ケースに潜む10の課題 1(牧野直哉)
前号で、実際に購買ネットワーク会で使用されたケーススタディをお伝えしました。今回は、ケースに潜む調達・購買部門が直面する10の課題について、解説を加えていきます。
今回のケース作成は、サプライヤーマネジメントの中での「取引先協力会」という大きなテーマがありました。しかし、サプライヤーマネジメントはそのものでは主体的に実行できるものでもありません。サプライヤーマネジメントの前提条件となる、調達戦略であったり、事業戦略であったりに思いをはせた結果、私が読んでも10個もの課題を内包する結果になってしまったのです。
「課題は11個あった」とコメントしてくださった方もいらっしゃいました。また実際に読み進めていただくと、このような状況に際して必要とされるスキルは、従来のそれとは少し異なっていることがおわかり頂けると思います。「少し異なっている」ことに、取り組めるかどうかを考えながら、読み進めて頂けると嬉しく存じます。
1. 海外生産拠点稼働時の調達・購買部門の留意点
【ケース記載内容】
2008年に立ち上げたインド工場は、顧客である現地の販売会社からの現地組み立てを目的にした進出要請に、坂本ディーゼルが答える形で実現しました。坂本ディーゼルは、日本、欧州、北米で高まりつつある環境への配慮、クリーンディーゼルに対応するために2007年に大規模な設備投資をおこないました。結果、首都圏の近郊に位置する工場が手狭になるため、廃却を計画していた既存設備をインド側のパートナーが準備した工場に移設して立ち上げたものです。インド側のパートナーとは長年の製品供給で強い信頼関係があり、いろいろなタイミングが重なって、中堅メーカーとして躊躇していた海外生産が実現したわけです。
【問題点】
製造業の海外進出に際して、バイヤーが確保すべき2つのリソース
(1)現地の供給源=サプライヤー
(2)現地での資材調達システム
⇒調達・購買業務で海外工場立ち上げといえば、現地でのサプライヤー=供給ソースにフォーカスしてしまいがちです。しかし、社内の仕組み及び、情報システムの支援(社内外ともに)あって、進出元になる日本での生産が実現していることを忘れてはなりません。調達購買は、上記(1)に取り組むだけでなく、社内の様々な仕組みよって実現されている日本のアウトプットを、現地でどのように再現するかを検討しなければなりません。
【解決方法】
現実的には、工場を立ち上げる=生産することが優先されるはずです。そして、実際の工場機能が無い中で、調達購買をシステム含め立ち上げるのは非常に困難。従って、
1.工場稼働開始を優先
2.進出先のリソースの有無を見極め、現地調達の可否を決定
3,全量調達できない場合は、早急に日本側からの支援の仕組みをつくる
4.その上で、全体スケジュール及び関係業務の現地立ち上げをみながら、現地サプライヤーと、現地調達システムの立ち上げを進める。試行錯誤と経験に裏打ちされた日本での仕組みは、円滑な生産活動をおこなう上での重要なリソースなのです。進出先での商取引に関する慣習等を踏まえて、調達・購買に関する仕組みも現地化する視点が必要なのです。
【必要なバイヤースキル】
1.情報収集能力
進出先のサプライヤー能力を見極めるための情報を集める。
2.調達・購買の仕組み・システムへの理解力
自社の調達・購買の仕組み・システムを、前後工程まで含めて理解する能力。
3.ファシリテーション・プロジェクト推進能力
現地サプライヤーや社内(現地と日本)の間で、有るべき調達購買システムを作るための基盤となる情報共有を実現させる
2. 海外工場製品を日本国内顧客へ販売
【ケース記載内容】
大震災の発生により直接的な被害は免れた坂本ディーゼルでも、旺盛な新興国需要への対応に追われる顧客からの供給再開を迫られていました。震災後の混乱状態の中、一部の製品の大手サプライヤーからの供給が最悪半年ほど止まる可能性があることが明らかになります。当然、顧客からは一日も早い供給再開を急がされましたが、代替先として想定していた被災を免れたサプライヤーには、国内外からの需要が集中し、すぐには供給を始める目処がつけられず、坂本ディーゼルとしても途方にくれていました。そんな中、一部の顧客から、インド工場製品の供給を打診されます。坂本ディーゼルからすれば「時代遅れ」の製品です。まして、震災前に納入していた製品と比較をすれば、顧客側で一部取り合いを変更する必要があったわけですが、顧客から対応すると明言されてしまいます。坂本ディーゼルとしては、インド工場立ち上げに際して設定した棲み分けを破ることになりますが、背に腹は代えられず、インド工場から日本の顧客への納入が開始したのです。
【問題点】
この場合の顧客の興味とは、
(1)製品供給
(2)インドというLCCで生産することで生まれるコストメリットの売価への反映
の2点です。しかし、リスクを冒して海外進出を行って得られたメリットを、簡単に顧客に提供するべきではありません。まして今回のケースでは、販売先の棲み分けをおこなう前提がありました。天災の影響というイレギュラーなケースですから、製品供給は良いとしても、価格面でのアドバンテージは、自社に留保することが必要です。安価なコストを実現したメリットを、そのままお客様へ提供する必要はないのです。この対処の前提条件は「同じ機能を有する製品」となります。同じ性能であるならば、日本製とインド製で価格が違う根拠がありません。価格の違いの根拠となる品質、仕様での「差」を無くすための取り組みをサプライヤーと共同で行なうことが必要です。
【解決方法】
・サプライヤーから納入される製品の、日本とインドのサプライヤーの間に発生するコスト以外の「違い」を極力ゼロに近づける。もしくは、完成品としての差・違いを撲滅させる
・インドサプライヤーの品質管理レベルと、納期管理レベルの既存(日本)サプライヤー対比での評価と改善。
・想定される品質や、納期管理に起因する不具合への、事前準備。具体的には、保証期間内の品質不具合に対しては、代替品の無償提供や、完成品及び、部品の在庫数の積み増し
・また長期的には、進出先でのサプライヤーレベルを踏まえた、要求仕様の見直しへの取り組みを進める
【必要なバイヤースキル】
・質問力
→サプライヤーの抱える問題ヒアリング
・ファシリテーション
→サプライヤーの改善活動への社内支援を得るための内部調整
・品質管理及び、生産管理・物流管理に関して、コミュニケーションが可能な知識
3. なぜ、ノックダウンで立ち上げるのか?
【ケース記載内容】
インド工場の立ち上げには、構成部品の90%を日本からのKD*¹(ノックダウン)としていました。これは、まず工場を早急に立ち上げて、現地の工場機能を確立するとの狙いによるものです
【問題点】
海外展開、特に製造業の場合は、二つのリソースを移管する必要があります。
(1)直接的な製造に関するリソース
(2)製造を円滑に進めるための製造をサポートするリソース(生産支援機能)
調達購買は上記(2)に該当し、様々なリソースがどう立ち上げるのかを見極めて対応する必要があります。今回のケースでは、製造立ち上げありきで、調達購買に関する現地リソースの確保に十分な準備期間をとれないことを想定しています。
【解決方法】
(1)調達する部品のリソースが
①100%日本及び第三国からの供給
②日本と第三国、及び現地から分割供給
この2つのいずれとなるかを見極めます
(2)上記①のケースは、現地工場の部品管理の完備状況を踏まえて、対応を判断する「部品管理機能」とは
1)部品受け入れ 2)部品分別 3)部品払い出し
の三つを指します。
(3)上記②では、同時に「部品管理機能」を、現地工場に備えることが必要です。部品管理機能が、生産開始までに立ち上がるかどうか。立ち上がらない場合は、日本の部品管理・生産支援機能を活用して、早期生産のため100%ノックダウンをおこない、製造によって生まれるメリットの刈り取りをおこない、次のステップで現地調達等、調達購買部門への取り組みを実践します。
【必要なバイヤースキル】
・プロジェクトマネジメントスキル
・マテリアルハンドリングに関する知識
(受け入れ・払い出し)
<つづく>