自分の身を守るためのバイヤースキル活用法(牧野直哉)
読者の皆さんは、今日から仕事!という方も多いのではないでしょうか。連休に十分に英気を養われた方、遊び疲れた方、今日からまた頑張りましょう。
ここで一つ、質問です。我々調達・購買担当者は、仕事上だけでなく普段の生活でも日々モノやサービスにお金を支払っていますね。主要な価値が同じであるにも関わらず、価格に6.8倍もの開きがある場合、皆さんならどうされますか。
今回の連休、とても痛ましい交通事故がありました。バスの運転手や、運行していたバス会社に関わる問題はマスコミの報道に委ねるとします。私は、移動手段を提供される場合、バイヤーとして判断基準として、料金と所要時間を次の通りまとめてみました。
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※バスの所要時間は、JRバスの時刻表に拠ります。また、電車と航空機の所要時間と料金は、駅前探検倶楽部のデータです。
ここで、現在「ほんとうの調達・購買・資材理論」でお伝えしているサプライヤーマネジメントの一環となる「サプライヤー評価」を行なってみます。評価基準は、次の3点です。
Q:品質 移動時の快適性、チケットの取得方法、安全性
C:コスト 価格
D:納期 乗車時間、移動時間
まず「C:コスト」です。これはダントツで、事故を起こした「高速ツアーバス」が一番安いですね。高い乗車率(46名の乗客)が、安さが消費者へ訴求する魅力を物語っています。日本人の給与所得者の得るお金は年々減少していますので、コストの魅力は年々高まっているといえます。
続いて「D:納期」です。鉄道や、航空機、高速路線バスが乗車時間に様々な選択の幅がある一方で、ツアーバスは乗車時間が限定されます。これは、価格には理由があるとの観点から、安い一方で乗車時間が限定されることになります。また、移動時間は、移動手段の持つ最高速度が異なるため、大きく差が生まれます。夜、バスの中で睡眠を取ることを前提にすれば、移動時間多さも差ほど気にならないとの結果になるわけですね。そして、目的地がディズニーランドという行楽地=遊びであるために、バスで夜移動することを納得させた大きな要因であったことが推定されます。
最後に「Q:品質」です。チケットの取得は、どの移動手段を採用するのでも今、非常に便利になっていますね。予約に関してはすべての手段で、インターネットを経由した席の確保が可能です。クレジットカードを使った決済も可能です。
例に掲げた価格は、バスの場合4列シートの価格です。しかし、少し多めに支払うと、3列シートに変更が可能です。乗車時の快適性を追求すると、鉄道や航空機との価格が縮まるわけですね。そして問題の安全性です。
今回の事故に関する報道によれば、運転手は休憩の際にハンドルに伏して寝ていたことが伝えられています。また、真偽は定かではありませんが、急ブレーキを踏んだとも伝えられています。このページ( http://bit.ly/INvQuA )には、今回の事故の背景にまつわる情報をまとめています。中に、鉄道の安全に関する言及が有ります。鉄道の場合、運行する路線の安全確保も鉄道会社に責任となる為、安全性は鉄道に優位性があるとの記述もあります。バス会社は、安全な運行を目的としたバスの整備には責任があるけれども、バスが走る道の安全性には責任が持てないという訳です。しかし、一般道路にしても高速道路にしても、普通に運転する分には、それほど危険箇所が多いとも思えません。ポイントは、運転手が安全な運転ができるかどうかです。今回の報道を見ると、運転手の様子から「疲れていた」ことがうかがえます。普通に運転できる状態であったか、がキーになります。原因究明にもその辺がポイントになるはずです。
また報道には、競争激化による労働条件の悪化が指摘されています。ここで、バスの運転手がどのような労働条件であったかの資料をみてみます。このページ( http://bit.ly/J6JXqW )には、運送業にたずさわる方の労働時間の推移が平成2年から掲載されています。このページによると、平成2年と21年では残業を含めた労働時間は逆に減少しています。しかし38ページの欄外に次のような記載があります。データが事業所規模30名以上を対象とした調査結果であるということです。そしてこのページ( http://bit.ly/J6KtFB )を参照してみます。
平成17年のデータですが、バスの所有台数が10台以下の会社が全体の実に72%になります。バスが10台以下であれば従業員が30名に達しないはずです。ということは、先に提示した「労働時間は残業含めて減少している」かどうか、わからないわけですね。またこの資料では、輸送人員は増加しているのに、営業収入は減少しています。このような状態を「過当競争」とは決めたくないのですが、規制緩和によってビジネスチャンスを見いだした多くの担い手が参入した結果、価格も下がって消費者には安くサービスが提供されるようになったといえるわけです。ここで、考えたいのが「規制緩和」による負の影響についてです。
このページ( http://bit.ly/J6Lldf )には、子供向けに規制緩和について解説しています。一部抜粋して掲載します。
規制緩和という言葉を聞いたことがありますか?規制緩和は経済構造改革を進める一つの有効な手段で、市場における様々な制限を取り除いたり、条件を緩(ゆる)めることにより、企業が自由な活動を行い易くしたり、新たな市場をつくることです。
例えば市場参入に関する規制を取り払うと新しく市場に参入できる企業が増え、企業間の競争が生まれるので、企業は創意工夫し、より品質の良いサービスや品物を作るようになります。また、新しい技術や発明が生まれる可能性も高くなります。さらに新しい雇用(こよう)も大幅に増えることが期待され、国民の利益になります。
規制緩和が国民である我々の利益になることが説明されていますね。規制緩和によって、ビジネスチャンスが生まれ、市場参入者が増えることで競争が生まれ、競争に際して優位性を確保するために創意工夫が生まれることは消費者として歓迎すべきです。しかし、その優位性が「コスト」であった場合、我々は少し注意することが必要です。なぜなら、価格には必ず、その価格であるという確固たる理由が存在するためです。
今回事故を引き起こしたバスの、金沢から東京ディズニーランドまでの運賃が3500円であったことは先に述べました。連休の冒頭で、鉄道や航空機であれば繁忙期扱いで、なかなか安価な運賃が望めない中、このような料金設定はとても魅力的に映るでしょう。しかし、この価格設定のおかげで、連休に東京へ行こうと思い立った乗客もいらっしゃるでしょう。でも、私だったら乗りません。理由はあまりにも安すぎるからです。
私は、過去に数回、バス旅行の手配を行なったことがあります。今回のバスでは、1人当たり3500円×46名=161,000円です。この中から、チケットを販売した旅行会社の手数料といった経費を差し引いて、バス会社の収入となります。これは、過去に私が経験した手配の際の価格と比較しても安すぎるのです。先に安さにも理由が存在すると述べました。こうやって、今回の事故に関連する情報を集め、読み進めました。今回、事故に遭われた乗客の皆さんは、こういった情報を事前に聞かされて、もしくは自分で調べて知っていた場合、果たして価格の魅力を同じように感じていたのかどうか。一番高価な航空機を使った場合との価格差の代償として、今回の事故は大きすぎると思うのです。
私は、たまたまバスを手配した経験を持っていました。しかし、輸送という同じ価値を持つサービスに6倍以上の価格差が存在する場合、疑問を感じることはできるはずです。最終的に価格に内包するリスクを掌握した上で、低い価格の選択をおこなうこともできるのです。しかし、サービスを提供する会社を信用していた、で被害を受けるのは消費者である我々です。
規制緩和によって競争が激化し価格が下がる時、それは良い側面ばかりではありません。なぜ安いのか。我々は普段、価格査定を日常的におこなっていますよね。そんなスキルを普段の生活に生かすことで、あまりにも理不尽な代償を支払わずに済むことを、どうか覚えておいて頂きたいと思います。