ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・これからの交渉の話をしよう~第3回目

前回、前々回と2回つづけた、ほんとうの交渉論である。今回は、「不満」のプロセスに入りたい。いきなり、「不満」のプロセスといっても、意味がわからないかもしれない。また復讐、いや復習になるけれど、交渉で必要なプロセスは三つだといった。

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1:同化~相手と同化する
・相手と別々の立場ではなく、一致した立場であることを醸成する
・相手に入り込み、同化する
・同化したあとに、交渉を開始する

2:不満~相手の不満(or 要求)を聞き出す
・こちらが提案したいことではなく、まず相手の不満(か要求)を知る
・なぜ、その不満を抱くようになったのか、その要求を抱くことになったのかを知る
・不満(か要求)を完全に聞き出したのか確認する

3:合致~不満(or 要求)に合う提案を行う
・相手の不満(か要求)について、こちらの認識が正しいか確認する
・相手を満足させるような提案を行う
・クロージングする

「1:同化~相手と同化する」とは、そのとおり相手に乗り移ってしまうことだった。
そこで、私は、さらにこのプロセスで利用する人間の二つの特性を述べた。

・一つ目:「相手の情報空間」に入り込むこと。人間は、情報空間と物理空間を区別できない、という性質を持っている。
・二つ目:「人間の一貫性の法則」を活用すること。人間は、自分が言ったことを否定できない。

<前回より>
催眠術師は、かならず被験者の情報空間と物理空間を合致させる。「あなたが座っている椅子は硬いでしょう」と、情報と物質をあわせる。そうして、徐々に情報側をずらしていく。「だんだん眠くなっていきます」とか、そうやって情報側をスライドさせていく。人間は情報と物理空間を区別できないから、一度合致してしまった情報側に物理空間側もあわせようとする。その必然として、体が眠くならなければ、その不一致は解消できない。だから、たしかに眠くなってしまうのである。

二つ目の「人間の一貫性の法則」は、文字通り、相手の一貫性を利用することだ。人間は自分の発言を否定できない。「以前、こうおっしゃいましたよね」と指摘されると人間は、ムキになって反論しようとする。そして、過去の発言と現在の発言に齟齬がないかのように、なんとか理屈をつけようとする。相手がこちらに賛同するようなことをいったとすれば、その発言を覚えておいて、「こうおっしゃったということは、こういうことですよね」と、相手の発言をベースに自分の有利な方向に導いていく。

そして、今回の連載は、「2:不満~相手の不満(or 要求)を聞き出す」に入っていこう。

・相手の不満を聞き出そう

このプロセスは交渉において、きわめて重要だ。というのも、ほとんどの交渉者は、相手の不満を聞き出すことなく、自分の要求を繰り返している。考えてみればわかるとおり、「単に相手の要望をのむ」のと「自分の不満を解消してくれる要望をのむ」のとでは、どちらが簡単に「YES」を引き出せるかは自明だろう。後者のほうが、すぐに合意を取り付けることができる。だから、まず相手の要望を聞き出さねばならない。

しかし、たとえばバイヤーが社内の設計者に「購買部門が指定したサプライヤーや部材を使ってほしい」と交渉するときは、どうだろう。ほとんどのバイヤーが、「購買戦略だから使ってくださいよ」とか「安いから使ってくれださいよ」とかしかいえていない。「なんならサプライヤー連れて来ますから」と、あたかも他人に責任転嫁することもある。これでは、ほんとうの調達・購買改革を進めることはできないだろう。相手(社内の他部門)に運を任せているのだ。どう判断するかは相手次第。効率が悪い交渉になる。

ここで、一つ思い出してみてほしい。その際に、まずは相手の不満を聞き出すべきだ、といった。社内のユーザー部門や設計・開発部門は、現状に100%満足していない。きっと、なんらかの困りごとや、悩みがあるはずなのだ。まずは、そこを聞き出そう。

サプライヤーの紹介や、調達戦略の説明なんていらない(これは暴論)。まずは、相手に「不満」と「改善の可能性」を質問してみよう。そうすると、次々に不満を教えてくれるはずだ。調達品に関して、実はコストなんて困っていないかもしれない。新規サプライヤーを入れようとしても、テスト費用が莫大で、現実的ではないかもしれない。それよりも、新技術を保有するサプライヤーを紹介してほしいかもしれない。あるいは、品質を確保できるサプライヤーを探しているのかもしれない。

それを提案するのだ。その悩みごとにリーチしない提案など、ほとんど受け入れられない。こちら側の希望ではない。相手にマッチした内容を提供してあげる。

その際に、(この場合は設計者)相手に聞くべきことは、このようなことだ。

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・What
・Who
・When
・Where
・How
・How much

4W2Hと呼ばれる、あれである。あなたは、「購買部門が指定したサプライヤーや部材を使ってほしい」と交渉するのだった。そのときに、まず困りごとにフォーカスした質問を投げかけている。それ以降、その困りごとを解消できる、What(どのような商品であれば、その悩みを解消できるのか)を聞き出す。加えて、Who(誰が決定権者なのか、目の前の担当者さえ説得すればよいのか。あるいは、上司を説得する必要があるのか)などを、すべて聞き出していく。

笑われるかもしれない。しかし、こんなことをほとんどのバイヤーはできていないのである。だから、提案はしたけれど、社内部門がYESといってくれない、と言い訳をすることになる。違うのだ。それは、相手がYESといえるような材料を提供していないのである。

よく「設計担当者は気に入ってくれたらしいけど、設計グループリーダーが提案を拒絶したそうだ」という人がいる。それは「Who」を聞き出せていないのだ。もし設計担当者から、決定権者が設計グループリーダーだと知っていたら、その人を説得することができたはずだから。

このヒアリング手法によって、このように変わる。

・Before:社内に提案をするものの、それが受け入れられるかは不明。たまたま採用されることもあるし、採用されないこともある。

・After:社内に提案するときに、それが確実に社内の困りごとを解決するものになっている。採用される可能性は高く、かつ相手も断りづらい(なぜなら、それが自分の困りごとを解決してくれるものだから)。

これは、前段で説明した「人間の一貫性の法則」とも関係する。交渉相手は、上記のヒアリングプロセスを踏むことによって「これだったら自分は満足しますよ」といっているわけだ。その通りの提案を持ってこられたら、それこそ断る理由がない。その提案を受け入れることが自分のなかの一貫性を保つことだからだ。

もちろん、私はこのプロセスを経ればすべて上手く行く、といいたいわけではない。しかし、確率はあがる。完璧な手法などない。ただ、少しでも確度をあげることに、仕事の要諦があると思うのだ。

では、次回は最後の「3:合致~不満(or 要求)に合う提案を行う」に入ろう。

<つづく>

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