ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
●大きな環境変化への対処2~調達購買部門における社会的責任の確保
CSR調達の実践には、持続可能性に加え、もうひとつの柱となる社会的責任の確保があります。調達購買をおこなう上で、継続的で日常的な業務の中に、社会的責任を全うする取り組みを落とし込んで、リスクの顕在化を防ぎ、企業としての社会的な信頼の向上に貢献しなければなりません。
ここで、企業の社会的責任とはなにか、について考えてみます。コトバンクには株式公開用語辞典として、以下の通り解説されています。
企業がさまざまな活動をおこなうプロセスにおいて、利益を優先させるのではなく、ステークホルダーと の関係を重視しながら、社会に対する責任や貢献(社会的公正性を保つことや、環境対策を施すことなど)に配慮し、長期にわたって企業が持続的に成長することができるよう目指すことを経営戦略として捉え、そのように社会での役割を果たさなくてはいけないという社会側からの要請のことを意味する。企業にとっても、このような社会的責任を果たすことは、環境効率向上によるコストの削減、技術革新、企業イメージの向上を通じたブランド価値が向上するなど、さまざまなメリットがあると考えられている。
このような考え方は、近年になって新たに登場したのではありません。シンプルで日本人になじみ深い言葉に近江商人の「三方よし」があります。「三方」とは、「売り手、買い手、世間」を指します。「売り手」の都合=利益だけを目的に商売をするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商売を通じて地域社会の発展や福利の拡大に貢献しなければならないとされています。そして「企業の社会的責任」との言葉は、既に1970年代に新聞紙上に登場しています。以降、時代によって企業の社会的責任が問われるポイントが変化しています。
1960年代 公害被害
1970年代 石油ショックおよび変動相場制への移行の企業による便乗値上げ、買い占め、売り惜しみによる狂乱物価
1980年代 住居の兎小屋、長時間労働、男女間の不平等処遇といった従業員処遇の改善
1990年代 証券会社の大口投資家への損失補填、建設業界の談合
2000年代 食品会社の食中毒、産地偽装、自動車メーカーのリコール隠し、原発のトラブル隠し、株主への虚偽報告
そして2010年代の今を考えます。昨年もホテルや百貨店での食品偽装が発覚しました。2000年代後半に発覚した問題では、食品業界の「常識」といわれていた「偽装」が大きな問題になりました。昨年の問題も、ほぼ同じ構図です。こういった事件かられわれは、これまでの常識と企業の社会的責任をあわせ考えて、正しい対処を見極めなければなりません。「昔からやってきたこと」だからといって、許されずに糾弾される可能性があるのです。この点は、CSR調達を考える上で、非常に重要なポイントですので、忘れずに押さえておきましょう。
☆CSR調達の実現ステップ
それでは、調達購買部門でのCSR(企業の社会的責任)をどのように実現するのか。次の3点がポイントとなります。
(1) これまでの取り組み状況の確認
2000年代に入って、企業内にCSR対応をおこなう部門の設立が相次ぎました。上場企業であれば、これまでになんらかの取り組みをおこなっているはずです。したがってCSR調達の実現に際しては、今後の取り組みのポイント掌握や、漏れている内容=リスクを特定するために、これまでの取り組み状況を掌握します。具体的には次の内容を確認します。
① 従来の調達購買管理で行なわれている内容
1) 購入物の品質と安全性は具体的な内容で、正しい手順で確保されているか
2) 損害賠償責任につながる法令違反はないか
② 既存の企業運営管理で管理されている内容
1) 適正な労働環境の下で購入品が生産されているか
2) 環境への配慮が適正に行なわれているか
(2) 法令調査
法令順守はCSR調達の基礎的な条件です。日本企業であれば、まず日本国内の法令順守を徹底します。その上で、グローバル調達の進捗度合いにより、国ごとに異なる労働基準や環境保護規制を踏まえ、日本国内との違いを理解しなければなりません。進出先がどのような状態にあるかを、以下の通り掌握します。
① 法令の体系に日本との差異は無いか
② 法令が存在するかどうかの違い(日本には法令あり、現地にはなし)
③ 適法基準の違い(日本では適法でも、現地では違法)
④ 法令の運用基準が異なる
現地での経験の乏しい進出時の現地状況の掌握には、情報提供をおこなうコンサルティング会社の活用して実現します。
(3) サプライヤーの調査
具体的な活動内容を定める際には、サプライヤーの現状掌握も不可欠です。初期段階では、書面による調査と訪問調査を並行的におこないかつ活用して、全体感の掌握に努めます。
調査・確認に際しては、サプライヤー評価項目に、従来の能力確認に加えて、以下の評価内容を加えます。
① 製品安全性の担保
② 法令順守への取り組みの具体的内容
③ 従業員の労働環境における法令確認と順守状況
④ 事業にまつわる廃棄物の適正な処理と、持続可能性への配慮
日本国内のサプライヤーであれば、同じ法令の下で活動していますので、調達購買部門としての見る側と、サプライヤーの見られる側の条件が同じです。したがって、いきなり順守状況からの確認でも問題ありません。しかし、海外のサプライヤーの場合は、法令の整備状況が、そもそも日本と異なっています。私の営業時代の経験では、環境への配慮に関する問題で、こんな例がありました。ある国の環境規制は、日本のそれと同等か、項目によってはそれ以上の内容になっていました。しかし、現地に厳しい環境規制で定められた数値を確認する各種計測器が完備されておらず、規制は形骸化していました。当時は笑い話でしたが、当然計測器は完備されてくるのは容易に想像できます。日本でも、かつては問題化しなかった内容が、時の経過と共に問題となるケースがあります。したがって、過去に良かったから、今も変わらずに良いだろうとの考えは危険なのです。
☆CSR調達実現の基本方針を設定する
CSR調達の実践を、社内とサプライヤーに説得力をもって伝え、実現へ向けた協力を各方面より仰ぐためには、バイヤー企業の経営理念や企業行動指針をベースにしてCSR調達基本方針を設定します。具体的には、以下に示した内容を含めます。
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<つづく>