坂口孝則の「超」調達日記(坂口孝則)
■9月X日(月)■
・夏が終わろうとしている。夏といえば、ぼくは常に女性の無防備さが気になる。なぜ、あれほど薄着なのに、むやみにかがんだりするのだろうか。下着や肌が見えてしまうではないか! 大切な人にのみ見せればいい。なのに、昨今の日本女性の無防備さといったら! と怒っていてもしかたがない。ぼくは本気で「絶対に下着がみえない拾い方の研究と考察」を推す。
・この名称で検索エンジンをさまざま見ていただければ、いろいろな情報を得ることができるだろう。女性のひとたちは、これで勉強するように! なお、念のためだけれど、会社では見ないほうが安全だと思う。
・祝日であるにもかかわらず、客先と食事にでかけた。酔いすぎですよ、みなさん。おれも、三次会までいっちゃった。タクシーで帰宅。眠い。
:寝床で、購入していた「人間仮免中」を読み始める。な、なんだ、このマンガの凄さは! 「自虐の詩(下巻)」にも似たテンションの高さ。「人間仮免中」は、卯月妙子さんの自伝。AV女優、マンガ家を経て、沈黙を守り続けた作家の新作だった。夫の自殺、病気、自身の自殺、幻聴、顔面崩壊、そして25歳年上の男性との恋愛……。ここまでして人間は生きなければいけないのだろうか。いや、きっと生きなければいけないのだろう。どこを切っても血が吹き出しそうだ。恐るべし。ああ、早く寝たかったのに。
■9月X日(火)■
・朝から浅草に向かう。打ち合わせのためだったんだけれど、朝から浅草っていうのは、なんだか不思議な気分にさせるね。朝っぱらから浅草寺で飲んでいるひともいるし、観光気分だし、外国人から話しかけられるし……。
・ということで、突然、みんなでスカイツリー観光に向かう(仕事だぜ)。仕事にも休憩は必要なのだ。
・その後、「野比家の借金」のゲラチェック。ゲラチェックとは、自分の原稿の間違いがないか、そして修正したいところはないかを、赤ペンでチェックする作業。これが地獄。「自分で書いた文章なんだから、修正なんてたやすいだろう」と、5年前のぼくは考えていた。しかし、それが困難。めちゃくちゃ時間がかかる。一冊はだいたい10万字だけれど、一週間くらいかかる(そのあいだは睡眠時間が減ってしまう)。文章表現で些細なところが気になる。ロジックの飛躍も気になる。すべて細かく修正していく。
・かつて、ゲラチェックを他人に依頼できないかと考えた。しかし、それができるくらいのひとは、一流の書き手になっているのだよね。プロの校正者にお願いしようかなと思っているんだけれど、誰か紹介して。
・ところで、最近の本では、ぼくの文体で特徴的な「しめっぽい」「詩的な表現」をできるだけ排除するようにしている。理由は、ビジネス書っぽくなくて面白いといわれたからだ。読者が面白いと思っているものは、できるだけ排除して、違うものを書く。これが流儀だと考えている。結局は、ワンパターンがもっとも強い。ぼくの場合でいえば、「調達力・購買力の基礎を身につける本」のようなものばかり書き続ければよかっただろう。しかし、そうしたくない。性格というべきか。
■9月X日(水)■
・この日も朝から、「野比家の借金」のゲラチェック。この本は、初版が12000部だ。わかるひとがどれだけいるか知らないものの、この12000部というのは、最近の出版界ではかなり多い。ぼくの尊敬する岡田斗司夫さんの新作「オタクの息子に悩んでます」がたったの6000部だよ!(信じられない)。まあ、それだけ出版社が慎重になってきたということか……。
・一般的にいうと、6000部とは40万円くらいしか儲からない。本を真面目に書こうと思ったら、数ヶ月以上を費やす。それで40万円だったら、ビジネスとしてはまったく成立しない。もちろん、増刷すればいいだろうけれど、それがなければ、普通のサラリーマンをしておいたほうがよいというわけだ。
・おそらく、だけれど、出版に携わっているひとの多くは、お人好しだと思う。そうでなければ、これほど効率の悪いビジネスなどやっていないだろう。小説は最近になって、初版が3000部くらいになった。一冊1000円だとして、30万円にしかならない。これでは、多くの小説家が廃業するわけだ。
・「独立しました!」とハガキをくれるひとは多い。だけれど、「廃業しました!」とハガキをくれたひとはいない。どんな世界もそうだけれど、その職業に「なる」ことより、「なり続ける」ことのほうが難しい。
・さてゲラチェックの続きだ。ぼくは、基本的に「が、」という接続を好まない。「営業と詐欺のあいだ」という本をはじめとして、数冊では、この「が、」を使わずに書いた(校正者がこの接続詞を使用して修正しているところがあるものの)。あるいは「貯金」という言葉。本来は、この貯金とは、郵便貯金に預けているときにしか使わない言葉だった。銀行の場合は「預金」であり、いわゆる「お金を貯めること」を指したいのであれば「預貯金」を使う。また、「支払う」と「払う」を正しく使い分けできているひとがどれくらいいるだろうか……。このように、ふつうの読者が気づかないところまで細かく、細かく校正を続けた。疲れたよ。
■9月X日(木)■
・朝からセミナーの資料作成。午後からの打ち合わせに備える。このセミナーは4回連続講演で、以前も書いた調達・購買部門から見たすぐれた営業組織を語るというもの。4回連続といっても、もう一人の講師とセットだから、実質は2回分くらいかな。
・午後から打ち合わせ。ぼくは、基本的に会議は不要だと考えている。しかし、ブレストのような形で、かつ相手が思わぬアイディアをくれる場合はその通りではない。
・その後、毎日放送から電話がかかってきた。「せやねん」の電話インタビュー。お題はiPhoneはなぜこんなに安くなったのか? って、実質価格は安くても、本体価格は安くない。でも、まあ、たしかに高機能になって、10年前のモバイルと比べると割安なのは事実。「ムーアの法則」「フォクスコン」「水平分業」などをキーに語る。テレビの場合、視聴者は主婦層が多い。この方々にわかってもらうためには、すごく単純化して語る必要がある。それが、プロから見ると、間違いのように聞こえるんだけれど……。しかたがないか。
・サイゾー向けの原稿を書く。送った後、次に本の原稿。なんだか書くことばっかりだな。ところで、ぼくの本について、「タイトルと中身があっていない」とお叱りを受ける。しかしねえ、タイトルは基本的に編集者がつけるものであって、ぼくは一度もつけたことがない。もちろん、アイディアは出す。たとえば、こんな感じだ。「調達・購買を三日でおぼえる本」、これが「調達力・購買力の基礎を身につける本」になった。「あなたの1億円を守れ!」が「営業と詐欺のあいだ」になった。「節約という快楽」が「会社の電気はいちいち消すな」になった。「心がまったくきらめかない仕事の法則」が「モチベーションで仕事はできない」になった。ははは。
■9月X日(金)■
・「桑田佳祐言の葉大全集 やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」を読む。アーティストはつねに内心を語ることを要求される。リスナーは、楽曲というものを、アーティストの吐露と考えているからだ。しかし、桑田佳祐さんは、つねに音楽職人であり続けた。自分の表現したいものではなく、大衆が求めるものを追求してきた。細かなこだわり、過剰なサービス精神。正直、この本は、桑田さんの歌詞よりも、そのあいだに挿入されるインタビューが面白い。
・飯田橋で編集者と「野比家の借金」の打ち合わせ。同時に、昨今の出版業界について意見交換をする。いまはルポタージュが成り立たない。たとえば、1年間じっくりと取材をして一冊にまとめるとする。そうして、5000部を1500円で出版したとしても、75万円にしかならないのだ。とてもペイしない。これまでは、「現代」「世界」などの月刊誌が、若手に取材費別で30万円程度を払って書かせていた。それならば、生活はなんとか可能だし、出版の印税も手に入るというわけだ。しかし、いまでは若手に30万円を払って書かせる余裕のある月刊誌が存在しない。
・しかし、ぼくはこの現状に悲観しているわけではない。ビジネスはつねに変わり続ける。時代にあわせて自分自身のビジネスを変えていくしかない。課金モデルも多様化している。それに、読者から求められる原稿を書くだけだろう。とまあ、ぼくはそう考えるんだけれど、業界としては厳しいよね。
・一度、ニコニコ生放送で対談したこともある三橋貴明さんが、面白いことを書いている。(勝手に引用)<日本の対中輸出は香港を経由しているものが少なくありませんが、対香港の数値を加えるても、輸出が3.49%、輸入が3.16%、貿易黒字が0.33%。すなわち、日本と中国(香港含む)の貿易が途絶すると、我が国のGDPは0.33%のマイナス成長となるわけです。確かに、対韓国の数値と比べると多少は大きいですが、それにしても「領土問題」「安全保障問題」で譲歩しなければならないような数値でしょうか>。うむー。そうだろうか……。むしろ、その3%強であっても、すでに中国との経済紐帯が代替できないところに問題がある気がするんだけれど……。パーセンテージで見ると、「さほど大きくない」かもしれない。だけれど、もう中国から輸入しているものを、たやすく切り替えることができないことは、現場のひとたちならば実感としてもっている気がするけれど……。
・そしてふたたびゲラチェックの日は続くのであった。
<つづく、かもしれない>