ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・社内説得をいかに行うか

前号のテーマは「海外調達に際していかに社内を説得するか」だった。海外調達を実施したい。そのようなとき、実は社内を説得することがもっとも難しい。それが現実だ。海外サプライヤーを探したり、取引条件を合致させたりすることは、それほど難しいことではない。何より社内を説得することが難しいのだ。

前号では私は社内のユーザー部門に対してどのようなアプローチしていけばよいかについて語った。ユーザー部門(設計者や開発者等々~これは製造業に限らない)にたいして行うべきはこのようなものだ。

1.認知・こちらの存在を知ってもらう
2.解決・こちらに声をかければ問題が解決するとわかってもらう
3.容易・こちらに声をかけやすくしておく

そして、相手の心理を考えるに、次の三つの項目が重要になってくるとも述べた。

1.社内のユーザー部門は何にたいして「夜も眠れない悩み」を抱えているのだろうか
2.社内のユーザー部門は何にたいして「夜も眠れない怒り」を抱えているのだろうか
3.社内のユーザー部門は何にたいして「夜も眠れない不満・不安」を抱えているのだろうか

要するに、上記三つをおさえておけば良い。悩みと怒りと不満・不安。これはいつだって人を動かす要因になる。

さて、ここから具体的な内容に落としこんでいこう。相手のニーズをつかんだあとに、相手を動かすのは数的な裏付けが必要だ。

たとえばーー、今回のテーマは海外調達だがーー、なぜ海外調達を実施せねばならないかと問われたとき、調達・購買部門が真っ先に答えるのは「自社のコスト低減を図っていかねばならない」というものだろう。国内サプライヤーでは実現できないコスト安を海外サプライヤー製品によって実現する。

そのようなとき、設計者は「そんなにコスト低減を図る必要があるのか」と疑問を呈することが多い。コスト削減を図る必要性は、なんとなくわかる。でも、それに実感が伴わないのだ。

そのようなとき、次のような具体的なデータを利用したらどうか。

<クリックすると図を大きく表示できます>

これは国内の全産業の売上高推移を示したものだ。これを見たときに「これなら知っているよ」と思ったはずだ。サブプライム・ショックで日本の産業は総じて影響を受けた。だから、2009年に大きな谷をむかえ、その後少しは回復していると。

では、この図はどうか。売上高ではなく、利益(営業利益)についてのグラフだ。

<クリックすると図を大きく表示できます>

これも「知っているよ」という反応があるかもしれない。「そりゃ、売上高が下がったんだから利益も減少したんだろう」と。ただ、意外に知られていないのが、このような追加線だ。

<クリックすると図を大きく表示できます>

これを見ると意外なことに気づく。2009年あたりの、日本産業の利益が減ってしまった時期を見てほしい。非製造業の利益は「実は減っていない」のだ。もちろん、個別の事例はたくさんある。非製造業なのに倒産してしまったとかね。でも、全体論をするならば、減っていない。

ここで、一つの重要なことがわかる。サブプライム・ショックは、要するに「製造業・ショック」だったわけだ。なぜなら、ここに製造業を加えるとこのような図になるからだ。

<クリックすると図を大きく表示できます>

これは製造業に関わる人たちにとっては衝撃的ではないか。日本産業の全体の足をひっぱっているのが、これまで日本の要といわれていた製造業だからだ。

・社内説得としてのデータ活用

海外調達はこのような文脈で語られないといけない、と私は思う。単に「海外調達で安くしたい」わけではない。そこには安くせねばならない危機的な背景がある。自分が製造業に属しているのであれば、日本の製造業が壊滅的な状況に置かれていることを把握し、それを社内に伝播させるべきだ。

上記は、あくまでも私の一例だ。その他、読者のみなさんが属している業界によってさまざまなバリエーションがあるだろう。「自分は製造業に属していない」と思わずに聞いていただきたい。この事例から自分なりの応用が効くはずだから。

社内を説得するに際しては、上記のように具体的なマクロデータを利用すると説得力が増す。

・日本経済全体の状況
・業界の状況
・自社の状況

と段階を踏んで、それぞれの「危機」を具体的なデータとともに語っていく。だって、自分たちの業界が危機的な状況にあるとわかれば、「安価な製品を調達しましょう」という声に、なかなか反対することはできない。

ちなみに、私が上記であげた「製造業・ショック」についてはかなり大きな問題をはらむ。自分で同様のデータを作成なさりたい人は「法人企業統計調査」からデータを入手することができる。

これらは公開データなので、なんの秘密もない。しかし公開データを使うだけでかなり面白いことを言うことができる(学者とは、公開データから普通の人が見えない法則を導く職業である)。「危機的だ、危機的だ」と扇動して人びとを動かすことは、あまり私の趣味ではない。しかし、社内説得には、ある種のトリッキーな言い回しが必要なことがある。

とくに、製造業に属している方々へ。ほんとうに日本の製造業は危機的だから、社内にその状況を強調したほうがいいと私は思う。海外の調達品を利用することは、死活問題になるはずだから。さらに次号以降この問題にふれていこう。

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