ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回は前回の増刊号に引き続き、調達・購買の5×5マトリクスを使いながら、調達・購買スキルや知識を紹介していく。私は、調達・購買人員として、この25のスキル・知識を修得することを勧めている。

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今回は、「コスト削減・見積り査定」のC「見積り査定」のつづきを語っていこう。前回は、見積り査定で使える「コストドライバー分析」「コスト構造分析」のうち、前者「コストドライバー分析」を述べた。有料購読者はこれまでのバックナンバーをご参考にしてほしい。なお、無料購読期間のかたは、しばしお待ちください。

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・二つの査定方法のおさらい

ごく簡単に「コストドライバー分析」と「コスト構造分析」をおさらいしておく。前者は価格に決定的な要素(コストドライバー)を見つけて、それと価格との相関から適切な価格を導こうとするものだった。後者は、原価(コスト)要素を一つひとつ積み上げていくものだ。

前回の連載でも似たようなことを書いたけれど、たとえばロープを買うときはコストドライバー分析が使えるだろう。1メートルのロープ、2メートルのロープ、3メートルのロープを調達したことがあれば、たとえば、2.5メートルのロープの価格を類推できるはずだ。この場合は、「長さ」がコストドライバーになる。あるいは、重さ、面積、体積、時間……など、単一の要素で価格を推し量ることのできる調達品には、このコストドライバー分析が適している。

コストドライバーという言葉を難しく感じる必要はない。要するに、価格と比例関係にありそうなものだ。そして、そのコストドライバーをもとに、エクセル等を使用し価格との関係性分析を行う。これは前回の連載の内容だった。

しかし、そんなに簡単にコストドライバーと価格の関係を分析できないことがある。たとえば、複数のコスト要素が存在したり、あるいはコストドライバーと価格が比例関係にない場合だ。そんなときに、コスト構造分析が使える。私がかつて勤務していた企業の米国法人では、「zero-based costing」と呼んでいた。その文字通り、ゼロからコスト要素を積み上げるのだ。材料費はいくら? 労務コストは? 設備加工費は? 金型費は? 経費・利益は?……。と計算し、それらを合算することで同じく適切な価格を導く。

・コスト構造分析の基本

まず、おなじみかもしれないものの、コスト構造分析では次の項目をそれぞれ試算する。

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内容は、「材料費」「加工費」「経費等」「利益」となる。もちろん、最後の二つ「経費等」「利益」の名称は「管理費利益」でも「粗利益」でもかまわない。製造原価にかけるマージンとして考えていただければいい。

たとえば(なんでもいいのだが)、ボールペンの樹脂ケースを調達するとすれば、

・材料費:樹脂(プラスティック)のコスト
・加工費(1):工場作業者のコスト
・加工費
(2):設備加工(射出成形)のコスト
・経費・利益:その他工場や本社の直接・間接コスト

を計算することになるわけだ。

・コスト構造分析<材料費>

そこで、まずは材料費の計算が必要だ。材料費のコスト計算は、次のようになる。

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100gの製品を作るためには、材料を110gとか多めに投入する。生産過程で必ずロスが出るので、製品重量ではなく材料の「使用量」に材料単価をかけあわせよう。

まずみなさんの手元には自分が調達しようとするものの図面があるはずだ。そこに、たとえば1.2Kgという重量が記載していたとしよう。すると、サプライヤはどれくらいの材料量を投入して生産するのだろうか。それは、サプライヤからのヒアリングやこれまでの実績、他社情報などをもとにする。25%ほどのロスが出ているとすれば、1.5Kgほどを投入しているだろう(数値はあくまで例)。すると、上記の図(見積りサンプル)で記載された1.5Kgはさほど間違いがないかもしれない。

そして、次にスクラップ分をマイナスしてもらう。さきほど生産過程でロスが出るといったけれど、そのロス分(端材分)をサプライヤの工場は業者に買い取ってもらうのかもしれない。その場合は、スクラップ分を減算してもらおう。上記の図(見積りサンプル)では、スクラップ分が記載されていない。ということは、サプライヤはロス分を売却できないといっているのだ。これは正しいのだろうか。おなじく、ヒアリング、他社調査を行おう。

では、ここで一つの練習問題をやってみよう。

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答えは、こうなる。

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・コスト構造分析<加工費>

次に、加工費の計算をやってみよう。

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加工費には二つあるが、まず作業者のコスト、組立作業費のほうからだ。ここではまず賃率を求める。賃率とは、その作業社が1秒あたり、いくらかかるかを示したものだ。もちろん、1分でも、1時間でも、1日でもかまわない。用途に応じて計算しよう。ただしく計算しようと思えば、

(作業者にかかるコスト)÷(稼働時間×稼働率)

となる。作業者にかかるコストは、図にあるとおり、給料や賞与などさまざまなものだ。たとえば、そのコストが1000万円として、稼働日数が200日、一日10時間働き、稼働率は100%だとしよう。すると、この作業者の賃率はこうなる。

10,000,000円÷(200×10×60×60×100%)≒1.39円

説明は不要かもしれないが、「×60×60」としているのは、秒あたりの賃率を求めたいからだ。時間あたり賃率ならば、この「×60×60」は不要となる。

しかし、この賃率というのはやっかいだ。というのも、調達・購買担当者がサプライヤの工場を見学するときに、働いている作業者のコストなど計算できるはずがないからだ。

では、いわゆる「教科書」的な説明から飛躍すると、1秒=1円で計算すればいい。作業者が10秒動いていれば10円と計算するのだ。これはわかりやすい指標だと、私は思う。時給3600円、稼働率込みで1日7時間働き、月に22日勤務するとする。そうすれば、月給が55万円くらいになる。この金額は工場作業者の実際と比較すると大きいのだろうか。

JETROのコスト投資評価をもとに考えると、横浜市調査で工場作業者の月額は30万円ほどとなっている。ここから、社会保障費や福利厚生費、退職準備金などを加算する。社会保障費は会社が折半しているため、見えないコストがかかっているからだ。さらに、直接作業に関わらない班長やライン長などのコスト分を加算すると、1秒=1円はさほど間違っていない賃率となる。

なお、これは1秒=1円が絶対に正しいと主張しているわけではないので、注意してほしい。ご興味がある方はコスト投資評価などを調査いただければ、地域差も大きいことがわかるだろう。業種・業態によってもさまざまだ。それに、外国人作業者が多い工場の場合は、この賃率も低くなる。したがって、1秒=1円を簡易的な指標とし、それ以降の深掘りは各自にお任せしたい。

次に加工費のもう一つ。設備加工費の計算だ。

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これは、

(設備購入費+将来にわたってかかると予想される、修繕・税・保険)÷(耐用年数×稼働時間×稼働率)

で計算される。たとえば、分子(設備とそのコスト)3億円として、耐用年数が10年、稼働日数が年間300日、一日10時間動かし、稼働率は100%だとしよう。すると、この設備の賃率はこうなる。

300,000,000円÷(10×300×10×60×60×100%)≒2.78円

この直感的な意味は、10年使う設備があるときに、1秒あたりお客に2.78円を請求できれば設備費がまかなえるということだ。しかしたとえば、10年をこえても使い続ける場合は、お客に請求しているコストが、実際には回収済みということになる。そのような設備を「償却済設備」と呼ぶことがある。逆にいえば、「償却済設備」も動かすことによって、サプライヤは利益を確保する。

ここで、また練習問題をやってみよう。

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・コスト構造分析<経費等・利益>

そして最後に、「経費等」「利益」の計算だ。

建前的には、「経費等」は、製品一つひとつにかかる、その他の直接・間接コストを計算することになる。

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しかし、これは現実的に不可能だ。たとえば、経費として加算すべき一般管理費には役員手当が入っているものの、どうやって計算するのだろうか。ボルト1本を調達しようとするとき、どうやってそのサプライヤの役員手当をその1本に分解すればいいのだろうか。

そこで、よく使われているのは「材料費」「加工費」に一定率をかける方法だ。

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バイヤーとサプライヤがあらかじめなんらかの合意をしておき、そのパーセンテージをかけるのだ。たとえば、材料費100円、加工費100円で、かつ一定率=経費等・利益率=10%で合意していたとすれば、

(材料費+加工費)×経費等・利益率=200円×10%=20円

これが経費等・利益とする。したがって、この査定価格は、200円+20円=220円だ。このようにして、経費等・利益を計算するものの、この率自体は、以前に紹介した財務省が提供している「法人企業統計」を見れば良い(「時系列データ検索メニュー」)。あるいは、個別サプライヤの決算書を見るときは、売上総利益を参考にしよう。

念のために復習しておくと(バックナンバーでは54号だ)、「材料費」と「加工費」は、損益計算書のなかの「売上原価」に入っているから、経費等・利益を見たければ、「売上総利益」=粗利益をチェックするのだ。

と、ここまでコストドライバー分析と、コスト構造分析を説明してきた。

査定とは、見積書を眺めて終わりではない。各種のデータを照合すれば、適正なコストを探求できる。見積査定は、何をやったら終わり、ということはない。自分が納得できる査定根拠は何か。多面的な材料から判断していこう。査定の次には、開発購買論に入っていこう

 <つづく>

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