ケーススタディへの取り組み(牧野直哉)

「ケーススタディ」に取り組んだことありますか。

私は中小企業診断士の試験で「中小企業の診断及び助言に関する実務の事例」に取り組んだのが最初の経験です。その後、購買ネットワーク会のプログラムで取り組み、ケーススタディを作成する機会にも恵まれました。先日開催された関東購買ネットワーク会でも、ケーススタディの作成を担当しました。今回は、当日使用したケーススタディの全文を掲載します。

購買ネットワーク会では、このケースにもとづいて一つの課題を設定し、ご参加の皆様に取り組んで頂きました。メルマガでは、次号以降このケースに隠された「10の課題」について、解説を加えてゆきます。

第37回 関東購買ネットワーク会 ケーススタディ

【ケースストーリー】

坂本ディーゼルは、神奈川県にある中堅のディーゼルエンジンメーカーです。売上の輸出比率は30%、販売先の最終仕向地を含めると80%が海外、主に新興国向となっています。

2000年代前半から続いた米国、新興国の好景気に支えられた高操業が、2008年のリーマンショックにより激減、国内事業の損益は一気に経常赤字に転落しましました。しかし、ちょうど同じ頃に立ち上げたインド工場が、現地の根強い需要に支えられ、かろうじて同年2億円の経常利益を確保したことで、国内の-1億の赤字を補い、連結ベースでは赤字を免れていましました。

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2008年に立ち上げたインド工場は、顧客である現地の販売会社からの現地組み立てを目的にした進出要請に、坂本ディーゼルが答える形で実現しました。坂本ディーゼルは、日本、欧州、北米で高まりつつある環境への配慮、クリーンディーゼルに対応するために2007年に大規模な設備投資をおこないました。結果、首都圏の近郊に位置する工場が手狭になるため、廃却を計画していた既存設備をインド側のパートナーが準備した工場に移設して立ち上げたものです。インド側のパートナーとは長年の製品供給で強い信頼関係があり、いろいろなタイミングが重なって、中堅メーカーとして躊躇していた海外生産が実現したわけです。

海外進出に際して、既存の国内顧客の最終製品と競合する新興国メーカーへの供給拡大を懸念する声もありました。しかし、多くの日本の顧客が、新興国メーカーと価格競争をおこなわない高付加価値路線を進める戦略を持っており、坂本ディーゼルにとっては、日本=小型・軽量・クリーンディーゼル インド=従来機種との棲み分けが、新規工場立ち上げ時に実現できたこともスムースな工場立ち上げに一役を担ったのです。

新興国では、各国政府のリーマンショック後の大規模な公共投資による需要拡大策によって、旺盛な需要が創出され、早々に不況から脱却していました。坂本ディーゼルの日本国内の事業も、新興国の需要が早期に回復したことで、赤字からは単年度で脱却します。以降、徐々に業績は回復しインド工場の好業績も加わって、連結ベースでの売上は拡大していました。そんな中の昨年、あの大震災に見舞われたのです。

大震災の発生により直接的な被害は免れた坂本ディーゼルでも、旺盛な新興国需要への対応に追われる顧客からの供給再開を迫られていました。震災後の混乱状態の中、一部の製品の大手サプライヤーからの供給が最悪半年ほど止まる可能性があることが明らかになります。当然、顧客からは一日も早い供給再開を急がされましたが、代替先として想定していた被災を免れたサプライヤーには、国内外からの需要が集中し、すぐには供給を始める目処がつけられず、坂本ディーゼルとしても途方にくれていました。そんな中、一部の顧客から、インド工場製品の供給を打診されます。坂本ディーゼルからすれば「時代遅れ」の製品です。まして、震災前に納入していた製品と比較をすれば、顧客側で一部取り合いを変更する必要があったわけですが、顧客から対応すると明言されてしまいます。坂本ディーゼルとしては、インド工場立ち上げに際して設定した棲み分けを破ることになりますが、背に腹は代えられず、インド工場から日本の顧客への納入が開始したのです。

インド工場の立ち上げには、構成部品の90%を日本からのKD*¹(ノックダウン)としていました。これは、まず工場を早急に立ち上げて、現地の工場機能を確立するとの狙いによるものです。残りの10%は、現地パートナーの伝手によって、QCD、特に品質に問題ない、付加価値の低い部品のみを採用しました。調達部門に限らず、製造、品質保証、生産管理も、日本人の駐在員を置くことはしませんでした。立ち上げ前1年半、インド工場のキーマンとなる人間の日本での研修と、立ち上げ後1年間日本から出張ベースでのサポートをおこないました。現在は、各部門でマネジメントレベル(部課長)での週次でのミーティングによって、インド工場とのコミュニケーションが図られています。また、実務担当レベルでも、年一回ずつ選抜メンバーによる相互訪問がおこなわれていて、語学の得意な社員は、スカイプを活用して現地のサポートを日常的におこないつつありました。

インド工場の立ち上げ以降、インド人社員主導で、ノックダウン部品の現地調達化が進められました。日本製をインド製に置き換えるだけで、インド工場の資材費が日本対比で削減されるわけです。2008年の立ち上げ当時、6ポイントの差だった日本とインドの資材費の差は、今年は16ポイントに広がっていました。現地の人件費は日本よりも低く、総コストでは、2007年の日本でのコストを100とする場合、今年(2012年)には、インドでのコストが78と24ポイントもの差が生まれていたのです。

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販売側では、インド以外への直接輸出分、国内販売で最終仕向地が新興国分も、円高に悩まされていました。坂本ディーゼルの顧客への販売は、約70%が円貨での取引で直接的な円高による差損はインド工場へのノックダウンの受け取り迄含めた財務的な処置により、限りなくゼロに近い状態でした。しかし、外貨でビジネスをおこなっている顧客からのコスト低減要求はすさまじく、2012年度は、概ね2~3割のコストダウン要求がありました。同時に、震災後一年以上が経過し、サプライチェーンは寸断による供給不安は解消されていましたが、国内の顧客からは、坂本ディーゼルが一部顧客に供給しているインド工場の製品への興味が多く示されることになったわけです。

このような状況の下、2013年以降の事業展開について、トップから次のようなテーマが提示されました。題して「生産リソースの再配置」です。調達・購買部門に示されたテーマは「日本→インドへのノックダウン」から「インド現地調達化」の推進となりました。

このテーマによって、坂本ディーゼルの重要サプライヤーは、次の様な色分けをおこないました。

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に分類されたサプライヤーは、リーマンショック以降の日本での需要減少分を、インド工場向ノックダウンの需要増が補っている構図が存在します。将来的はインド工場で採用しているサプライヤーからの購入品を、日本へ供給する可能性も大いにあることを前提にしなければなりません。

や□に分類されたサプライヤーは、日本・インド双方のサプライヤーの技術力から判断して、当面現地調達化する可能性は低いとしました。しかし、インド工場側では最もアグレッシブに採用へ向けたサプライヤー側の品質や生産管理の改善活動をおこなっている分野(特に)でもあるわけで、買い続けることを保証する訳ではありません。

:日本からのKD停止が可能な製品を供給するサプライヤー

:現在インド側で日本からのKD停止に取り組んでいる製品を供給するメーカー

□:当面、KDを継続するサプライヤー

そしてもう一つ、検討しなければならない課題がありました。日本の調達・購買部門が抱える人員の問題です。購買額は、まだ日本が圧倒的に多い状態です。売上的には日本はインドの5倍です。しかし、部門として抱える人員は、日本の30名に対して、インドは48名で、インドの方が多くなります。一方、時間当たりレートの日本とインドの差は歴然として大きく、総人件費に換算すれば、人員数に反してインドは日本の約35%となります。いずれインドの人件費は、日本のそれと同じレベルになる日がくるでしょう。しかし、それは現行対比でインドが上昇するのか、それとも日本の人件費を下げるのか。一筋縄では解決できない、とても大きな課題となったわけです。

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このようなテーマが取り上げられる背景には、日本の資材費の割合が上昇している事実がありました。(2007 71ポイント → 2012 73ポイント)。一方、インドは68ポイントから57ポイントへ11ポイントもの削減に成功しているわけです。もちろん、日本との比較論なので、購入費の削減はおこないやすい部分があることは事実です。そして、日本へ入ってくる一部の顧客向けのインド製のエンジンの評価は、日本製と比べても遜色がないことが確認されています。一部、外観品質の仕上がりが話題に上りますが、建設機械や産業機械のエンジンルームに搭載されてしまった場合、最終製品の外観品質には影響が及ばないと、大震災後の供給不安によって顧客側に「割り切り」が生まれていたのです。

*¹ノックダウン
ノックダウン(knock down)生産(ノックダウンせいさん、KD生産)とは他国や他企業で生産された製品の主要部品を輸入して、現地で組立・販売する方式である。

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