講演録~これから求められる調達イノベーションとは(牧野直哉)

それでは「これから求められる調達イノベーションとは」と題して、お話をさせていただきます。まず、従来の調達部門の課題から始めます。これまでの調達部門の課題は、買う対象に対して、価格は高いか安いか。納期は早いか遅いか、そして品質に関しては、良いか悪いかといった基準がありました。こういった基準で、調達部門はサプライヤーを評価し、また調達部門自身も、社内から評価を受けていました。確かに社内には無いリソースを社外から調達する役割を担う調達部門であれば、買う対象にまつわる評価基準で良かったのかもしれません。しかし近年、調達部門を取り巻く環境は大きく変化し、こういった購入対象にまつわる価格、納期、品質だけでは網羅できない、さまざまな問題が調達部門に降りかかるようになりました。現在調達部門を悩ますさまざまな課題は、こういった従来型の課題解決方法では対処が難しくなっています。

こういった従来型の課題の捉え方を、調達部門にのみに好ましい「部分最適」と設定します。もちろん価格や納期、品質といったポイントで良好な成果をあげるためには、調達部門の部分最適では達成できません。しかしここで、これから述べる新たな課題を理解するために、あえて部分最適といたします。

現在進行形で調達部門が直面している課題を解決するためには、前後工程を含めた社内のみならず、サプライヤーと顧客まで含めた全体最適を志向する必要があります。例えば、東日本大震災以降、大きな災害が発生すると必ずマスコミを騒がせる「サプライチェーン断絶」問題。こういった問題に取り組むためには、調達部門におけるサプライヤーへの適切なアプローチも必要です。しかしそれだけでサプライチェーンの断絶を防止できるかといえば違います。そういった非常時においてもサプライチェーンを維持するためには、サプライヤーとどのような役割分担をするか、そして社内でも関連部門と協力してどういったリスクヘッジができるのかについて突き詰めて考え、断絶防止策を実行していく必要があります。

皆さん、こんな例があります。調達部門の取り組みによって、サプライヤーを含めた大災害発生時のサプライチェーン断絶防止策が立案されました。実際に何らかの災害が顕在化したとき、サプライヤーは無事でしたが自社の工場が非常に大きなダメージを受けました。サプライヤーからの納品を受けられる状況ではありません。

こういった事態は、リスク顕在化する前、どうやってサプライヤーが非常時においても納入を継続するのかについてばかり考えていると対処できません。少なくとも顕在化するかもしれないリスクに対して、自社とサプライヤーの双方でどのような対策を協力して行うかが重要になるのです。サプライチェーンの断絶を防止する方策を検討するだけでも、調達部門自分たちだけでは適切な対策の立案と実行はできないのです。

また、近年では企業の競争力を構成する要素として、サプライチェーン全体におけるコストであり、納期管理であり、品質管理が必要という考え方が広まっています。自社の事業領域における一つ一つのリソースを個別に見るのではなく、サプライヤーや顧客まで含めた社外のリソースを念頭に置いて、サプライチェーン全体で競争力を確保する必要があるのです。

ここで、非常に大ざっぱに、製造業における競争力の変遷について考えてみたいと思います。

今から100年以上前の1908年に発売されたT型フォード。この時代は自動車の普及期であり、自動車に必要な生産要素は社内に多く存在していました。これは、量産効果によってコストダウンを獲得し利益を最大化させるには最も適した生産体制であったといえます。この時、必要となる調達戦略は、量産効果の獲得によるコストダウンです。内製率が高かったので、社外から今ほど多くの部品やサービスを調達してはいなかったでしょう。どちらかというと購入する対象も今よりシンプルであり、種類やアイテムも今よりはかなり少なかったはずです。こういった購入費の特徴も量産効果を最大化させるには適していました。

その結果、現在もさまざま新興国で生まれている中間層が拡大します。従来よりも多くの給料がもらえるようになった中間層は、ボディーの色が黒の自動車ではなく、赤や青、黄色や緑の車が欲しい、少しでもスピードが速い車が欲しい、少しでもたくさん人が乗れる車が欲しいといった形で、消費者としてのニーズを多様化させていきます。そういった消費者の変化が、多品種少量生産の時代へ移行するきっかけになります。多品種少量生産をキーワードで言うと、専業のサプライヤーを例にした専門化や、分業化によって高度な要求に応える技術の確立、また効率的な生産行うためには、近隣地域に地場産業化したサプライヤーを配置して産業集積の度合いを高める必要があります。そういった形の組立機械工業が、ちょうど1980年代の後半に日本に存在し、日本の高度成長に始まる経済的繁栄を支えました。

このときの調達戦略といえば、分業して専門化したサプライヤーのあらゆる能力を徹底的な活用でした。系列といった言葉で表現される日本的なウェットな企業間関係は、当時の競争力の源泉にもなり、ニーズにマッチした戦略の結果であると言えるのです。サプライヤーの協力会や、サプライヤーとの人的交流を含めた関係性は、その時の時代背景や産業構造にマッチした姿であったと考えられるのです。

(つづく)

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