安定と安住(牧野直哉)
サプライヤーとバイヤーの関係。いったいどのような状態であるべきか。私は、バイヤーとして「安定調達」を目指しています。しかし同時に、サプライヤーにとって「安住」の顧客であってはならないと考えてもいます。この「安定」と「安住」の違いについてお話します。
まず、言葉の語彙を確認します。
安定:あん‐てい
①物事が落ち着いて、激しい変動がないこと。「政情[天候]が─する」「─した暮らし」
②もののすわりがよいこと。「この椅子いすは─が悪い」「腰が─しているから体勢が崩れない」「─感」
③〘形動〙理化学で、物質が化学反応などによって容易に性質を変えようとしないこと。
安住:あん‐じゅう
①安心してそこに住むこと。「─の地を求める」
②ある状態に満足してそれ以上を望まないこと。「現状に─する」 マイナスに評価していう。
いずれも明鏡国語辞典より (C) Taishukan 2002-2006
人間は、多くの場面「安定」した状態を好みます。バイヤーとサプライヤーの関係も、その双方が基本的に「安定」した取引を望みますね。
バイヤーから見てみます。現在ではいろいろな言い方があるようですが、オーソドックスなQCDを切り口に考えます。品質面では、要求仕様に適合した品質レベルを、継続的に実現することをバイヤーはサプライヤーへ求めます。継続的に実現した結果、安定した品質が提供できるサプライヤーという評価を得るわけです。
私も一介のバイヤーです。日々「安定」した関係をサプライヤーと築くべく、頭を悩ませ行動しています。同時に「安定」を求めても、決して「安住」させないように、バイヤーとして自らもしないようにと心に期しています。では、安住したバイヤーの特徴とは、どんなものでしょうか。
まず、自社内、そしてサプライヤーからも一定の評価を得ています。自他共にバイヤーとして認め、認められる仕事をしてきています。故に、その発言にも影響力があり、発言によって社内もサプライヤーも動きます。そして、その動きが何らかの結果を生みます。そのことがバイヤーとしての評価を高めることに繋がります。これだけをみれば、好ましいバイヤー像といえるかもしれません。ここで、もう一つ条件付けを行ないます。
次に、トラブルシューティングの術に長けています。何かサプライヤーとの間にトラブルが発生します。例えば……納入が止まり、自社の生産ラインに影響がでるような状況を想像してください。バイヤーとして危機的な状況です。そんな場面になって、状況の打開に登場します。それまでに培ったスキルや経験、人脈を駆使し、解決の糸口を見いだすのです。そのことで、また周囲からの評価も高まります。
これまでに挙げた二つのポイントを見れば、組織の中でキーとなるバイヤーとしてのポジションを確保しているような人です。しかし、それぞれのポイントに「安住」化している一端を見いだすことができます。
最初の周囲からの評価です。
バイヤーとサプライヤーは、本来的に利害対立の最前線に位置します。これまでも、バイヤーであるならばサプライヤーとの間に信頼関係を築かなければならないと繰り返し訴えてきました。そんな中で、得られたサプライヤーからの評価。しかし、利害関係の最前線にあってせめぎ合っている一方からの評価は、どのように形作られたのでしょうか。サプライヤーは、なぜバイヤーを評価するのでしょうか。ポイントは二つあります。
一つ目は、サプライヤー自らにもたらされる利益です。その利益が大きければ、それだけサプライヤーにとっても好都合です。上顧客としての高評価。二つ目は、ビジネスを遂行する上での、金銭的な利益以外の部分での貢献度を評価したもの。単純に言い換えれば、約束を守るといった部分。そして、情報も、問題も、結果も、得られた利益も、Shareのスタンスによってえられた、真のパートナーとしての評価です。前者の評価のみでも、サプライヤーから高い評価を得ることは可能です。しかし、この評価は、バイヤー企業側への貢献といった点では、妥当性を見いだすことは難しくなります。
二つ目のトラブルシューティングです。これは、そもそも問題を起こす前、未然になぜ防げなかったのか、という観点がポイントになります。トラブルの処理とは、衆目がありますので、処理が完了すれば評価も受けやすくなります。しかし、トラブルとはそもそも起こさないことが狙いです。起こしてしまった原因への追及、そもそも起こさない事への対策をどうやって行なうか。その点への貢献がどうだったのか。それなりの評価を得ているバイヤーが、その部分へどのように関与していたのかについて、掘り下げることが必要です。
バイヤーに相対するサプライヤーは、もちろん「安住」を求めます。これは、少しでも自社、そして自分への利益誘導を行なう営業の性です。安住の地を求める営業行為には、バイヤーとして文句がつけられない。そして、サプライヤーは営業行為にバイヤーを乗せていることを、悟られまいと様々な対処を行なっています。バイヤーがうまくその営業行為に乗せられない、サプライヤーとの関係を安住化させない為には、いったいどうすればいいのでしょうか。
バイヤーとして、サプライヤーからの安定供給を求める。バイヤーとして求めるべきは、安定した供給です。先ほどの例で言えば、品質、納期、価格のすべてにおいて、妥当性を兼ね備えた安定供給です。一(いち)言えば、百を理解してくれ、何もかもあれもこれもやってくれることが安定ではないのです。それは、間違いなく安住。バイヤーは、必要であれば百も千も自社の利益のためにものを言う必要があるのです。
「安住」の二つ目の語彙は、マイナスの意味を表すことを、バイヤーとして心に留めて仕事をしてゆきたい、そう考えています。