サプライヤーの経営評価について(坂口孝則)
前回の通常号で、サプライヤー評価についてふれた。
サプライヤー評価は 1.品質 2.コスト 3.納期 4.技術・開発 5.経営 のそれぞれで採点する。ただし、この最後の「5.経営」だけは、とくに多様な項目による採点となるため、増刊号で説明すると述べておいた(前回号を参照のこと)。
今回は、その「5.経営」評価について、とくにしっかりと取り上げていきたい。
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・「経営」項のチェック内容
「経営」の項では、サプライヤの「安全性」、「収益性」、「成長性」、「返済能力」を評価する必要がある。それらを調べることによってサプライヤの倒産危機の事前察知にもつながる。もちろん、会社によっては、「そんなものは与信調査会社から倒産予測情報を買っている」という場合もあるだろう。かといって、バイヤーが簡単な経営指標チェックができないのはもったいない。簡単なルールさえ知れば、サプライヤ経営指標はすぐに把握することができる。
サプライヤ経営評価について収集しておくべきことは次の二資料(+1情報)だ。
1.貸借対照表(バランスシート)
2.損益計算書(最低でも2年分)
(3).減価償却費(ヒアリングなどで調査)
となる。
本来は、上場していない中小・零細企業であっても、計算書類(貸借対照表・損益計算書等)は官報等で公告することとなっている。しかし、実質上はサプライヤにお願いして入手することになるだろう。取引額があまりに少ないサプライヤに強制することはできない。ただ、調達金額の多い評価対象のサプライヤであれば、毎年、決まった時期に前述の資料は要求すべきだ。
なお、「貸借対照表」、「損益計算書」についての詳しい説明は省くものの、前者は「企業がどのようにお金を集めてきて、どのように使っているかを表現したもの」、後者は「ある期の売上高とコスト、利益を表現したもの」と考えてほしい。また、減価償却費は設備・その他固定資産を耐用年数でわけて計上するコストのことだ。
*(参考)減価償却費についてはご興味のある方のみお読みいただきたい。減価償却費とは、製造原価にかかわるものと、販売費及び一般管理費にかかわるものがある。前者は、実際のモノづくりにかかわる設備等を示し、後者は共通機材を示す(本社のコピー機など)。たとえば1億円で設備を買ったとしても、耐用年数が20年であれば、定額法では500万円ずつ20年にわたってコスト計上する(さらに正確には定率法や残存価額の考え方もあるので、これ以降は専門書に譲る)。よって、「実際にお金を払った年度」と「コストとして計上する年度」に差異があることになる。この減価償却費を計算書類に載せてくれればいいものの、提示資料にない場合はヒアリングで調査することになる。
<貸借対照表>
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<損益計算書~2年分>
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<減価償却費>
そして、これらをもとに、「安全性」、「収益性」、「成長性」、「返済能力」を見ていく。これ以降、その指標をそれぞれ説明していくものの、注意点が一つ。それは、それぞれの指標を評価する基準値は業界や業態によって使い分ける必要があることだ。
たとえば、経常利益を一つとっても、ハウスメーカーと自動車小部品メーカーでは平均値が異なる。すべてのサプライヤを単独の基準値で把握しようとすると、かなりの無理が生じてしまう。
もちろん、自社内で「健全なサプライヤの経営指標」を確立している場合は、それを基準にしてほしい。そのようなものが存在しない場合は、財務省「法人企業統計」( http://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm )が活用できる。このサイトでは、規模別・業態別のさまざまな企業の経営指標がダウンロード可能だ。「経常利益が5%なければ健全なサプライヤではない」といったところで、とくに製造業では大半の企業は、その利益率を確保できておらず、意味のない指標になってしまう。
あくまで、基準といえども、経営評価指標は相対的なものであることを覚えておいてほしい。
・各指標の具体的な計算方法
そこで、損益計算書、貸借対照表を使って、さまざまな項目をチェックする。繰り返すように、「基準値」とは、各業界や業態によって異なる。いま、基準値には一般的な数値を入力している。もちろんこのまま使っていただいても結構だ。ただ、時間があれば、前述の「法人企業統計」等を利用し、より現実的なものにしていこう。
1.「安全性」
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・自己資本比率:資金調達のうち返済の必要がない部分(自己資本)を見るもの
・ギアリングレシオ:自己資本に対する借入金の割合を見るもの
・固定長期適合率:固定負債と自己資本を合算し固定資産の比率を見るもの
・流動比率:短期的な支払能力を見るもの
POINT1:そこで、ここからさらに実務的な話をしよう。このように「教科書」的に、さまざまな指標をあげたものの、時間がなければ「流動比率」だけ見ればいい。流動比率とは「流動資産」を「流動負債」で割ったものだ。直感的な意味では、「流動資産」=「1年以内にお金になるもの」を、「流動負債」=「1年以内にお金を払わなければいけないもの」で割るわけだから、「入ってくるお金と出ていくお金の比率」を意味する。流動比率が120%とは、1年以内に入ってくるお金が、出ていくお金よりも20%超過していることだ。一つの目安は120%を超えていることであり、100%を切ると危険、200%を超えると優良企業といえる。
2.「収益性」
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・売上高経常利益率:売上高にたいする経常利益額の比率
・総資本経常利益率:総資本にたいする経常利益額の比率
・収益状況:単年で赤字か黒字か、2年連続赤字か、2年連続黒字を確保しているか、
POINT2:ここでも実務的な話をしよう。時間がない場合は「収益状況」だけご覧いただければいい。より具体的にいうと、「2年連続赤字になっていないか」だ。2年連続赤字の企業は収益性が悪い(コストに見合うだけの売上高を確保できていない)と見ることができる。また2年連続赤字になっている中小企業にたいしては、一般的に銀行が貸し渋りするといわれている。財務にも影響を及ぼすため、チェックが必要だ。
3.「成長性」
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・経常利益増加率:前期と比べて経常利益の増加を見るもの
・自己資本額:一定の資本金基準に達しているか、増資しているかを見るもの
・売上高:一定の売上高基準に達しているか、増収しているかを見るもの
4.「返済能力」
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・債務償還年数:有利子負債を償却前営業利益で割り債務を償還できる年数を見たもの
・インタレスト・ カバレッジ・レシオ:利益や配当金を借入金等の支払利息で割り、その比率を見るもの
・キャッシュフロー額 :実際に得ることのできた現金
POINT3:実務的には、「債務償還年数」を見てほしい。基準値は1となっている。この意味は、借りたお金くらいは、1年分の利益でまかなえることだ。この値が5を超えるとマズい、と覚えておいてほしい。いまの利益体質でいえば、借りたお金を5年かかりやっと返せる程度でしかないということだからだ。もちろん利息を払い続ける以上、銀行は貸し続けるかもしれない。ただし、借金の額に利益がおいついていない不健全な体質になってしまっている。
*(参考)繰り返し、この(参考)欄は、ご興味のある方のみお読みいただきたい。ここで注意すべきは「利益」と「キャッシュフロー」が異なることだ。これはさまざまな説明が可能であるものの、ここでは減価償却費にしぼった説明をしたい。減価償却費は「設備・その他固定資産を耐用年数でわけて計上するコスト」だった。あくまで、「わける」わけだから、実際のキャッシュアウト(お金が企業から出ていくこと)は生じない。そこで、営業利益に減価償却費を「足してあげる」ことで、キャッシュフローを近似しようとするものだ。なお、さらに厳密にはキャッシュフローは、他のキャッシュアウトを計算する必要がある。詳細は専門書に譲るものの、調達・購買部員としては前述の説明で十分だ。
・経営の総合評価
このように損益計算書と貸借対照表から数字を拾い、他社との比較により評価していく。それが、冒頭であげた、次の表に結実していく。
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さらに、この経営項だけではなく、1.品質 2.コスト 3.納期 4.技術・開発 5.経営 を総合して点数づけることは前号で書いたとおりだ。
また私は、前号で<評価軸を設定したあとは、サプライヤを愚直に評価し続けることが大切だ。「使わざるを得ないから及第点をつけておこう」と現状にあわせてしまえば、とんだ茶番となる。公平な評価からしか、サプライヤの選択と集約・集中などありえない>と書いた。
部門として実効性のある評価軸づくりとともに、調達・購買担当者がサプライヤーの経営を正しく評価できることを願う。すくなくとも「POINT」で示した箇所だけでもじゅうぶんだ。
引き続き、調達・購買担当者のためのノウハウを披瀝していきたい。