ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
●購買戦略の作り方 3
前回は、担当者レベルでの戦略構築には、2つのポイントを述べました。
1.自分が担当する製品(サプライヤー)をどうするか
(1)2つの視点
2.投下するリソースをどうするか
(1)自分+関係者が対処した時間×時間あたりレートで産出した金額
(2)当該サプライヤーについて、バイヤーもしくはその所属部門に課せられた目標・期待される成果
今回は、担当レベルで作成した戦略の具体的な展開についてです。
その前に、一つお伝えしたいことがあります。
前回のメールマガジンを送付して後、読者の方から次のようなご指摘を頂きました。
「担当レベルでの戦略といっても、上位の戦略に大きく左右され、担当レベルでそのような考えを持つ必要があるのか疑問」
はい、確かに実際皆さんが日々行っていらっしゃる業務では、担当レベルで策定した戦略が、上位者の意志決定によって簡単に覆ってしまうことも想定できます。しかし、私は次の3点によって、担当レベルでの戦略構築は非常に重要だと考えています。重要というより、不可欠なのです。
1.立場を超えた思考によってしか得られないものがある
繰り返し申し上げます。自ら生み出した戦略も、上位者の意志決定によって実現されないことは、往々にして想像できます。しかし、実現されなかったから果たしてそれは無駄なことでしょうか。
実現できる立場になってから、実際に戦略を主体的に立案・実行する立場になってからいろいろなことを始めるのは遅すぎます。今のポジションを前提として業務に取り組むことは、経験の蓄積による改善はできるかもしれません。しかし、なにごとも準備が必要です。ゆえに、意志決定権を持たなくても、来るべき戦略決定の瞬間への準備としての意義。そして、意志決定権をもたないからこそ、しがらみのない柔軟な思考で斬新な戦略構築ができるとのメリットもあるのです。
2.上位者のつくるものが、必ずしも正しいとはいえない
今のマネジメント層は、1980年代後半のバブル時代に社会人となった世代が登場しつつあります。その前の世代は、高度成長の時代でした。高度成長時代は、右肩上がりで日本そのものが成長していった世代。そしてその後の世代はなんとか維持しているともいえますが、成長を実現させていない世代です。現代とは置かれた環境がなにもかも違いすぎます。どちらの世代も、今の時代に正しい解を見いだせる経験を積んでいるとはいいがたい世代です。ということは、そんな人たちがつくった戦略がほんとうに正しいのかとの観点は不可欠です。
こういった時代背景がなくても、そもそもビジネスにおける意志決定に絶対的な正しさなどありません。セオリーに沿った正しい事を立案・実行したとしても、必ず成功するとは限りません。では、運次第かといえば、そんなことはありません。現代は「経験」が戦略構築に占める意義が薄れているともいえるのです。
3.戦術実行には戦略の深い理解が必要
調達・購買にまつわる戦略がどのような内容であっても、実際に執行する戦術の基本的な部分には、大きな差は無いと考えています。まったく同じではありません。大きくは変わらないけど、少し異なる部分を確実に実行するには、戦略の真意であり、深意を読み取ることが必要です。それには、戦略を当事者的に吟味することが必要なのです。
以上の3点によって、担当レベルでの戦略構築が必要だと考えています。書店に並ぶ戦略の本を何冊も読むよりも、実際に自分で戦略を構築してみること、そしてここが重要です。みずから作った戦略を、業務への反映をする目的で、自分の意見として表明するのです。このプロセスがあれば、実行できなくても意義があります。意見表明をしたこと。対論をもらうこと。対論の中から、自分が思い及ばなかった点を次回以降の参考とすること。この3点の実行で、戦略への理解が深まり、これから考える戦術が適切な目的達成の手段になるのです。
そして、戦略から戦術への展開です。
前段でも述べていますが、戦略がどのようなものであっても、実際に執行する戦術の基本的な部分には、大きな差はありません。同じ目的を達成するために、まったく異なった手法と手法の狭間で悩むことも想定されます。ここで大きくバイヤーの意志決定に依存するポイントは、その戦術を実行するタイミング、その状況判断です。たとえば、バイヤーにとって欠くことのできない「コスト削減」を達成するための具体的な戦術としてサプライヤーの「分散と集中」を考えてみます。
一つの製品の発注先を検討する場合、「コスト削減」を達成する場合には、いくつかのサプライヤーに分散発注することも、一つのサプライヤーに集中して発注することも、いずれの方法も効果的なコスト削減を引き出すことは可能です。ポイントは発注しなければならない製品のサプライヤーが今どんな状況にあるかを的確に掌握し、具体的な行動へと反映させること、そのタイミングなのです。
別ないい方では、制約要因をみつける、ともいえます。たとえば、1社集中の場合、それが長年継続していれば、そうならざるをえない理由が存在するはずです。その理由が、この世にその製品を供給できるサプライヤーが唯一1社しかいないということなら、そもそも「分散」することで競合環境を創出することなどできません。これは戦術選択上の大きな制約要因です。このような場合、バイヤーがとるべき具体的な戦術は、唯一1社のサプライヤーから、どのように有利な条件を引き出すためのリレーションを構築するか。そして同時並行で、新規メーカーの探索を行う。また、自社の要求内容を唯一1社以外からでも購入できる内容に変更するといったことになります。いずれの判断も、現場に身を置くバイヤー・調達購買担当者でしかできない判断なのです。