調達・購買担当者の意識改革ステップ・パート7「交渉」その1(坂口孝則)
・交渉とは
解説:交渉とは、教科書的には「当事者双方が、ある限られたリソースをめぐって、ある種の合意に到達しようとするプロセス」です。調達・購買業務は、多くの場合、サプライヤから一度だけ調達しておしまいではなく、中長期関係を前提としています。したがって、競争的な側面ではなく、協調的な側面も有します。概念的にはリソースを拡大し、両社両得になる創造的妥結点を見つけねばなりません。そのように、本来は交渉を通じてWin-Winの関係構築を目指すべきです。ただ、どうしても双方が合意に至らない場合、あるいは、リソースが拡大せずパイを取り合うような場合も、たしかにあります。そのような際には、No Deal(取引しない選択肢)が、両社にとって最善策のケースもあると覚えておきましょう。
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・交渉準備シート作成について
意識改革のために:かつて著作「調達力・購買力の基礎を身につける本」「調達・購買実践塾」等で、「交渉なんて要らない」と書きました。極端に「交渉とはバカがやること」とすら書いたこともあります。これは繰り返しているとおり、交渉不要の状況を創りだすことがベストの意味です。交渉とは、端的に言えば、不完全状態を両社の意思疎通で修正することです。だから、本来は、調達・購買部門は交渉しないでよい仕組みや仕掛けを模索せねばならない、と。その意味で、私の考えに変わりはさほどありません。
しかし、「いや、そりゃもっともだけれど、現実的ではない」などの声もあがりました。まさに「教科書通りにはいかない」のだと。なかには「あなただって、交渉するでしょう」とおっしゃる方もいました。はい、たしかに、私も交渉をします。そのなかで社内説得のプロセスについては最新刊「調達・購買の教科書」でも言及しました。
ただし、ズバリ交渉に触れるのは、逡巡(ためらい)してしまいます。なぜならば、どんな交渉論も、100%属人的な要素を払拭できないからです。このメールマガジンは「理論」と謳っています。よって、これから述べる交渉論は、「理論」というよりも「方針」に近いものです。
では、これから交渉作法や交渉行動について、はじめて説明していきます。私も、交渉戦略・交渉力・交渉術の講師と同じく、交渉シートを作成しています。論より証拠でまず見ていただきましょう。
これをベースに説明していきます。
・交渉準備シート作成4つのブロック
このシートは4ブロックに分かれています。
①問題と目標
②状況分析
③取引項目・選択肢
④結論・方向性
まず、①をご覧ください。上の三つは説明を省きます。「交渉決裂時の選択肢」が二行あります。自分が、交渉をまとめられなかったときの代替策(代替サプライヤ)があるかなどを記載します。時間があれば、相手の選択肢を記します。
次に、交渉結果の幅です。これは、たとえば価格交渉としましょう。相手の見積りが1000円だったときに、「最大」には望まれる最高の目標値を書きます。そして、「最低」には譲れない値です。たとえば、コストテーブルで計算して700円、さらに、サプライヤの競争力を発揮してもらって、600円はいけるはずと思うなら、「最大=600円」「最低=700円」です。できれば、この幅をあらかじめ部門上司と合意しておけば、なお良いはずです。そうすれば、自分の権限範囲で、どこまで譲歩できるかもわかります。
これをBATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement~交渉代替案や交渉限界値)と呼ぶひともいます。ただし、私はそう書いたものの、最低値を意識しすぎるのをススメません。なぜならば、どうしても最低値さえクリアできれば良いと甘さが出てしまうからです。これはあくまでも文字通り「最低」の値だと考えましょう。
次に「相手が知っているこちらの情報」では、交渉相手が把握しているこちらの弱み=交渉において相手に有利に働く情報を書きます。これがその後の対策検討につながります。
②では、さらに状況を深く分析します。「利害」そして「相手」「自分」の「強み」「弱み」を記載しましょう。たとえば、相手が「強み」として特殊技術を持っているとすれば、たやすく価格交渉には応じないかもしれません。ただし、「弱み」として当初は、こちらの目標コストに近づける旨、トップが合意しているかもしれません(あくまで例です)。
くわえて、「相手の規範」です。これは、要するに、相手の信条です。サプライヤは「売上拡大」のみを目指しているのか、「お客へのサービスレベル拡大」を第一としているのか、「先端技術を安価に提供すること」を社是として掲げているのか……さまざまです。これは、相手の行動が、その信条に反していれば強力な交渉ツールになります。
……。
事前準備する項目が多いですよね。
・これまでの交渉論と異なる意見
さて、②までご説明しました。ここで、説明を続けるのではなく、私流の意見を加えます。交渉セミナーなどでは、一般的に、これらの情報を必ず集めるように指示があります。しかし、ですよ。みなさんは、無数の交渉をしています。たしかに大型案件では良いかもしれません。でも、すべての交渉で、これらをすべて埋める時間があるでしょうか?
もし答えが「時間あります」ならば、ここの節は飛ばしてください。「そんな時間はない」のでしたら、私が思うに2箇所だけでも把握してください。シートを使いたくなければ、ノートにメモでもかまいません。それなら現実的なはずです。一つ目は「①問題と目標」の「交渉の幅」、そして二つ目は「②状況分析」の「相手の規範」です。
繰り返すとおり、とくに「②状況分析」の「相手の規範」は強力です。これは、意識しだすとクセになります。ちょっと話はそれるのですが、こんなことがありました。私は大阪で現場力強化のセミナーをやっています。5Sの話をしたときです。お一人のご参加者が「5Sなんて要らない。相手の現場の作業者がどうなっていたって、最終検査で不良品を落としてくれて、安価だったらいいじゃないか」とご意見を述べました。これには、さまざまな反論が可能でしょう。しかし、私は「相手の規範」を常に意識していますので、「しかしそれは『取引先とともに工場現場を改善していく』『現場第一主義』の御社理念に反するのではないですか」と返しました。すると、その方は「いやあ……。そのとおりなんですよね……」と濁すだけでした。
これは論理的に考えれば、かなり飛躍があります。会社や組織の理念内容と、ミクロな問題が常時、合致しているかどうかはわかりません。でも、私たち社員は、大きな正義としての会社・組織理念を持ち出されると、なかなか正面切って反論できません。交渉で、相手がこちらの意見をないがしろにしていたら、「御社は顧客と満足いくまで話しあう、と喧伝しているのに、いまの態度からはそれが感じられません」というべきです。
なにもこれは、相手を陥れる武器ではありません。しかし、理念でなくても、相手本人がかつて語った言葉などは強力な規範になりえます。クセになる、といいましたが、できれば日々、交渉相手となりうるひとや組織の規範を集めることをオススメします。
・不等価交換検討の重要性
閑話休題。また、シートに戻ります。
次に③です。ここでは、「不等価交換できる金銭外項目」とあります。これは文字通り、「金銭的な譲歩ではないものの、交渉を有利に運べ、相手が価値を感じる」項目です。サプライヤにとって、何を価値に感じるでしょう。たとえば、次の案件の競合に優先的に入っていただく権利などはどうでしょうか。さすがに、「値下げしてくれたら、お菓子買ってあげます」などは、大人をバカにした行為であり、「値下げしてくれたら、ウチの美人アシスタントと食事にいきましょう」などはセクハラ・パワハラになりかねません。
調達・購買の交渉においては、正しく価格を査定していれば、自信を持てます。それが交渉力最大の源であるのは疑いえません。と同時に、優秀な交渉者は、この「不等価交換できる金銭外項目」を探せるひとです。各社によって異なりますので、「これが不等価交換可能項目だ」と断言できません。ただ、探せば多くのものが不等価交換に使えるはずです。
またちょっと話がそれますが、私の事例をお話します。私はセミナー会社からセミナー講師として呼ばれる際に、講師料のアップをお願いします(いやらしい話ですが)。そのときに、「セミナー中には、受講者に、(そのセミナー会社の)他セミナー受講をオススメします」と伝えます。もちろん私は、絶対に良いと思うセミナーしか推薦しません。同時に、講師が勧めたセミナーには、申し込みが増えます。そうすると、誰にとってもメリットがあるわけです。紹介するのはタダです。
みなさんも、今日から不等価交換項目を考えてみましょう。
そして、主に金銭的な「取引材料」「譲歩不可能項目」を下に記載していきます。「できればイヤ(NO)」な材料なのか「取引可能(OK)」な材料なのか、そして、それぞれどこまで譲れるのか。これらを明確にすれば、交渉がかなり心理的にラクになります。
最後は、「影響を与える第三者」です。これは交渉の場にはやってこないものの、先方の部長が全権を握っているのか。または、自社内の技術部長から一言いってもらえば価格が下がるとか、さまざまです。もちろん、自社内の第三者が一言サプライヤに声をかければ価格が下るなどの事態は、調達・購買部員として恥じねばなりません。ただ、現実がそうであれば、その現実を見つめ、その段階では逆に利用することもできます。
さあ、まずは交渉準備としてシートに記載しました。④にはシートのまとめを記載します。ここから、交渉の実際に入ります。交渉テーマは次回も続きます。