隠れた中国と隠れた事件
・中国芸術の凄さ
中国の北京に「798芸術区」がある。もし、中国北京に行くことがあれば、寄ることを勧める。中国の現代芸術の先端がそこにある。もちろん、現代芸術など興味ない人もいるだろう。ただ、「798芸術区」の過激さは、一つの話のネタになることは間違いない。
http://www.798art.org/
私が「798芸術区」にはじめて足を踏み入れたのは4年ほど前のことだ。「798芸術区」だけを目的に北京に行った。そこで見た中国現代芸術は私の度肝を抜いた。これまで、私たちには「西洋=進んでいる」「日本=追従者」「東南アジア=先進国と比して10年は遅れている」と勝手なイメージを抱いている。私もそうだった。
しかし、「798芸術区」には毛沢東がナイキに身をまとい(いうまでもないが、共産主義の革命家である毛沢東にたいしてアンチテーゼの資本主義をマッチングしている)、マリリン・モンローは性器をあらわにしながら共産党員から運ばれている。かと思えば、村上隆を模倣した、それよりも過激なオブジェがいたるところに並んでいる。
そのなかでも、艾未未さんのあまりにも異常な作品が胸を衝いた。
その圧倒さ。日本の90年代アヴァンギャルドも達しなかった世界がそこには広がっていた。いや、日本が中国よりも進んでいると考えること自体がもう間違いなのだ。
・中国政府に対抗する芸術家
日本では、TPPをめぐる意味不明な議論やイタリア首相の暴言などを繰り返し放映している。TPPの議論はFTA構想との比較でしか意味はなさず、かつメリットとデメリットが不明のままでは、進むはずはない。また、イタリア首相の暴言は、たしかに面白いけれど、それ以上のものではない。
それに隠れて、艾未未さんの事件が起こった。事件は、こういうことだ。
中国政府は、艾未未さんに巨額の追徴課税を求めた。その額は実に2億円(!)近かった。その追徴課税にたいして、中国の個人が艾未未さんを助けるべく、インターネットサイトなどを通じて募金を開始した。11月16日が支払期限だとされたが、私がこの記事を書いている15日時点で1億円ほどが集まったという。
私は、この追徴課税自体が不適切なものだったかどうか述べるのは止めよう。税務当局はどんな国でも恣意的なものであり、その厳密性を調べることにあまり意味はない。時事通信の電話取材によると、「(今回の運動は)当局の不公正な手法に対する民衆の普遍的な見方を反映している」と述べたという。
そもそも彼の動きが中国当局にとって「目障り」になったのは、四川地震のころだった。もともと手抜き工事ゆえに、大勢の犠牲者を出したといわれるこの地震で立ち上がったのが艾未未さんだった。5000人とも推測される犠牲者を調査すべく、艾未未さんは自費で活動を開始した。中国政府が犠牲者の数を公表したがらないなか、艾未未さんは犠牲者をリストアップし、細かなデータを公開し続けた。さらには、ツイッターを利用して、その犠牲者たちをしのび、中国政府がけっして明らかにしなかった四川地震の真実を抉り出していった。
それにたいし、中国政府は艾未未さんのアトリエを破壊した。たいする艾未未さんは、中国当局とのやりとりをネットで公開した。これら一連の活動がきっかけとなった、艾未未さんは軟禁され、挙句のはてに今回の追徴課税となった(ちなみに、追徴課税は彼の経営する建設会社にたいするものだ)。
・二面性をもつ中国
中国の報道で昨今、有名になったのは、「2歳児放置事件」だ。2歳児が交通事故にあったにもかかわらず、倒れた2歳児を無視しつづける歩行者たち。たしかに衝撃的なあの画像は、中国人にたいするある種の嫌悪を呼び起こした。いわく「中国人は金儲けばかり」「公にたいする道徳がない」……。などだ。
もちろん、その嫌悪に賛同する人もいるだろう。しかし、私はなかなかすんなりと納得することはできない。私は「798芸術区」を紹介し、「日本が中国よりも進んでいると考えること自体がもう間違いなのだ」と書いた。一般的なイメージはつねにステレオタイプだ。型にはめたがる。それに2歳児を放置したこと自体はたしかに哀しい事件だろう。
ただ、私がこれまで触れ合ってきた中国人を思い出す限り、「一概にいえないなあ」と感想をいだく。思いやりのない人もいたし、日本人以上に優しさやきめ細やかさにあふれる人もいた。当たり前のことなのだ。日本人が一様に「こういう国民だ」と定義できないように。
外部から見ると、中国の個人の顔は見えてこない。共産党政府が強力ゆえに、そのなかの国民も日本のメディアで取り上げられる「中国人は金儲けばかり」「公にたいする道徳がない」といった像を想起しがちだ。ただ、それほど簡単ではない。
艾未未さんの事件で明らかになったのは、中国において「個人」が育っていることだろう。共産党政府とそれに従順な国民というイメージからはほど遠い、反対勢力も確実に育ってきている。
私はインターネットが中国の個人を解放する、などと陳腐なことはいいたくない。ロシアはまず政治犯を開放し、そして経済を開放した。中国はまず経済を開放し、政治犯を開放しなかった。これが前者と後者における経済成長の差だといわれる。ただ、逆にいえば、政治にきしみを抱いたまま中国は成長してきている。その矛盾がほころびはじめようとしている。もしかすると、芸術家のニュースなど、取るに足らないものかもしれない。しかし、私は個人的な経験も含め、このニュースにある変化を感じ取るのである。
<おわり>