ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)
・25のスキルと知識がバイヤーを変える
今回も、「調達・購買担当者として必要な25の知識・スキル領域」のマトリクスをもとに説明していく。この連載では、25のスキルを一つずつ解説している(新規購読者の方々はバックナンバーを見ることができるまで、1ヶ月お待ちいただきたい)。
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今回は連載の13回目だ。今回は、「コスト削減・見積り査定」のB「競合環境整備」を説明したい。コスト削減のためには、サプライヤ同士をただしく競争させる仕組みづくりが必要になる。そして戦略ソーシングの考え方を知ることによって、場当たり的ではないサプライヤ選定が可能となるはずだ。
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・競合環境整備に必要なこと
「コスト削減・見積り査定」のA「見積り様式整備」は本メールマガジンの62号に書いているので参考にしてほしい。コスト削減の基礎として、まずは見積り様式を整えることが必要だった。こちら(バイヤー企業)が規定したフォーマットで見積りを入手すること。それにより、見積明細を知ることができるし、サプライヤ間の比較が容易となる。
そのうえで、調達・購買部員が意識すべきは、「サプライヤ・価格決定の標準化」だ。調達・購買担当者のさじ加減一つでサプライヤを決めてしまえば、恣意性しか残らない。少なくとも調達・購買部門とは、企業のなかでコストの番人であるべきだ。その番人が、何のルールも基準もなくサプライヤ・価格を適当に決めてしまってよいはずがない。何によってサプライヤが決まるのかわからなければ、サプライヤだって競合に参加しなくなってしまうだろう。
その「サプライヤ・価格決定の標準化」のために、私があげたのは次の3点だ。
これが「競合環境整備なのか?」と思うかもしれない。「競合環境整備」とは、むしろ「たくさんのサプライヤを見つけてきて、競合に参加させること」だと考えているひともいるだろう。しかし、私はそう思わない。むしろ、もうサプライヤ数はじゅうぶんに過剰なのではないだろうか。これから集中と選択によってサプライヤを絞る必要があるのに、サプライヤ候補をただただ拡大することに意味があるだろうか。それよりも、既存のサプライヤの実力を最大限に引き出すほうが先ではないだろうか。
もちろん、私は新規サプライヤの参入を否定したいわけではない。そうではなく、「競合環境整備」というときに、既存のサプライヤのフル活用が第一にあるべきだといいたいのだ。ちなみに、某社では「工場から50km圏内のサプライヤを使え」と経営層から指示があったという。これは二つの意味があった。一つ目は、物流コストを抑えるため。もう一つは、身近なサプライヤの実力をちゃんと把握しているのか、と担当者に問うたのだ。調達・購買部門は何かあると新規サプライヤを探したがる。しかし、新規サプライヤを探すのは、既存のサプライヤの実力を徹底的に研究し、徹底的に引き出したあとであるべきだ、と。
1.価格だけで決定できる状況をつくる
各サプライヤと交渉し、安価な見積りを入手したとする。最安価な見積りを設計・開発者に見せにいくと、「でもこのサプライヤは使うことができない」といわれる。ここで、調達・購買担当者はつまずく。これは、設計・開発者が悪いわけではない。サプライヤ選定に必要な情報を、収集し忘れていたのだ。そして、結局は設計・開発者が選んだサプライヤを決定することになる。それまでに費やした調達・購買担当者の各サプライヤとの交渉時間は、無駄でしかない。もちろん、本命サプライヤ以外は、当て馬にはなっただろうが、それならば最初から他サプライヤの見積りを偽造したほうがマシだ。
これは馬鹿げた、茶番のようなことだけれど、多くの調達・購買の現場で見受けられる。もちろん、調達・購買担当者は、設計・開発者と、あらかじめ見積依頼先サプライヤについて話してはいるだろう。
調達・購買担当者:「A社とB社とC社に見積りを取ります」
設計・開発者:「はい、よろしくお願いします」
この程度の会話だから、茶番が起きるのだ。見積りを依頼するということは、買う覚悟がなければいけない、と私は思う。少なくとも、買う可能性がないのに見積依頼するのであれば、その旨を伝えるべきだろう。
実務的には、見積依頼先について合意するときにちゃんと「最安値のところから調達できますか?」と訊くことだ。「いや、それは難しい、実際はA社ではないといけない」と設計・開発者から反応が返ってきたら、なぜなのかを討議しよう。技術的なこと、開発人員数のこと、設備のこと、特許のこと、さまざまなことがでてくるはずだ。それらを一つひとつ解決しなければ、競合環境など構築できるはずはない。この面倒くさい確認を繰り返す。逆に設計・開発者が複数サプライヤに見積りをとってほしいと依頼してきたときも、同様に質問すべきだ。
少なくとも、このように確認することによって次の相見積りまでに準備が可能だろう。公平公正な競合に参加してもらうために、それまで「当て馬」だったサプライヤに何が必要なのか、何を増強してほしいのかを伝えること。もし新規サプライヤを参入させたとしても、使えなければ意味がない。「価格だけで決定できる状況をつくる」ことが重要だ。
2.役割・権限の明確化
これは、特定の部門だけが実質的なサプライヤ決定権限を持つのではなく、関係部門が一丸となってサプライヤ決定にあたることだ。そして、設計・開発部門であれば「開発力」を、調達・購買部門であれば「コスト」を、生産管理部門であれば「納期」を、というように、各部門で責任をもち各項目を評価していくことでもある。
「関係部門が一丸となって」ということに意味がある。どこか特定部門が決定したサプライヤであれば、他部門は責任を回避したがる。たとえば調達・購買部門が、コストだけを重視してサプライヤを決定したとしよう。そのサプライヤが納期遅延を引き起こしたとき、生産管理部門は調達・購買部門の責任にしようとするだろう(もちろん、必ずこうなるという意味ではない)。設計・開発部門が勝手に決めたサプライヤについて「価格が高いから、あとは調達・購買部門が交渉しておいてくれ」といわれたときの、あの不条理感を思い出してくれればいい。
ちなみに、思い出話を一つ。かつて私が勤めていた会社で調達・購買部門の大きな仕事の一つは「生産中止の半導体を、生産中止しないように交渉する」ことだった。しかし、考えてもみてほしい。大企業が生産中止を判断したのだ。私のような片田舎の一人のバイヤーが交渉したところで、生産継続になるはずなどない。しかし、苦しかったのが、そのあとだ。
「生産継続させることができませんでした」と社内の設計・開発者に伝えると、「なんとかしてよ、調達なんだから」といわれた。安定調達は調達・購買部門の役割かもしれないが、もとをたどれば、その半導体を使うと決定したのはその設計・開発部門なのである(当時はなんの相談もなく、いきなり注文書が発行されることが多かった)。
挙句の果てに、「調達できなくなったら、お前の責任だ」と電話口でいうひとまでいた。私も若かったので、「おめえが勝手に決めて、買えなくなったからって騒ぐな馬鹿野郎。俺の責任っつうなら、俺をクビにしてみろ。何もしねえからな」と電話を切ったことがあった。これ以降、この設計者は私に優しくなった。いやあ、怒るのもいいものだ。
閑話休題。
・サプライヤ決定のための各項目評価
このサプライヤ決定であるが、各部門で必要な項目を評価することだ。よく見られるサプライヤ評価は次のようなものだ。
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QCDを基本として、さきほども書いた「開発、技術力」や「経営体制」「経営安定度」「企業姿勢」等を必要に応じ入れる。左側は◎○×△などを使い相対的に評価するもの。右側は、なんらかの指標をもって絶対値で評価するものだ(絶対値評価は、このメールマガジンの64号を参照にしてほしい)。他者が見ても公平・公正な評価を心がけよう。
さて、ここで重要なのは、評価軸の設定ばかりに時間を費やすのではなく、極端にいえばどんな評価軸でもいいので、純粋に点数をつけることだ。多くの企業で見られるのは、「使いたいサプライヤに、意図的に高評価を与える」状況だ。これでは、話が元に戻る。それならば、なぜ他のサプライヤから見積りを取る必要がある? 単に「ちゃんと複数社を比較してサプライヤを決めましたよ」と証拠をつくりたいだけなのだろうか。くだらない、と私は思う。
高評価を獲得したサプライヤがそれでも採用できないかもしれない(しがらみもあるだろう)。しかしそのことと意図的に高評価を与えることは別問題だ。まずは純粋に評価をしたあとで、どうしても低評価サプライヤから調達するときは、それを記録として残しておくべきだろう。そして高評価サプライヤから調達できるように考えることが、調達・購買部門の仕事だ、と私は思う。
3.公平かつ透明性の確保のための承認プロセスの整備
そして承認プロセスを明確化することだ。
ここで、承認プロセスに乗せることよって、サプライヤ決定する前に、調達・購買部員として考えておかねばならないことがある。
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上図のまんなかの3点だ。
・短絡的なサプライヤ決定になっていないか
・長期的な観点に立ったサプライヤ選定になっているか
・選択されなかったサプライヤの財務リスクはないか
調達・購買担当者は「点」で意思決定しがちだ。目の前の案件だけを見た短絡的な意思決定になっていないか。中長期的な評価に耐えうるサプライヤ決定となっているか。私は設計・開発部門が勝手に決めたサプライヤの責任を押し付けられた話をした。逆に、あなたが決めたサプライヤは、後任にたいして自信をもてるか。そして、選択されなかったサプライヤは生産縮小等、財務リスクはないか。収益ダメージを受けないか。
……等々を考えていく。これら詳細を詰めていけば、戦略性のあるサプライヤ決定となるだろう。競合環境整備は地道な積み上げが重要だ。
ここまでが、調達・購買部員がコスト削減のためになすべき競合環境整備の説明となる。サプライヤがじゅうぶんに実力を発揮できるような仕組み・しかけをつくること手法をお伝えした。大げさにいえば、競合環境整備とは、すぐれたサプライヤの救済である。実力をもっているサプライヤであっても、バイヤー企業の不透明な選定プロセスゆえに、活躍できないことがある。それは、ある種の差別だろう。その差別を撤廃するために、競合環境整備であり評価システムがある。
ここでは、サプライヤのコストは「競わせるもの」として書いた。ただし、サプライヤの価格査定がくわえて重要になってくる。次回以降も、25のマトリクスでいうところの、「コスト削減・見積り査定」のC「見積り査定」、D「開発購買の推進」、E「原価把握」までをお話していきたい。
<つづく>