりません。それだけ広い分野に接する稀有な業務です。
4.「あっちの業界の調達」「こっちの業界の調達」がラクなんてことはありません
大手自動車メーカーは調達がラク、大手電機メーカーは調達がラク、サプライヤはなんでも大手の言うことを聞く……そんな幻想が蔓延しています。しかし、超大手も超零細の調達もそれぞれ経験した私からすれば、そんなことはありません。もちろん交渉力に違いはあります。しかし、調達にラクはありません。自身の立場を悲観せず、できることに全力投球すべきです。
5.ムカつくサプライヤばかり、ムカつく設計者ばかりいたとしたら、あなたがそうだからです
「サプライヤが言うことを聞かない」「社内が言うことを聞かない」と愚痴ばかりいうひとがいます。しかし、多くはあなたに問題があります。情報をちゃんと提供し、考え抜き、論理的に話せば、きっと1%ずつでも相手は動いてくれるようになります。接する他者はすべて自分の鏡です。
6.会社とか部門がどうであっても、野心さえあれば道を切り拓くことができます
「会社にビジョンがない」と嘆くよりも、自分自身のビジョンを確立せねばなりません。野心を持つこと、は時代錯誤ながら重要な心がけです。
7.これからぶち当たる調達業務の問題の答えは、本のなかにはありません。2時間でも1時間でも良いので、一人で考えることです
「少し考えましたが解決策を思いつきません」と上司に相談するひとがいます。はたして何個くらいの策を考えたのでしょうか。5~6個では、そもそも考えたといいません。問題には考えるのがもっとも効果的です。
・若き調達・購買部員のために
ここで、私が最初の会社に入社したとき、部長から聞いた(私にとっては感動的な)話がありますのでシェアしておきます。配属されてすぐに聞いた話です。
「大きなことを成し遂げようと思って入社しただろうが、この部門はもっとも目立たない部門だ。したがって、謙虚さを学ぶために資材部に入ったと考えてほしい。
サラリーマンとして金を多く稼ぎたいだろうが、他部門にくらべて認められる残業時間が少ない。したがって、業務をいかに効率的にこなすか考えるために資材部に入ったと考えてほしい。
自分自身の業績が目立つビジネスマンになりたいだろうが、この仕事は他人に動いてもらうしかない。製品が成功しても、まず資材部のおかげだと感謝されることはない。
入社前のイメージと、実際の仕事はおそらく違う。入社前に求めたものはおそらく手にはいらないだろう。しかし、努力次第ではまったく違った喜びを見つけられるだろう。そのためには、楽しいことをやるのではない。やることを楽しむ必要がある。会社にいる先輩は、あなたを教育するために存在するわけではない。先輩が何も教えてくれなかったとしても、責任はあなたにのみあるし、仕事をどう広げていけるかもあなたにのみかかっている。
そして矛盾するようだが、それでもなお、この仕事に野心を持ち続けなさい。それでは、今日から頑張ってください」
これがそのときのスピーチを完全に再現できているかわかりません。おそらく口調は違っているでしょうし、内容も漏れがあるかもしれません。ただ、このときのメモはずっと私の頭のなかにあります。人との出会いだけが一期一会なのではなく、言葉も一語一会ともいうべき出会いがあります。あのときたまたま聞いた言葉、不意に飛び込んできたフレーズ。それらが私のいまを形作っているのかもしれません。
また(後日だったと思いますが)、こう言われました。最初に聞いたときには、なんとヘンな指針だろうと思ったものの、いまだに私を支えてくれています。
「会社は、会社のために働けという。忠誠心を持てという。しかし、それは無理な話だ。ただ、自分のために働けといったって、長続きしないかもしれない。自分のためだけなら、怠けてもいい、と思うかもしれない。そんなときには誰かのために働きなさい。あなたには彼女がいますか。それなら、会社で活躍して、彼女をいつかラクにしてあげたいと思いなさい。彼女がいなくても、母親はいるだろう。活躍している姿を見せたい、と思って母親のために働きなさい。もし母親が他界していたら、美人な同僚のためでもいい、設計者のためでもいい。誰かのために働きなさい」と。
・瑣末なトラブルを超える意味づけが必要
22歳のころ、毎日のようにサプライヤから電話がかかってきました。「こんな程度の数量で安くできるはずないでしょ」「こんな短い納期で納入は無理っしょ」「おたくの品質基準は厳しすぎですよ」「イヤなら発注しないでください」「生産打ち切りますんで、もう納品できません」。
また、おなじく社内からも電話がかかってきました。「なんであんなに高いんだ」「サプライヤと癒着でもしてるんですか」「いつ納入されるんだ」「なんであんなサプライヤにしたんだ」「俺のいうことを聞け」「すべて資材部のせいだ」。
Sourcing(ソーシング)とPurchasing(パーチェシング)と、かっこ良くいっても、結局のところ業務とはこういった瑣末な事象の集合体です。しかし、それでもなお「野心を持ち続けなさい」と。そして、「よりよくする努力を怠ってはいけません」と。おそらく、そのためには一つの意識改革が必要なのだろうと、私は思います。業務を、調達・購買部門のためではなく、「違う誰かのため」へと転換すること。そうすると、苦情やトラブルも愛すべきものに感じられるでしょう。
ところでみなさんには誰かのために働いているでしょうかーー。
<了>