ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回も前回の増刊号に引き続き、調達・購買の5×5マトリクスを使いながら、調達・購買スキルや知識を紹介していく。私は、調達・購買人員として、この25のスキル・知識を修得することを勧めている。

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今回は、「サプライヤマネジメント」のC「サプライヤ収益把握」だ。これまでサプライヤの評価や集約をやってきた。それ以降、それぞれのサプライヤが適切な利益を確保しつつ企業活動を営んでいるかを管理していく。どちらかというと、今回のC「サプライヤ収益把握」はサプライヤの体質が健全かどうかを見るもので、次回のD「サプライヤ倒産対応」は危機的なケースに対応するものだ。

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・そのサプライヤ収益管理について

まず、前提として調達・購買担当者は経理担当者でもないし、財務担当者でもないことを強調しておきたい。もちろん、彼ら並みに知識を持つことは大切だけれど、調達・購買担当者として必要な知識を述べていきたい。

またちょっとだけ厳密に言うのであれば、正確には収益とは「売上高」とかのことだ。よく、調達・購買部門が「サプライヤの収益管理」というと、「サプライヤの利益管理」という意味で使われる。「サプライヤが赤字にならないように管理しよう」というわけだ。正確には収益に利益という意味はない。ただ、ここではサプライヤの売上高や利益を最適化していこうという拡大的な解釈において「サプライヤ収益管理」を使っている。

まず、そんなところからはじめていく。下の表は、企業の損益計算書を示したものだ。

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会社はどこまでいっても、一つの計算式に左右される。それは、「収益―費用=利益」というものだ。さきほど、「収益」とは<「売上高」とかのことだ>と書いた。収益とは、売上高だけではなく特別利「益」なども含む。費用や利益も同じで、損益計算書にはそれらがいくつも表現されている。加えて、利益とは「儲け」のことだけれど同じく複数存在する。費用とは、いわゆる「コスト」のことで、これも複数表現する。

数えると、「5個の利益、4個の費用、3個の収益が存在する」といわれる。このうち重要な利益と費用の意味はあとで解説するとして、それだけ多くの種類があるんだということを覚えてほしい。

さて、いよいよ損益計算書だ。コツは下から見ること。なぜならば、下には、当期純利益という最終的な儲けを示す額が記載されている。会社は利益を追求するところだから、まずはそこから見てみるわけだ。そこから上に登っていこう。

・当期純利益:税金も引いた事業の最終的な利益
・経常利益:財務活動を含め、その会社が達成した利益
・営業利益:本業で達成した利益
・売上総利益:粗利益とも呼ぶ、売上高から売上原価を引いた利益。

サプライヤの決算書(損益計算書)を入手したら、このそれぞれの数値を見ていこう。ここで重要なのは一つだけの数字から理解しようとしないことと、利益「率」だけを注目しないこととだ。たとえば、グローバルに点在する工場を活用して急成長した企業について、「売上高の利益率が年率20%から13%に減速」と報じられたことがある。それでも、13%という数字を見れば、じゅうぶんに優良企業といえる。

それに、その13%という数字だって、業界平均とくらべると、かなり優れた数字だとわかるかもしれない。そこでまた使えるのがこの連載で何回も説明した財務省が提供している「法人企業統計」を見ればいい。ここで、同種・同規模のサプライヤの利益率と比較することができる。

そして、費用のところだ。重要なのは4つのうち上の3つだ。

・売上原価:工場の生産や商品の仕入れ対価等
・販売費及び一般管理費:これは営業マンや間接人員のコスト、役員報酬、その他の宣伝広告費やら本社コスト
・営業外費用:銀行等への支払利息等

これらが差し引かれた利益と比べてみてほしい。また可能であれば、売上高と比較した各費用の比率を求める。そうすれば、サプライヤごとの収益構造の違いがわかるだろう。

・そのサプライヤ収益管理について

次に眺めるのが貸借対照表だ。この貸借対照表を使った安全性管理については、サプライヤ評価の項目でお伝えした(バックナンバー増刊65号)。よって、ここでは収益管理の観点から述べていく。

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貸借対照表は、お金をどうやって集めてきたかを示す(これを右側の「貸方」という)。貸借対照表は、集めたお金を何に使ったかを示す(これを左側の「借方」という)。貸借対照表は、Balance Sheetとも呼ぶのは、それを構成する右側の「資産」が、左側の「負債」と「純資産」の合計と合致し、常に平衡を保っているからだ。杜撰な会社の会計監査では、この右と左の合計があっていないことがある。こんな会社がバランスを保っていないことは言うまでもない。

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閑話休題。そこで、収益管理での指標は次の二つだ。これには、貸借対照表だけではなく、さきほど説明した損益計算書も利用する。

・ROE(株主資本利益率)(%)=当期純利益÷株主資本×100

これは、株主資本を元に、どれだけ効率的に最終的な当期純利益を生み出したかを見るものだ。

・ROA(総資本利益率)(%)=利益÷総資産(総資本)×100

これは、負債を含めた総資本が、どれだけ利益を生み出しているかを見るものだ。

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これも同じく、サプライヤの単年決算書だけでは優劣はわからない。複数年、あるいは同業他社との比較が必要となる。ただ、おなじく自分がつきあっているサプライヤをいくつか分析してみると、その稼ぐ力が異なるとわかるだろう。

ところで、このROE(株主資本利益率)とROA(総資本利益率)という考え。ちょっと前まで、よく目にするのはROEのほうだった。これは、文字通り「株主資本」の利益率だから注目されやすかったのだ。「会社は株主のものなんだから、利益を株主に還元しろ」と正論をいうひとがいた。だから、これからはROEを重視すべきというわけだ。

しかし、私の考えは少し違う。調達・購買担当者としては、ROEよりもROAを重視したほうがいい。なぜなら、企業は株主だけで成り立っているわけではなく、お金を貸してくれている銀行も含めて成り立っているからだ。ROEだけを重視することは、銀行の軽視ともいえる。ROAのほうが、総合的な効率性を見ることができる。

・キャッシュフロー計算書について

ここからはご興味ある方のみに伝える。キャッシュフロー計算書についてだ。さらにつっこんだサプライヤ収益管理をしたいひとのみお読みいただきたい。

つきあっているサプライヤが上場企業の場合、決算書にキャッシュフロー計算書があるので同じく眺めてみよう。これも面白い情報があふれている。キャッシュフロー計算書とは、現金の流れを示したものだ。あまり難しい説明は止めておくけれど、損益計算書で示すのは「売上高」というとおり、「売った分」を集計したものだ(つまり在庫になったものは含まれない)。それに、貸借対照表はその時点の資産・資本はわかるけど、その過程がわからない。

そこで考案されたのがキャッシュフロー計算書だ。このキャッシュフロー計算書では、企業の各活動における「現金及び預金」の増減を表現する。

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さらに、キャッシュフロー計算書は、会社の現金の増減を (1)営業活動 (2)投資活動 (3)財務活動 にわかれることを覚えてほしい。ややこしいよね。サプライヤの収益管理のためにどれだけの知識が必要なのか。でも、お読み始めているので、もうちょっとだけお付き合いいただきたい。

簡単にいうと、

・営業キャッシュフロー:本業から生じるお金の増減のこと
・投資キャッシュフロー:設備を買ったり有価証券を買ったりして生じるお金の増減のこと
・財務キャッシュフロー:資金調達や借金返済によって生じるお金の増減のこと

企業での流れは、次のようになる。

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当然ながら、まずは物が売れることでお金が入ってくる(①)。そして、借金を返済したり、逆にお金を借りたりする(③)。その後、設備を買ったり有価証券を買ったり、あるいは売ったりする(②)。これらの活動では、お金が増えることもあれば、減ることもある。それを、「キャッシュインフロー」と「キャッシュアウトフロー」という。

・ キャッシュインフロー:実際に受け取ったキャッシュのことで、キャッシュフロー計算書上では、「+(プラス)」に作用する
・キャッシュアウトフロー:実際に支払ったキャッシュのことで、キャッシュフロー計算書上では、「-(マイナス)」に作用する

このようにして見ていくキャッシュフロー計算書だが、それぞれの項目の増えた減ったによって、企業の傾向を見て取ることができる。そこで、典型的なものは次の通りとなる。

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・問題のないキャッシュフロー計算書:本業で得たキャッシュ(営業キャッシュフロー)で、投資と財務をまかなっている。これは、理想形ともいえるもので、健全な企業を指す。

・成長期に見られるキャッシュフロー計算書:本業で得たキャッシュ(営業キャッシュフロー)に加えて、財務活動をプラスとしている。つまり、財務活動でどんどん借入しているわけだ。そして、投資活動がマイナスということは、さらにどんどん投資をしている(だから投資によってキャッシュフローがマイナスになっている)。事業拡大を狙う姿がよくわかる。

・危険な企業のキャッシュフロー計算書:本業で得たキャッシュ(営業キャッシュフロー)がマイナス。それにもかかわらず、財務活動でプラスにしている。加えて、投資活動でプラスにしている(設備や有価証券を売ることで、投資活動でキャッシュフローがプラスになっているのだ)。

これは、すべての項目をプラスにしろというわけではない。なぜなら、投資をまったく行わなかったら、企業は継続した成長ができない。もちろんキャッシュを残すのは大切だけれど、そのキャッシュフロー内で投資を行っていくことも大切だ。バランスが大事とはよくいったものだ。

・ややこしいサプライヤ収益管理ではあるけれど

ここまで、サプライヤ収益管理をやってきた。衒学的なところも多かったため、じゃっかん大変だったかもしれない。これらは、実際の決算書を見ながらではないとわからない。だから、まずは何かの決算書を手に入れて、あれこれと試行錯誤してほしい。

それでさらに繰り返すと、これら収益管理の各種指標は、一つの数字では何も語れない。複数のサプライヤ分を分析し、可能ならば時系列で並べてみること。そうすると、あるサプライヤが悪くなったことも、良くなったことも理解できるだろう。

本章では、「調達・購買担当者は経理担当者でもないし、財務担当者でもない」とはじめた。そのうえで、調達・購買担当者として必要な知識を述べてきた。最低限、この知識は身につけてほしい。そして何よりも、サプライヤの決算書を分析することは楽しいことを私は伝えたいのだ。

そして話はサプライヤの倒産対応に進む。

 <つづく>

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