ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

「見積りのウソの見つけ方 第五回」

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・加工費に隠された二重請求を見破れ

私は前回までの連載で、サプライヤーがバイヤーに提出する見積りのほとんどは「ウソ」であることをできるだけ理論的に説明した。また、それは私の実務上の経験でもあった。

しかし、同時に私はサプライヤーを批判しているわけではない、ともいった。サプライヤーは正直に見積りを提出すると、バイヤーが認めてくれない可能性が高いためにウソをつかざるを得ない状況なのだ、と。やや厳しめではあったものの、私は「バイヤー側も原価計算の基本ができない場合が多く、適正値を理解していないので、サプライヤーとしてもウソをつかざるを得ない状況である」と指摘しておいた。

(少しだけ前回のおさらいであるが)そして、サプライヤーが最もウソをついてしまうのは「加工費の領域である」と言った。私が提示したのは、よく見積りに見るこのような記述だった。

  • 「加工費:100円/個」

  • 「別途、新規設備300万円を請求」

製品を生産するために、加工費が100円。その加工費と同時に新規設備を別途300万円を請求するということだ。なぜ私はここをもっとも「ウソ」が集中するところかというと、ここは紛れもない「二重請求」だからなのだった。

加工費とは、すなわち「新規設備費」にほかならないからである。つまり、サプライヤーは同じものを、別の名目で請求しているにすぎない。

加工費とは、通常、「労操設」と呼ばれる。「労働コスト(工場作業員)」「操業費(光熱費)」「設備費」であり、その大部分は「設備費」にあたるところだ。そして、その設備費とは、減価償却費のことである。

また前回の繰り返しになるが、減価償却費には定率法と定額法があり、多くの企業は定率法を採用している(税務会計や財務会計の仕組などを理解していただければわかりやすい。学びたいみなさまは私の著作「利益は「率」より「額」をとれ!―1%より1円を重視する逆転の発想」「会社の電気はいちいち消すな」等々を参照いただきたい)。だから、設備費は一つひとつの加工費として製品のコストのなかに入っているものである。

もちろん、加工費は純粋に「減価償却費」ではない。しかし、大半がそうなのだ。これを私はサプライヤーの見積りのウソと呼んだ。ただ、もしウソというものが、必然性をもっている場合もあるとしたら、それはやむを得ないウソであった(繰り返しだが、減価償却のこと云々をバイヤーに言ってもわかってもらえないから)。

・材料費のウソという問題

さらに問題は加工費にとどまらない。サプライヤーからの見積りには「材料費」という、あまり誰からも気にされない領域がある。多くのバイヤーは複合品を調達しているだろうが、ここでは単純なプレス品を想定してもらいたい。つまり鋼板を折ったり、穴をあけたりする加工品だ。

このようなとき見積りに「鋼板:500g、300円」という表現に出くわすことがある。日経新聞でも見てみればいい。あるいは市況を少しでも調査してみればいい。あたなが調達している鋼板の価格はキロあたり、せいぜい200円くらいであることに気づくはずだ。

キロ200円ということは500gで100円だ。なのに、見積りに記載されているのは300円になっている。これは、サプライヤーが「バイヤーはこんなところまで気づかないだろう、調査しないだろう」と思っていることに原因がある。

もちろん、歩留まりのことは考慮せねばならない。500gの製品を作ろうと思えば、歩留まりは60%くらいのことも珍しくない。そのようなときは、500g÷60%=833gが使われると思ったらいい。だから、鋼板の実際のコストは166円ほどにすぎない。この場合は300円を請求されているから、1.8倍の過剰請求をされていることになる。

材料費のウソを見ぬくには段階を踏む必要がある。

  1. 図面値の確認:図面に製品のウェイトが記載されている場合はそれをチェックする

  2. 歩留まりの確認:サプライヤーに想定歩留まり率をヒアリングする

  3. 市況価格の確認:自社での調査に加え、日経新聞などのマーケット情報から材料の単位あたり価格を調べる

  4. 見積りコストの妥当性確認:計算により、見積りが妥当なものかをチェックする

もちろん、3の歩留まり率については、サプライヤーは常に低い率を回答しがちだ(そのほうがお金がもらえるから)。その信憑性を確かめなばならない。場合によってはサプライヤー工場に出向くこともあるだろう。そのようなときにこそ、サプライヤー工場へ訪問するほんとうの意味があるのだ。

加えて、4の市況情報の調査について述べておこう。世の中には、バイヤーが自ら調査しなくても、公開してくれているサイトがたくさんある。代表的なところは次のようなサイトだ。

Producer Price Indexes http://www.bls.gov/ppi/

鉱物価格推移 http://minerals.usgs.gov/minerals/pubs/commodity/bauxite/

各産業の設備稼働率データ http://www.federalreserve.gov/releases/g17/Current/

コモディティ市況データ http://www.imf.org/external/np/res/commod/index.asp

上記のようなところをまめにチェックする必要がある。材料調達とは、情報獲得に等しい。これらの情報武装から、真に適切な材料調達が可能となる。

・サプライヤーから「ほんとうの」コストを入手するために

さて、繰り返しになるが、上記までで書いてきたことはサプライヤーのみに責任を帰すものではない。不必要なコスト高は、バイヤー側にも責任がある。

あえてクールに言ってしまえば、資本主義社会において、どのようなコスト(価格)で取引しようとも、それは両社の自由ではないか。だから、ほんとうのコストを見抜くことができなければ、「それはそれまでのことだ」と言ってしまうこともできる。

しかし、それは寂しい、と私は思う。ほんとうは100円のところを300円で買わされているバイヤーがいてはいけないはずだ。これは大企業と中小企業の情報格差を反映している場合もある。中小企業は情報が少ないがゆえに、大企業よりも高いコストをつかまされていることがあるからだ。

大袈裟に言えば、私はこれは資本主義社会における差別だ、と思う。中小企業は情報格差により、高コストに甘んじねばならないという差別を受けているのだ。しかし、それもネット時代では、意識さえ高ければその差別も撤廃できる。上記のようなサイトをいくつも循環すれば、誰だって市況を把握することができるはずだ。

そして、サプライヤーから「ほんとうのコスト」を入手するためには、一人ひとりのバイヤーの執拗ともいえる情熱に支えられる。これはほんとうのことだ。もちろん、バイヤーが情熱を持っているだけでは、サプライヤーからほんとうのコストを引き出すことはできないかもしれない。

いよいよ「見積りのウソの見つけ方」という連載も佳境に入ってきた。次は最後に、どのようなサプライヤーを説得するかを説明して、さらに次の段階に進みたい。それはサプライヤーと駆け引きをするという段階ではなく、真の利益共同体を創出するためのステップだ。みなさま、お楽しみに。

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