脱炭素に失敗したサプライヤは切るべきか(坂口孝則)
官公庁と仕事をした経験があるなら、彼らの印鑑(印影)が微妙にナナメに押されていると知っています。これは、隣に押印される上司にお辞儀しているよう見せるためでした。「ウソでしょう」と思ったあなた。ネットで検索してみてください。現実には、電子押印をナナメにするソフトまで発売されています。
本来は、この文末に「(笑)」とでも付けるべきブラックジョークなのですが、日本はIT立国といいながらも、まだ紙と旧来儀礼から解放されていません。国や企業のDX化はいつになったら実現するのでしょうか。日本の識者のなかには「DXとは日本でしか聞かない言葉だ。他国は当たり前で議論にならない」と発言する人がいます。しかしこれは言い過ぎで、欧米にもDXを推進する議論は多々あります。ただ先進国なのに日本が遅れているは事実。
DXの敗北だけではありません。もう一つ、敗北する可能性があります。それは脱炭素サプライチェーンの構築です。
先日、ちょっと衝撃的なニュースが流れてきました。ポルシェが1300社の部品サプライヤにたいして「2030年までに再生可能エネルギーを使用して製造するよう」求めたようです。しかも、不可能な場合は将来的に契約の打ち切りも示唆しました。きっと、既存品の切り替えや取引停止は現実的に難しいため、すぐさま取引停止ではなさそうです。さらに、完全に100%の切り替えが必要かどうかは要注意です。実務的には努力目標値かもしれません。しかし、「将来的」であっても契約打ち切りとはインパクトがあります。
彼らのサプライチェーン全体の排出量のうち2割がサプライヤによるものと推計できます。その範囲に徹底的な要求がやってきました。正確には再生可能エネルギーと自然エネルギーは別物ですが、どちらにせよ旧来の電源構成を変化させるよう迫っています。たとえば、ポルシェ向けの売上が3割で、かつ工場の再生可能エネルギー使用比率が3割とします。そうすると、ポルシェ向けの生産は、すべて再生可能エネルギーを使用している、なんていう説明が可能かどうか。いや、この説明は冗談のような話ですが、日本企業にとっては再生可能エネルギーに全面的に切り替えるのは現実的ではありません。ずっと不可能ではありませんが、2030年までたったの9年しかありません。
さらに問題は、体力のあるTier1サプライヤでも頭が痛いのに、Tier2サプライヤ以下はどうするのだという点です。費用負担はこれから調達サイドの問題になっていくでしょう。これまで環境問題は、企業イメージ向上の観点から語られましたが、ついにこれからは企業活動全体の要となるだけではなく、そもそも活動前提となっているのです。
なお私はそこまで単純ではないので、脱炭素を完全に信じてはいません。しかし、科学的正しさを超越して、世界は次の状況に突入していると思わざるをえません。ここで、どのストーリーがありうるでしょうか。
・再生可能エネルギーが使用可能な海外での工場設立ラッシュ
・日本でいきなり再生可能エネルギーが拡充
・誰かが再生可能エネルギーの使用だけが正解ではないと論じ始め、世界が突然にトーンダウンする
・日本は追随できずに没落する
ほんとうに危機の時代です。そしてそれは調達危機の時代でもあります。そこで1ヶ月後に、本音でSDGsや脱炭素までを語り合うオンラインイベントを開催します。もしかするとワクチン接種が進むと、リアルなイベントも復活するのでしょうか。ただ今回は、遠方の方も参加できるオンラインで実施します。