あらためて5Sについて(牧野直哉)
先日関東購買ネットワーク会で、このメールマガジンの共著者である坂口さんと一緒にトークライブを開催しました。たくさんの方にご参加頂きました。ほんとうにありがとうございます。
トークライブのトピックの一つである「5S」。会場では「あるビデオ」が流されました。そのビデオでは、製造現場に入ったコンサルタントが、作業員に一生懸命指導する様子が映し出されています。そして、指導を受ける作業員たちは、まだその意義を見いだせていません。それは作業員の態度にありありと表現されています。
ビデオには、なにかの空き箱による「工具入れ」が映し出されています。サイズの異なる工具の入っている様は、雑然として、素人では判別不能です。その部分を引き合いに、コンサルタントは、5Sの一つである「整理」を強く勧めます。ところが作業員たちは反発します。そこで、コンサルタントはあるサイズの工具の取り出しを作業員へ指示しました。作業員はいとも簡単に、そして正確に指示されたサイズの工具を取り出して見せます。また別の作業員へ指示しても、同じように正確に取り出されていました。
私には5Sにまつわる忘れられない思い出があります。ある新興国の日系メーカーを訪問した際の出来事です。その工場では、5Sがいうなれば「過度」に徹底されていました。例えば挨拶。工場でキー工程を見ていると、おのずと作業員と目が合います。その工場では、作業員と目が合うたびに「御安全に」と挨拶していました。ほぼ同じ場所にいて、同じ作業員と目が合うたびに「御安全に」です。その作業員と私は何十回となく「御安全に」を繰り返し挨拶していました。
トイレ、下駄箱、食堂、廊下やロッカーといった、直接作業とは関係ない場所にも、徹底的に5Sの考え方による掲示がおこなわれていました。例えば、外履きの下駄箱への入れ方、食堂における食器の片付け方、廊下の歩き方、人とのすれ違い方という具合に、なにもかもです。この工場を訪問したのは、いまから6年ほど前です。しかし、こうやって文字にすると、当時の光景が鮮明に思い出されます。それほどに衝撃的でした。
その工場の製品は、その国の一般的な同業種の性能・品質レベルを凌駕する、圧倒的な優位性を持っていました。そして、日本国内製と比較しても、品質に遜色なく、価格は圧倒的に安価だったのです。
担当バイヤーとしては滅多にない経験です。品質レベルは問題なく、価格もはるかに安い。私はすぐに国内サプライヤーへ100%だった発注を、50%ずつの並行発注にしました。一年後には海外メーカーへの発注割合を85%にまで引き上げます。日系とはいえ海外メーカーだからと疑心暗鬼だった品証部門も、工場監査をおこなって太鼓判を押していました。
そして元々発注していた国内メーカーです。今回の記事を書くに当たって当時の写真を見直しました。5Sと銘打った活動もおこなわれていましたが、目立った特徴はなく、平均的な合格レベルの整理整頓が保たれた工場です。さて、いったいなにが海外サプライヤーと異なっていたのでしょう。
それぞれの従業員の熟練度を比較すると、国内メーカーに軍配があがります。双方の工程を比べても、作業指示書の量が違います。ある工程では、国内メーカーがA4 1枚に対し、海外メーカーではA4 3枚もの作業指示書が掲示されていました。国内メーカーの熟練度の高い作業者には、経験に裏打ちされた知識を持ち合わせています。一方、熟練度に不安のある作業者を抱える海外メーカーは手取り足取りを示す作業指示書がありました。
海外メーカーを訪問した際に、何十回と交わした同じ作業員との挨拶。作業員は、挨拶の持つ意味を理解していなかったでしょう。でなければ、何度も同じことをくり返すはずもありません。きっと目が合う、すれ違うときには挨拶をすることが厳しく決められ、励行されていたのでしょう。一回挨拶をしたらもうしなくて良いとか、そんなことは指示されていないのです。同じように、各工程に掲げられた作業指示書に書かれたことは、厳格に順守した作業をおこなっていたのです。結果、熟練作業員を抱えた日本企業と同じようなものづくりを実現させていたのです。
私の経験は、5Sの励行が高度な熟練という優位性に追いつく一要素になることを示唆しています。5Sの中で語られる整理整頓とは、作業員の作業環境にとってプラスに作用する前提があって行われるべきものです。作業しやすい整理整頓の実現には、創意工夫の積み重ねが必要でしょう。まさに熟練度合いが試されます。5Sの実行をともなって培われた熟練度と、際限のないトライ&エラーで培われた熟練度。一定の熟練度合いに達するスピードには、大きな差が生まれるはずです。今回のビデオでは、作業者が手さぐり、まさに触覚で指示された工具を取り上げていました。使用頻度を踏まえ、作業位置までの移動距離が最少となる定位置への保管をまずおこない、その上で作業員が熟練したことを想像してみます。触覚は最後の、念のための確認として、より確実に正しい道具を使用することができるでしょう。作業の熟練度合いが低い場合、5Sの実践は企業の力を底上げする可能性を秘めているのです。