将来のキャリアに不安を感じた調達担当者へ(坂口孝則)

会社の存続年数が、会社員の人生よりも短くなりました。これは劇的な変化です。ドラッカーは、人びとが豊かになったのは働く年数が伸びたせいだ、と正しく指摘しました。ただ、これからは、同じ仕事ではなく、いくつかのプロフェッショナル性をもたねばなりません。

もっとも、生きるスキルが変化するのは、いまにはじまったわけではありません。かつて、国民の大半は農業従業者でした。日本も例外ではありません。かつて何よりも農業関連知識やスキルが必要でした。しかしいまでは4パーセント弱のひとしか農業に携わっていません。その代わりに、さまざまなホワイトカラー職のスキルが必要とされました。

いま流行りのSTEM教育とは、科学と技術と工学、数学の頭文字をとったものです。Science, Technology, Engineering and Mathematicsがこれから生きるスキルになるというのですね。フラット化する社会、というとおり、企業のコールセンターに電話すると沖縄か、インド、いまではフィリピンにつながります。さらに未開地域ともつながっていくでしょう。日本国内で必要とされる職業は変容し、データサイエンティスト、特殊言語プログラマーなどが必要とされていますが、それらを学んだひとは少ないままです。

さらにいまではAI(人工知能)の登場により、業務がすべてロボットに代替されるかのような印象すらあります。

この手の議論はよくわからないひとたちが、勝手に想像してあれこれとイメージの話をしがちです。調達・購買人員もAIで代用できるといったような「行き過ぎ」の議論が横行します。そこで、私は機械が深層学習をどのようにして、それがどのように業務に役立つのか学ぶために、Python(パイソン)を勉強してみました。このPythonとは深層学習などで使われるプログラミング言語です。

結論から書きます。「AIや機械が調達・購買業務を代替することはありません。しかし、ラクにすることはあるでしょう」。まず深層学習について簡単に書いておきます。たとえば、言語を他言語に翻訳する場合を考えてみましょう。これまでのアプローチは、チョムスキーという言語学者がやっていたように、文法を考えてなんとか訳そうと試みるものです。しかし、このアプローチは正しいはずなのに、あまりに日常言語が複雑怪奇なためほとんど訳せませんでした。

代わりに、なぜだかはわからないけれど、「英文は、こういう日本語として使われているようだ」という莫大なデータを集めて、可能性が高そうな訳に当てはめるやり方が採用されました。すると、こっちのほうが遥かに精度がいいんですね。重要なのは、なぜだかはわからないけれど、という箇所です。そもそも因果など求めていないのです。なぜかはわからない、でも、これまでのデータから察するに、こういう意味だよね。

専門家からすると雑すぎる説明ですが、こう思って実務的には問題ありません。

ですから、莫大なデータを集めることができれば、調達・購買業務もラクにはなるでしょう。これまでの調達品のスペックと価格データを学習させれば、納期・価格・サプライヤ評価などを考慮したベストのサプライヤを選定してくれるかもしれません。

ではなぜ私は「AIや機械が調達・購買業務を代替することはありません」と書いたのでしょうか。それは、莫大なデータがない状態で調達・購買担当者が業務を遂行するケースが大半だからです。いつも悩んでいる価格査定は、これまでに類似品がないから悩んでいるのです。完全な情報が集まらないなかで、それでも意思決定セねばならないので悩んでいるわけです。

その意味で、調達・購買担当者がこれから模索すべきは、データがない領域で、査定の軸を定める手法論でしょう。そして、製品ラインナップが劇的に変化していくのです。過去調達データなんてほとんどないケースのなかで、関係者を説得する必要があります。とすれば、これから必要なのは、世間一般にいわれている知識とは逆に「感動購買」ともいうべき能力でしょう。

理屈、理論、そして論理を超えたところで、意思決定をする力。他者を巻き込み、一つの方向性に導く力。プレゼンテーション、情熱、そして会社を変えようとする想い。これを「感動購買」と呼んでよいのなら、その形でしか、次世代の調達・購買担当者に求めれらる能力を、私は信じることができません。

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